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2007年10月

今の住まいは、何階?

 
 メンタルケアの病院に向かった。

 医師の口から、本人の前で、入院の話しが出た。
「入院しましょう」
「夜に眠れて、昼に起きていられるように、なりますよ」
「すぐに、家に帰れますよ」
 本人に直接話したのは、初めてである。
「いやです」
「絶対、入院しません」

 答えは、頑強であった。
 まだまだ、しっかりしているのだ。

 診察が、終わった。
 隣接している薬局には向かわず、反対方向の駐車場の方に行ってしまう。
 止む無く、車に乗せてから、一人で薬局に行く。
 戻ると、
「すぐに、帰ろう」
と言う。
 田舎の自宅には、泊まらないと言う。
 今回は、特に予定はない。
 急きょ、戻ることにした。
 
 無言が続く。
 恒例の、車窓から目につく文字を、ひたすら読み続ける看板読みもせず、黙っている。
 入院の話しは、ショックだったようだ。
 もともと、病院は嫌いな方である。

 まわりに、ネオンなどが見えはじめ、都会に近づく。
「あの建物かな」
と、暗やみに見える建物を指さして、聞いてくる。
 何のことか、わからない。
 黙っていると、
「あの建物?」
と、再び、別の建物を指差し、聞いてくる。
「なんのこと?」
「5階建ては、どこ?」
「5階建てって、なに?」
「これから、行くところ」
「行くところって、なに?」
「泊まるところ」
「住んでいるところは、14階だよ」
「前は、14階だったけれど、今は5階」
 マンションらしい建物を見つけると、同じことを繰り返している。

 
今は、5階建てに住んでいるという。
 14階のところは、前に住んでいた所だ、ともいう。
 5階とは何なのか、家に着いても、解明できなかった。

 今日の初めて出た"入院"との言葉で、さらに自分の世界に閉じ込めてしまったようだ。
 確かではないが、メンタルケアの隣に建っている病棟が、5、6階建てだったような気がする。
 薬を取りに行っている間、車窓から、その病棟が見えていた。
 あれほど、嫌がっていた入院だが、奥深く押し込まれてしまった正気だけは、覚悟したのだろうか。
 胸が痛む。
 明日の朝、入院しなくとも良い、と伝えてみよう。
 そもそも、まだ入院させたくないから、いっしょに戻ったのだから。

 こちらが想像すら出来ない世界に、一歩、さらに一歩、進めてしまったようだ。
 "いつまで持つか心配"が、さらに、大きくなってしまった日であった。
 
 

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田舎の11℃は、暖かい

 
 診療のための、帰省の日が、やってきた。
 1か月の時が、あっという間に、過ぎた。
 秋を見つけに、前回たどった同じ道を選んだ。
 小雨の中、峠に入る。
 車のすれ違いもない。
 風にゆらぐ、木々の葉の声だけが、静寂の中に心地よい。
 こずえから、車の屋根に、したたり落ちる水滴の音が、すばらしいハーモニーを奏でる。

 やっと、本格的な紅葉に、出会えた。
 木々に囲まれた山道は、小雨のせいか薄暗い。
 その中に、黄色の色づきが鮮やかに映えて、浮き出ている。
 薄暗い舞台の演出に呼応して、見事な黄金の輝きである。
 雨が降っていても、美しいものは美しい

 うるしの紅葉も、始まった。
 太陽が照っていれば、まばゆいまでの真紅であろう姿が、目に浮かぶ。
 透き通った緑の葉との調和も、感動を与える。 
 実に、見事だ。

「きれいだね」
と、突然、助手席から聞こえる。
 町並みから外れ、しばらく黙ったままだったが、美しさへの感動は、健在のようだ。
 ただ、キノコの話題は、一切、しなくなっていた。

 峠の気温が11℃と、掲示板に表示されている。
「田舎は、いいね」
「何で?」
「11度でも、暖かいから」

 今年の猛暑の時も、32℃の表示板を見て、
「田舎は、いいね」
「32度でも、涼しいから」

と、言っていたのを思い出した。
 車のクーラーの効いているからと説明したが、理解できなかったようである。

 今回も、車中だから暖かい、と説明しようと思ったが、やめた。
 逆に、
「何で?」
と、聞かれるのが落ちだからである。
 その代り、紅葉を背景に、記念撮影をした。
「寒いね」
と言っていたが、車中に戻ると、肌で感じた寒さは、すぐに忘れ、暖かいとの考えに、変化はなかった。

 田舎の暖かい11℃の中、紅葉の始まりを楽しむドライブは、しばらく続いた。
 
 

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続・挨拶はいつも"お帰り"

 
 朝の"おはよう"が消えただけでなく、あいさつそのものが減っている。
 風呂に入り、寝室に向かう時には、必ず、
「おやすみ」
と言っていた。
 その内に、黙って戻る時が多くなり、違和感を感じていた。
 そして、その挨拶は、なくなった。

