持ち続ければ、夢は、必ず叶う
今回の帰省中、実家でも、行ったり来たりのトイレ・ハイキングが、はじまった。
古い家で、廊下の床は、板張りで長い。
障子一枚で、隔てられているだけある。
声をかけても止めないだろうから、とても、寝ていられない。
夜明け前であるが、間隙をぬって、そっと抜け出し、車に乗り込む。
田舎も記録的な猛暑であるが、旧盆を過ぎれば、夜には気温が下がる。
クーラーを止め、窓を開けて、ゆっくり走る。
実に、すがすがしい。
最近の町並みの変化は、加速されている。
まず、昔の街を取り囲むように、広い道路ができた。
その沿線に、いろいろな大型店舗や、全国の有名チェーン店が建ち並び、もはや、都会と何ら変わらない。
子どもの頃に、よく行った諏方神社が見える。
こちらの周囲も、昔の面影はないが、境内は、時間が止まっていた。
江戸時代から、元服を迎えるまでの子どもは、外で物を買って食べる、いわゆる、買い食いは、許されていなかったが、唯一、この神社のお祭りの時にだけ、認められていた。
あれほど、大きく見えた鳥居や拝殿も、今は、小さく見える。
幼き頃、父から強く言われていた一つに、
「今まで感じていた物事が、変わって見えた時は、何故なのか、自分自身、じっくり見なおすこと」
と、禅問答のようなものがあった。
代々伝わっていた、家督を継ぐ者への教え、と記憶している。
このような話しは、”小言”として聞こえ、真剣には聞いていなかったので、定かではない。
拝殿が小さく見えるのは、単に、背たけが伸び、目線が高くなっただけのことでは、なさそうだ。
ふと、答えらしきものが、頭の中に浮かんだ。
夢の大きさに比例していたのだ。
知らず知らずの間に、自分が描いている大きさが、変わっている。
幼き頃は、漠然とはしていたが、夢が大きかった。
今は、限られた小さな夢しか、持ち合わせていない。
夢の大きさが、見える拝殿の大きさに、反映しているようだ。
叱咤激励の声が、聞こえた。
家に戻ると、寝ている。
声をかけずに、そっと別の部屋に入る。
しばらく経って、声をかける。
「ご飯にしよう」
「おはよう」
晴れやかに、起きてくる。
すでに、外出する衣服に着替えていて、そのまま、寝ていたようだ。
早く、どこかへ連れて行ってよ、との催促か。
食事をすませ、出かける。
なにも言わず、諏方神社の前を通る。
「ここは、昔と、まったく変わっていないね」
と、なんの屈託もない顔をしている。
常々、
「持ち続ければ、夢は、必ず叶う」
と言っていた母だけは、残り、わずかな視界になっても、夢を決して捨てず、持ち続けている、のかも知れない。
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