自己紹介文
母は、父が亡くなってから、1年ほど、ひとり暮らしをしていた。
近所の「ちょっとヘン」との声に、いっしょに住むため連れてきた。
「来るか?」
との問いかけには、満面の笑みで、
「すぐ、行く ! 」
田舎からは、一度も出たことがない。
それ以来、二人だけの、新たな生活が始まった。
昼間は、話し相手もいない部屋に、引きこもったままの生活。
楽しみは,休みの日のドライブと、月一回、主治医を訪ねる帰省だけである。
今年の春、主治医の勧めで神経科を受診、アルツハイマーと診断された。
治らないという。
話し相手が見つかれば回復するのでは、との、しろうと判断ではあるが、かすかな望みをこめ、介護にあたることにした。
介護認定を受け、要介護3、デイサービスも開始した。
(追記)
介護を、本格的に意識してから、4か月が過ぎた。
想像していた状態を、はるかに超えていた。
今年の春までは、6時から食事の準備をして、朝食のわずかな時間だけの会話であった。
田舎とは違い、通勤にも、結構な時間を要する。
食事のたびに、帰宅することなど、あり得ない。
昼食と夕食の用意をして、7時ちょい過ぎには、会社に向う。
帰宅は、いつも22時を過ぎるし、日を越える日もあった。
そのような短い時間を接するだけで、まだ半分は正常と、勝手に判断していただけだった。
以来、日に日に悪化している様に思ったが、徐々に、実状がわかっただけである。
もう1年早く始めるべきだったと、悔いている。
いまさら悩んでも、仕方がない。
まだ、自我が残っている間に、少しでも多く、楽しい思い出を持たせたい、と思うこの頃である。
(追記)
嫌がっていた”老人会”ならぬデイサービスが、大好きになった。
真夜中には、準備をして待っている。
パジャマに着替え寝かせても、小1時間もすると、また準備する。
真夜中に、一人で出かけようと、チャレンジする日もある。
行けない日と認識できた時の、落ち込み様は、はっきりわかる。
やはり、人々と交わっているのが、一番のようだ。
介護センターが休みである日曜日と祭日以外は、すべて行くことにした。
喜々として出かけるのが、末永く続いてほしいものである。