 食事の時の、
「いただきます」
だけは、健在である。
 デイサービスで行っている、介護センターでの影響だろう、と思っている。
 
 もともと、教師である。 
 人を見つけると、
「いい天気ですね」
「お出かけですか」
「○○階に、お住みなの」
・・・・・・・・・・・。

と、だれかれ、お構いなく声をかけていた。

 子どもを見つけると、さらに、拍車がかかる。
「何歳?」
「何年生?」
「勉強は、何が好き?」
「運動は、何が得意?」
「どこの学校に、行っているの?」
「先生の名前は?」
・・・・・・・・・・・・・・。

と、うれしそうに、次々に質問をあびせかける。
 天衣無縫であるが、声をかけられた子供には、いつも、不思議がられていたものだ。

 エレベーターに乗った時の、声をかけられた子どもだけでなく、大人も、降りるまで逃れられない運命が、待っていた。
 "早く着かないかなー"、と思っている表情が、ありありと分かったものである。
 
「都会の人は、あまり話したがらない」
「隣に住んでいても、興味がないようだね」

 自分が、異常すぎるほど話しかけているとは、まったく思っていなかった。
 
 なのに、自治会や、本物の老人会などには出たがらない。
 面白いものである。

 ただ、外国の人は、苦手のようだった。
 あきらかに、外国人と見える人が近くに来ると、突然、沈黙が支配する。
 眼も、合わそうとしない。
 戦前の教育なのだろうと、勝手に解釈していたのだが、当たっているかどうかは、分からない。

 最近は、外で話しかけるのも、めっきり減った。
 きっと、すべての人が、異邦人に見えるようになったのでは、なかろうか。

 自分の家族も、異邦人に見えるの日が、いずれ、やってくるのだろう。
 
 
 

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挨拶は、いつも"お帰り"

 
 ふと、最近、挨拶を受けなくなったことに、気が付いた。

 以前には、出かける時に、
「行ってくるよ」
と声をかけると、
「いってらっしゃい」
の声とともに、必ず、見送りに出たものだった。
 玄関の電灯をつけ、
「何時ころ、帰ってくる?」
「わからない」
との、やりとりが、いつも出かける時の日課になっていた。

 それが、声をかけても、玄関に見送ることがなくなり、
「行ってらっしゃい」
と、声は出すものの、座ったまま、動こうとはしなくなった。

 この1か月前からは、その声も、時々、出さなくなった。
 
 帰ってくるときの対応も、大きく変わった。
 外出から帰った時には、カギを開ける音を聞きつけ、ドアを開けると同時に、
「お帰り」
と、笑顔で、出迎えてくれたものである。
 
 それが、短時間の予定で外出する時に、
「すぐに帰ってくるから、起きて待っててよ」
「わかった」
と、答えても、戻ってみると、いつも寝ているようになった。
 たとえ、起きていたとしても、出迎えはしなくなった。
 玄関で、パジャマに着替えている間に時間があるのだが、出てくることも、なくなった。
 数分後に、居間に行き、
「帰ったよ」
と、声をかけると、やっと、
「お帰り」
と、返事を返す。

 先週からは、その返事することすら、忘れることがある。

 耳が遠くなったのでも、ない。
 わずかな音を聞き分け、
「だれかが、来たようだよ」
と、玄関のチャイムが鳴る前に分かってしまうのは、今でも健在である。
 ウトウトしているのも、ない。
 何かを、無我夢中で、やっているのでも、ない。
 文字通り、"夢の中"に、いるようである。

 愉快なことも、ある。
 朝、起きて、居間に出てくる際に、
「お帰り
と、言う時が多くなった。
 はじめのころは、
「朝だよ」
と、説明していたが、聞いている様子がみえないので、今は、していない。
 通常は、目覚めると""と判断すると思うのだが、いつも外出していると思っているようで、まことに愉快である。

 ちょつと自室でまとめ事をして、しばらくして居間に戻ると、
「お帰り」
と、同じことを言うことも、たまにある。

 半年前までは、起きている時に、仕事から帰ってくることは、確かに、なかった。
 ひょっとすると、帰宅が遅い、その頃の記憶がよみがえり、一人でいるのは寂しいよ、と訴えているのかも知れない。
 
 

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大音量も、忘却のかなたに

 
 エレベーターが14階に着く。
 ドアが開くと、何やら人の声がする。
 自宅のドアの前に、数人の人がいる。
 テレビの大きな音が聞こえているので、心配して集まったとのこと。

 ドアを開けると、耳をつんざくような爆音が飛び出る。
 あわてて居間に入る。
 とりあえず、テレビを消す。
 いない。
 寝室をのぞくと、頭から布団をかぶり、寝ている。
 起こすと、何もなかったような顔をして、出てくる。

