秋は、やっぱりキノコ狩り
今回の帰省の往路に、山深いルートを選んだ。
今年の記録的な暑さに、うんざりしていたので、秋の萌しに出会いたいと、思ったからである。
助手席から、ふと、母が言う。
「キノコが、いっぱい採れそうだね」
「なかなか良い雑木林だよ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
キノコにまつわる昔の思い出を、ぽつりぽつりと、話し始めた。
幼き頃の話しと、嫁いでからの話しが、混じっているようだ。
適当に、相づちを打つ。
めったに車と、すれ違うこともない道でも、よく舗装されている。
そのような山道でも、秋が本格化すれば、ちょっとした空地のあちこちに、数多くの車が駐車するようになる。
きのこ狩りのためだ。
まだ、駐車している車は、いない。
木々の葉っぱにも、色づきの気配は見えない。
まだ、秋は来ていないようだ。
子どもの頃、秋になれば両親の知人に、きのこ狩りに連れて行ってもらっていた。
レジャーというよりは、食糧調達という意味合いが、強かったように思う。
きのこ狩りは、春の山菜取りとは違って、各々の家ごとに、採る場所があった。
当然、その収穫する場所は、秘密である。
噂では、大事な場所は兄弟でも教えないと、聞いたことがあったように記憶しているが、定かではない。
子どもであったため安心したのか、その秘密の中でも極秘の場所に、連れて行ってもらったことがある。
小雪が舞ってもおかしくない秋も終りの頃、小道から外れ、しばらく道なき道を、歩くというよりは這い上がっていくと、暗く小高い山のようなものが見えた。
近ずいてみると、その小山は、すべて"なめこ"というキノコが群生したものであった。
一か所で、背負いカゴが、いっぱいになった。
"きのこ狩り"ならぬ、"きのこ刈り"なのである。
キノコは、かさの下にできる胞子で、次の世代につなげていると、納得できる光景でもあった。
その時に、"最も大きいキノコの株は残すこと"、"山への感謝の気持ちを忘れぬこと"なども、同時に教わった。
今は、あちこちに、
<私有地に付き、山菜、きのこ取り禁止>
<町有地に付き、入山禁止>
と書かれた看板が立っている。
車社会の現代、あらゆる所に入り込み、山を荒らし、恵みを根こそぎ持っていってしまうという。
やむを得ないことなのであろうが、さみしいものである。
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