 近所の人に、わびて、帰ってもらう。
 大変ですねー、との慰めを受ける。
 真夜中の出来事だったら、こう簡単には、収まるまい。

「何で、テレビを消さなかったのか」
と、聞くと、
「消したよ」
という。
「何で、大きな音にしたのか」
と、聞くと、
「していないよ」
という。
「そんなこと、するはずは、ない」
「ちゃんと、消したよ」

 認めようとはしない。
 隔靴掻痒であるが、本当に、覚えていないようだ。
 
 証拠にと、テレビをつけてみても、反応をしない。
 これは、想定外であった。
 ちょっと高いかなという程度で、うるさいと認識しないのだ。
 耳が悪いわけではない、と思う。
 会話は、成り立っているし、ちゃんと聞こえている。

 お腹がへったと、いつものように、テーブルの前に座る。
 過去のことは、すっかり忘れて、何ごともなかったようだ。

 リモコンの操作があやしくなって、テレビのつけ消しは、コンセントの抜き差しだけに変更していたのだが、リモコンを見えるところに出しておいた。
 おいしい食べ物を出しておいて、なぜ食べたのかと、問い詰めているようなものであろう。
 想定できた、はずだ。
 負けである。
 原因は、こちらに、あるようだ。
 
 大音量の認識の件は、医者に聞かねば。
 今週の医者との会話の話題が、一つ増えた。
 
 

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いつの日も、外出する日になる

 
 すでに、曜日がわからなくなって、久しい。
 
 朝食の準備をするため、居間に行くと、起きていて、待っていた。
 やはり、テレビは、ついていない。
 まぶしいほどの朝日が降りそそぐ中、なぜか、電灯はついている。
 すでに、外出着に着替えて、"老人会"と称している介護センターに行くための、カバンを、しっかり握りしめている。

「今日は、老人会は休みで、行く日じゃないよ」
と言うと、
「じゃ、日曜日なんだ」
と言って、ドライブの日のハンドバックを、持ってくる。
 "休み"の言葉を、"日曜日"と解釈しただけなのだろうが、確かに、今日は日曜日である。

 老人会に行かない日は、休み。
 日曜日は、休み。
 だから、日曜日で、"ドライブの日"。
 どちらにしても、"外出する日"になってしまった。
 見事な三段論法、一本取られたようである。
 ベランダの鉢に栽培している味噌汁の、つまみの野菜を取りながら、さとられないように、苦笑いを噛みしめた。

 食事の最中、
「たまには、家で、ゆっくりしよう」
と、提案すると、返事が返ってこない。
「来週は、家に帰えるんだよ」
 無言が続く。
「ドライブに、行きたい?」
と、質問を変えると、
「行きたい」
と、うれしそうに、即答する。

 いつまで、いっしょに行けるかも、分からない。
 そんなに、長くは、なさそうな状態になっている。
 止む無し。
 出かけることにした。

 あわただしく、食事をすませ、車に向かう。
「どこに、行く?」
「海」
「どこの海?」
「太平洋」
 手みじかな近くの海に、照準を合わせた。

 短いアイドリングの最中に、ぼそっと、
「昨日の老人会で、今日、富士山に初雪が降った、と言っていた」
と、つぶやく。
 昨日は、介護センターに行っていないし、富士山の初雪も、1週間前だったように記憶している。
 日にちのことは、どうでも良くなっている生活である。
 1週間など、今では、誤差の範囲内だ。

 今朝、ベランダから見た富士山は、確かに、白い帽子をかぶっていた。
 久しぶりの、雲ひとつない、透き通る青空でもある。
 急きょ調べると、五合目までのスカイラインは、まだ日中だけ、通行が可能とのこと。
 どこかの高地で、紅葉と出会えるはずである。

 最近、思い出の中では、""が、""の仲間に入った。
 ということは、近くに、河口湖という""があることになる。

 富士山を目指して、出発した。
 
 
 

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主人を待ち続けるコタツの季節

 
 最近は、お菓子の散乱が、少なくなった。
 少量ずつ小袋に入っているものを、数種類、出しておくように変更したためだ。
 最近は、二重包装されているお菓子のほかに、子供向けの5連や4連つながったスナック菓子が、スーパーでも売られている。
 以前は、過剰に包装されているものが増え、資源の無駄だと思っていたが、今は、大変、助かっている。
 元気な時には、健康のありがたみが解からないのと同じなのだと、一人、納得している。

 お菓子の封を開け、食べる。
 続けて、次の封を、開ける。
 口に含んだものが、飲み込めないうちに、次々と口に入れようとして、ほとんどが、こぼれ落ちる。
 一緒にいる時には、注意できるが、一人の時は、処置なしだった。
 今は、1袋の量が少ないものばかりだから、次の封を開けている間に、口に入ったお菓子は、飲み込めてしまう。
 少量の、こぼれはあるものの、散乱は、おさまっている。
 見るも無残な風景は、なくなった。
 ひとつの問題は、克服できた。

 記録的な暑さも束の間、あっという間に、秋がやって来ている。
 夜は、涼しくなった、というより、肌寒い日もある。
 外出から帰って見ると、なぜか、居間で寝ていた。
 上着を、羽織っている。
 肌寒いのだろう。
 冬服を出しておいたのに、相変わらず、お気に入りの夏服を、着ていた。
 ベランダの戸も、開いたままだった。


 まだ、コタツは早い時期だが、準備しておいた方が、良いのかもしれない。
 きっと、一日中、つけっぱなしになってしまうであろうが。
 今年の春も、肌寒い日のためにコタツを出しておいたが、暑い日にもつけていて、汗をかきながら入っていた。
 寝ている時にも、居間のコタツは、ついたままだった。

 おもしろいことに、昨年の年末には、寝室の片隅に置いていた扇風機を引っ張り出し、なぜか、一晩中、付けていた。
 さすがに寒いとみえ、フトンを頭から、かぶって寝ていた。
 "からだ"を鍛えているわけでは、ないと思う。

 暑さ寒さに鈍感になってしまったためでは、ないとは思うが、真意は、今もって分らない。

 今は、一人でいる時には、ほしんどの時間は寝ているようだ。
 買い物などで、すぐに戻ると言っても、無意味になった。
 きっと、夢の中の世界に、親しくなった友達ができたのだと、解釈でもしようか。

 まもなく、一人ぼっちのコタツが、主人を待ち続ける季節を迎える。
 暗やみの中で、主人を失ったコタツが、暗やみの中で、じっと、赤い暖かな光を灯している光景が、目に浮かぶ。

 消し忘れの悩みの人が多いとみえて、コタツ用タイマー付きコードなるものが売っている。
 買ってきて使ってみたが、使い始めて間もなく、とある夜間に起き出した時、コタツがつかないと大騒ぎになった。
 その日のうちに、コタツ用タイマー付きコードなるものは、お払い箱になった。

 こちらの方は、お菓子の問題と違い、解決の手段は、なかなか見つからない。
 きっと、良い方法が、あるはずである。
 解答を求めている冬は、もう、そこに来ている。
 
 
 

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続・服装は女の"いのち"

 
 伊豆に入ると、あちこちの道端で、"早熟みかん"を売っていた。
 10キロのみかん1箱を、1日で、正確には、一夜中で食べてしまうほど、大好物である。
 他の看板には、目もくれず、
「みかん狩り」
「みかん、1袋500円」
「みかん、直売します」
「みかん、480円」
「みかん狩り、できます」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
と、みかん関連の文字を読みだす。
 
 人の良さそうなオバちゃんのところで、買い求めた。
 早速、食べてみると、新鮮さは十分に味わえるが、少し酸っぱい。
 ずいぶん前から、塩っぱさと、酸っぱさの感覚が、麻痺していることを知っている上で、聞いてみると、
「すごく甘くて、おいしいよ」
「ぜんぜん、酸っぱくない」

と、予想通りの答えが返ってくる。
 味わって満足したのか、他の看板読みも、復活した。

 車窓から、海を充分に堪能した上、山中にハンドルを切る。
 若干、秋の気配は感じるものの、紅葉はしていない。
 有料道路を避けたため、車の行き来は、少ない。
 厚い雲におおわれている気候の中、木々に包まれた道路は薄暗い。
 ここにも看板はなく、その静けさと相まって、神秘さを、さらに、かもし出す。

 やがて、芦ノ湖に着く。
 さすがに、混んでいる。
 無料の駐車場には、空きは、なかった。
 関所跡と、神社近辺を過ぎると、閑散とし始める。
 湖岸を一周していると、
「やはり、太平洋は、波が穏やかだね」
と言う。
 すべての海岸は、"太平洋"と"日本海"の2つの分類に、統一されて久しい。
 も、それらに、吸収されたようである。

 裏道にあった公園のトイレに、立ち寄った。
 初めての場所であるが、小奇麗だったからである。
 地元の人だけが、利用している公園のようだ。
 "だれでもトイレ"は、設置されていなかった。
 カギを掛けないように言って、各々に別れて入る。
 しばらく経っても、出てこない。
 誰もいないのを幸いに、入ってみたが、いない
 不覚にも、2か所の出口と思っていたが、3カ所あったのだ。
 ちょっとした騒ぎになった。

 小一時間後に、"身柄を確保"。
 トイレは使わず、すぐに、第3の出口から出たようである。
 本人は、いたって平気で、
「"老人会"に、行こうと思った」
である。
 朝には、日曜日だからと言って、ドライブに行こうと催促したはずなのに、もう忘れていた。

 気を取り直し、帰宅にきりかえる。

 自宅近くの店で、秋のセーターを、買った。
 家に着いたら、早速、明日の"老人会"に着て行くという。
 月曜日も、行く日ではないのだが、行くと決めているようである。
 夕食時には、テレビに出てくる人の服装について、述べ始めた。
「秋なのに、半袖なんて、若いって良いわね」
「スカートで、寒くないのかしら」
・・・・・・・・・・・・・・・。

と、服装についての論評を続ける。
 
 今日行ったドライブのこと、三国山近くのキャンプ場で採取した記念の""のことなどは、すでに記憶から消去されていた。
 そして、トイレ事件も、記憶から捨て去っていた。
 いまの興味は、服装だけのようだ。
 
 
 

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服装は、女の"いのち"

 
 真夜中の"トイレ・ハイキング"の儀式も終り、いつもは、疲れて熟睡しているはずの、夜明け前ごろに、居間の方で、音がする。
 曜日を記憶する場所?が、消えているはずなのに、"ドライブの日"の準備をして、居間で待っている。

 顔を見るなり、
「シャツとズボンは、これでいーい」
と、聞いてくる。
「まだ起きるのは、早過ぎる」
と、クレームをつけると、
「今日は、日曜日だよ」
「早く、行こう」

と、逆に、せかす。
「今日は、日曜日だっけ?」
と、とぼけると、
「日曜日だから"老人会"は休み、と言っていた」
と、明快に答える。
 納得した。
 介護センターで、聞いてきたのだ。
 それでも、翌日まで覚えていることは、珍しいことである。

 せかされるように着替えて、駐車場に向かう。
 くもりのせいか、夜が開けても、薄暗い。
 朝の空気の方は、すがすがしく、ちょっと肌寒いのも、心地よい。
 秋は、着実にやってきているようだ。
 日向ぼっこには、ちょうどよい季節だろう。

「どこに行く?」
「海」
「どこの海?」
「どこでも、いい」
「太平洋、日本海?」
「どちらでも、いい」
・・・・・・・・・・。

 いつもの、やり取りを終えて、伊豆・箱根方面に、秋を見つけることにした。
 早過ぎる時刻なので、遠回りのルートをとる。

 静かだ。
 会話がない。
 インターを下りて、一般道路に入る。
 喜々として、声を出し始めた。
 いつもの通り、車窓から見える看板の文字を、読み出す。
 飽きもせず、続いている。
 町中に出る。
 早口になる。
 読みきれないほどの、看板が目につく。
 読みきれないものを、指し示し、必死で処理しようとしている。
 それら一連の動作は、まことに愉快である。

 しばらくすると、
「長袖が多いね。もう、秋だね」
「あのセーター、似合っているね」
「あの服は、なかなか素敵な服だね」
「今年は、ああいうものが、はやっているんだね」

と、服装についての話題に、変わっている。
 記憶の大半を失った今でも、装いについては、気になるようだ。
 まだ、"女の心"は、失っていないらしい。
 まともな話しが続く。
 時代を、ちょっと無視すれば、なかなか、的を得ている時も多い。
 道行く女性の服装だけに眼がいっているようで、男性のには、興味がないらしい。

 去年までは、髪型とかを気にしたり、化粧のまねごとをしようとしていたが、今はなくなった。
 今は、顔も、自ら洗うことはない。
 かろうじて、服装だけは、
「何を着て行こうか?」
「この服で、いい?」

と、出かける前には、必ず聞いてくる。
 前後を逆に着てしまうのは、ご愛嬌か。
 いずれ近い内に、服装にも興味を失う時が、やってくるのだろう。
 残念ながら、少しでも遅らせるための、解答は得ていない。

 今日も、観光地で下車することもなく、車に乗りっ放しのドライブが続く。
                                (続く)
 
 

 
 
 

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消えたテレビに、思い出が映る

 
 朝、起きると、すでに居間で、"ノート書き"をしていた。
 大学ノートに、鉛筆で、上下左右に、なぞっている。
 ただ単に、白いページの上に、鉛筆を滑らしているだけで、文字にすら、なっていない。

 2,3年前までは、天気予報の番組から、気温とともに、ノートに写し取っていたと思う。
 9年前に呼び寄せた時には、確かに、そうしていた。
 土日の休みの日の、夕方の7時ちょい前の"NHKの気象情報"になると、いつも、翌日の天気と予想気温を書いていたのを見ている。
 食事中であっても、他の事をしていても、かならず中断となる。
 また、料理のレシピなども書いていたようである。
 その名残りかどうかは、わからない。
 
 いつの間にか、一人でいる時には、日常的に、いつもノート書きをするようになった。
 間もなく、なぜか、"10:16  10:17  10:18~"と、テレビに映っている時刻を、写し書きするようになる。
 その後、次第に、書かれたものの判読が不明なものとなり、単に、ノートをなぞるだけになった。
 なぞるといっても、書かれた文字の上をたどって、その通りに書くわけではない。
  単に、黒く塗りつぶすだけである。

「ノートを書かなければならないから、毎日が忙しい」
とも、言うようにもなった。
 医師にも、
「何を書いているのですか?」 
と聞かれると、悪びれた様子もなく、答える。
「テレビでやっている、いろいろなことを書いてある」
「テレビの、どんなことが書いてあるのですか?」
「いろんなこと」
「たとえば?」
「いろんなこと」
・・・・・・・・・・・・。

と、具体的な項目は、出ない。

 最近は、そのノート書きも、時々、止めているようである。
 
 そして、ついに、・・・・・
 今日、見ているテレビの画面には、通電されていなかった。
 

  

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睡眠が、新しい特効薬

 
 朝食を終えると、ぽつり、
「海を見たい」
と言う。
 一昨日の"老人会"ならぬデイサービスから帰り、施設での出来事の会話の中で、
「婦長さんが、連休なので、家に帰れる、と喜んでいた」
が、あった。
 テレビで放映していたから、"体育の日なのだ"と、思い出したのだろう。
 ここでの"婦長"さんとは、田舎での呼び名で、町内会の婦人部の会長のことをさし、看護婦さん(今は看護師か)の中での、偉い人のことではない。
 老人会と偽って連れて行っているので、そのような呼び名になっている。

 昨日の日曜日は、外に出なかったので、出かけることになった。
 喜々として車に乗り込み、早速、看板の文字を読みはじめる。
 すべて、読みは、正解である。
 いつになく、今の母としては、正常に戻っているようだ。
 どんよりと、薄暗い天気の中、いやに陽気である。
 いつもの、看板の文字と、昔の思い出とを、理解しがたく関連づけて、話してもいない。
 道路わきに見える、今日は使われていないセレモニー会場を、
「立派だねー」
「どんな人が、住んでいるのかね」

と言っているのは、ご愛嬌である。

 ドライブを始めてから、しばらくすると、雨が降って来た。
 そして、海岸に着くころには、どしゃ降りになった。
 いやなことを、すべて流してしまえるほどの,、豪雨である。
 不思議と、トイレに行くころになると、あれほどのドシャ降りが、小雨になる。
 神仏も、祝福しているようだ。
 元気、元気である。

 デイサービスから帰った日の夜は、興奮しているのか、いつも、夜の活動は激しくなる。
 また、明日にはデイサービスに行くと、認識できた前の夜も、そうである。
 昨日は、なぜか、朝食後、すぐに寝てしまった。
 起こしても、ちょっと目を離すと、寝室に戻ってしまう。
 数回繰り返したが、あきらめて、こちらも自室に戻った。
 11時30分を過ぎるころ、"お腹がすいた"とアピールしているかのように、はす向かいにあるトイレに、行ったり来たりを繰り返す、"トイレ・ハイキング"が始まった。
 昼食をとってしまうと、同じように、寝てしまう。
 17時30分の町内のチャイムを合図に、また、"トイレ・ハイキング"が始まった。
 そして、夕食後も、眠い眠いと言って、寝ようとする。
 "ご就寝"と、あいなった。
 結局、一日の大半を、寝ていたことになる。
 
 日常、"夜の行動"を抑えようと、20時までは、起きているようにさせている。
 それでも、"夜の活動"は続いているのに、昨夜は、少なかったような気がする。
 今までの対処法が、逆効果だったようである。

 日本一長寿の人を、テレビ放送した際、ほとんど寝ていると言っていた記憶がある。
 やり方が、逆だったのだ。
 寝ることによって、脳の中に、何らかの"考えるための物質"が生成される。
 歳をとると、1日に必要で充分な量を、通常の睡眠時間では、確保できない。
 より長い睡眠をすることで、"未知の物質"を適量、得られる。
 検証のない新説であるが、正解を得たような気がする。

 残念なことに、帰宅後、食事を準備している時には、もう、前のように戻っていた。
 これも無理やりだが、"考えるための物質"を使いきったと、説明することもできる。

 これから、しばらくは、睡眠時間を増やし、様子を見ることにした。
 きっと、1つの難問が、解決されそうだ。

 少なくとも、主治医との"話しの種"には、なりそうである。
 
 

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一人っきりの、テレビと照明

 
 もうすぐ、家に着く。
 14階にある住まいを、見上げる。
 珍しく、明かりが、ついている。
 最近は、いつも寝ているようになり、起きて待っているように言って出かけても、起きて待っていたことは、ないのだが。

 帰宅。
 カギを開け入ると、やはり、居間の明かりが、ついている。
 テレビの音もする。
 珍しいことだ。
 ひよっとしたら、今日は"正気"が、脳の中を治めているのかと期待し、奥に進む。
 ほんの一瞬の淡い期待は、すぐに消えた。
 やはり、居間には、だれも、いなかった。

 急いで、夕食の準備に、入る。
 起きてくる様子は、ない。
 ほどなく、食事の用意ができる。
「夕食だよ」
と声をかける。
 最近は、"夕方の睡眠"をとった時には、なかなか起きない。
 2,3度、声をかける。
 やっと、
「おはよう」
と、すっきりした顔で出てくる。

 寝る時は、テレビを消すように言うと、
「テレビは、消して寝たよ」
「明かりも、消したよ」

と、消していないとは、認めない。
 点いていたと、再度、言おうと思ったが、やめた。
 今や、意味のないことに、なってしまっている。

 テレビのリモコンも、使い方が怪しげになったので、いまは、コンセントだけでの"点け、消し"の方が、多くなった。
 だから、音量で隣家に迷惑をかけることもない。
 チャンネルも、機能を失っている。 

 明日の朝食の下準備をし、炊飯器をセット。
 そして、入浴。
 各自の部屋に、入る。

 今日も、睡眠は、昼間に十分とっているようである。
 日付けが変わる真夜中には、いつもの無二無三な"活動"が、はじまるだろう。

 深夜のハイキングに出られないように、ドアチェーンを確認する。
 今夜は、いつもより、"静かな活動"である事を祈って、眠りにつく。
 
 
 

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【休題】英話が楽しそうになる本

 
 読書は好きであるが、最近、面白いものに、なかなか出会えない。逆に、めぐり合えた時の感激は、前より強くなった。

 英話が、楽しそうになる本を見つけた。

 「多聴」なるものの説明が、最初のページから相当なページを割いて記載されており、次いで、英文の少ない美しいイラストが続き、抵抗感がなく、そこまでを一気に読んでしまった。。
 そして、なるほどと、心ひかれてしまった。

 ☆多聴多読マガジン vol.5
   発行 コスモピア

●第一特集は「多聴」入門●
どうしても英語が聞き取れないと悩んでいる人は、「英語の音」がまだまだ身体に不足しているのかも。「英語の音」を身体にためる には「多聴」がいちばんです。1音1語、100%正確に聞き取ろう と必死になっていた姿勢から大転換。聞こえないところは無視して、 楽しく英語を聞く「多聴」の始め方を特集します。(コスモピアのホームページより)

 英語の習得には、何回チャレンジしただろうか。
 海外に行くたびに、今度こそはと挑戦するが、いつも、夢は叶わない。
 原因は、「多聴」しなかったためのようだ。
 そもそも、幼児は、文字を見て覚えるのではない。
 母の声だけで、音としての言葉を覚えるのだ。
 
 中学生程度の単語で十分とは、前々から言われている。
 ハリーポットに出ている単語の85%が、中学校と高校1年で習う単語と、分析結果が載っている。
 残りの15%を知らなくとも、前後の意味合いから、何となく概念的な類推はできるだろう。
 これも、ありがたい情報で、勇気づけられる。
 本の重さも軽く、大きさも手ごろだ。

 奥付を見ると、編集人・発行人が女性の名になっている。
 だから、誌面全体が温かさに包まれているのだ。
 自社サイトにアマゾンの売れ筋トップになったと記載されているのと併せて、納得である。
 強いて難点を言えば、中年と言うか老年にとっては、文字をもう少し大きくしてもらいたかった。

 英会話の本にCDが付くのは当たり前のようであるが、この雑誌にも付いていた。
 何となく、得をしたような気にもなった。
 おすすめの一冊である。
 
 

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調査員は、名医

 
 要介護認定を受けてから、早や半年に、なろうとしている。
 新規申請の有効期間が切れるとのことで、再審査のため、調査員の女の人が、訪ねて来た。

「○○○役所からの頼まれて、おばあちゃんの様子を見に来ました」
と、声をかける。
 いつにない、緊張をしている。
 とにかく田舎者であるから、初めての人との会話は、苦手である。

 当たりさわりのない、世間話から入る。
 そして、本題。
「お名前は?」
「お歳は、いくつになられたの?」
「お誕生日は、何月何日ですか?」
 ここまでは、順調である。
 少しでも頭を使って元気にしようと、毎日のように、質問している項目だからだ。

「今日は、涼しいですね」
「涼しくなったわねー」
「今日は、何日ですか?」
「・・・・・・・・・」
「今日は、何曜日です?」
「・・・・・・・・・」
 これらも、毎日、聞いているのだが、日々変化する項目は、やはり、苦手のようだ。

「介護施設は、楽しいですか?」
「・・・・・・・・・」
 "老人会"と言っていると、割って入る。
「そうそう、老人会は、楽しいですか?」
「とっても、楽しい。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
と、にっこりしながら、デイサービスの出来事を、延々と話しはじめる。
「何曜日に、行っているのですか?」
「・・・・・・・・・」

 いろいろな質問が、続いている。

 メンタルケアを担当している医師の、
「ずいぶん、進みましたね」
と言った言葉を、思い出した。
 その時は、そんなに変化はないと思うと答えたが、医師の指摘の通りだったようだ。
 前回の聞き取り調査の時から比較しても、ずいぶん答えられていないと、認めざるを得ない状況である。
 
 しばらくすると、聞き取りも終わった。
 すかさず、
「ありがとうございました」 
と、正座して、深々と頭を下げる。
 ホッとした様子が、ありありと感じられる。
 調査員は、虚を突かれたらしく、
「こちらこそ、ありがとうございました」
と座りなおして、挨拶をかえす。
 ここだけ見れば、正常な風景である。

 調査員が帰った後が、いやに陽気である。
 必死に答えたため、脳を最大限に使い、活性化されたようだ。
 まだまだ可能性、と言うか、奇跡は残っている。
 日常、いろいろ質問を繰り返し、脳をフルに働かせれば、良いのである。
 質問の項目が、次々と浮かんでくる。
 毎日、何を話そうかと悩んでいた点も、これで解決だ。
 
 
 

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いも煮は、やはり田舎で

 
 田舎には、幅が500メートルを超える大きな川がある。
 その名の通り、大川という。
 昔は、水量が豊富であった。
 今は、ダムが、あちこちにできたため、昔の面影はない。

 全国的にも、そうだったであろうが、昔の田舎は、皆、貧しかった。
 今のように、店に行っての飲食は、冠婚葬祭の時だけだった。
 いや、それさえも、自宅だった。
 結婚式も自宅でやっていたし、葬式は当然である。
 "山菜採り"や"きのこ狩り"は山へ、そして"いも煮"は川辺へと、いわゆる、自然と、かかわったレジャーだけだった。
 これからの季節は、しばらくすると、大川の河原は、"いも煮会"でにぎわう。
 "いも煮"の時期は、ちょうど、農繁期が終わったころでもある。

 子どもの頃の、大川での"いも煮会"は、いろいろな行事の中でも、大きなイベントの一つであった。
 複数の親しい家族同士や、親族一同であったり、町内の人たちだったり、いろいろなグループで参集する。
 河川敷で石を積み重ね、いろりを造る。
 川の水は、そのまま飲めるほど、きれいだった。

 "いも煮"の主役は、サトイモである。
 引き立て役として、豚肉、人参、大根、白菜、玉ねぎ、長ねぎ、ごぼう、糸コンニャクなどが入る。
 そして、名脇役に、いろいろな"きのこ類"が、たくさん入れるのが、他の地方との違いであったろうか。
 下ごしらえをしてあるため、あっという間に、宴会に入る。
 各々が持ち込んだ、いろいろな料理も並び、幼きころは、たいへんなご馳走だった。
 料理をつつき、酒を酌み交わし、まもなく、佳境に入る。

 子どもも、まもなく、満腹になる。
 盛り上がっている大人を尻目に、子どもは子ども同士で、楽しむ。
 川を相手の、遊びに移る。
 暖かい日であれば、泳ぐ。
 そこには、急流もあるし、神秘的な数メートルの深さもある。
 子どもにとっては、魅力のある冒険が、河原には待っている。
 そして、大人が、盛り上がっている最中に、子どもが、おぼれる悲劇が起きる。
 そう珍しいことでもないほど、多かったと、記憶している。

 月例行事になった診療のため、帰省した際、久しぶりに、いつも行っていた河原へ、行ってみた。
 学校が休みの日には、早朝から子どもらで、にぎわっていたものだが、人の気配は少ない。
 今は、水遊びが禁止だそうである。
 ひと気の少ない、大川には、昔の面影はない。
 河川敷は良く整地され、野球場などや、駐車場も完備されている。
 そして、トイレも、大変きれいだ。
 田舎も、徐々にではなく、大きく変わった。
 そこには、昔なつかしい風景は、少なくなっている。
 水鳥も、種類が減って、カラスやスズメなどの、ある限られた鳥だけが、異常に増えているように見える。
 母が、あまり愛着を感じなくなったのも、無理はないようだ。

 それでも、近代的に変貌した"いも煮会"は、今でも、健在である。
 焼き肉やバーベキューも主役に加わり、ガスコンロやカラオケまでも用意されても、"いも煮会"という名は、変わっていない。

 帰宅してから、田舎から持ち帰ったサトイモなどの材料で、汁料理としての"いも煮"をつくってみた。
 最近、少量でもできるように、"いも煮"の材料がセットされたものが、スーパーで売られている。
 田舎でも、少子化が進んでいるのか、老人だけの世帯が増えているからか、であろう。
 おいしそうに食べてはいたが、"いも煮"とは,ついに、気づかなかった。
 料理の下手さだけの理由では、ないようだ。
 やはり、"いも煮"は、大川の河原で食べるに限る。
 
 

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