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2008年2月

≪つづき≫

 
 朝食を済ますと、ドライブの準備をするように言う。

 月曜日から土曜日まで、デイサービスに行っている。
 疲れるためか、夕食後には、すぐに寝てしまう。
 逆に、会話の時間が減っている。
 じっくり話しを出来るのが、唯一、ドライブをしている時間だけになってしまったのである。

「なぜ、夜中に騒いだの」
「騒いでないよ」
「夜は、寝ていたよ」
「昨日は、一晩中、うるさかった」
「すーっと、寝ていたよ」 
・・・・・・・・・・・・

「昼間に寝ていたから、眠れなかったのでは」
「昼は、起きていたよ」
・・・・・・・・・・。

 この件は、いつも噛み合わない件である。

「なぜ、冷蔵庫の中の物を、食べたの」
「食べてないよ」
「冷蔵庫の前が、散らかっていたじゃない」
「知らない」
・・・・・・

「牛乳も、なくなっていた」
「飲んでいない」
「あんなにいっぱい飲んで、寒くなかったの」
「半分しか、入っていなかったよ」

 やっと、きっかけがつかめた。
「冷蔵庫の中のものは、絶対に食べてはいない」
と言い張っていたが、
「牛乳は、半分しか入っていなかった」
と認めた。
 2パック入っていたのに、もう一つは手付かずだった理由が、封が開けられなかったためだとも、分かった。

 これを足掛かりに、ひとつひとつ具体的に解明していった。
 一つ一つ、パズルのように疑問が解けてゆく。

 ""なのに、暗かったので、テレビをつけた。
 そこに、"老人会"の同僚がいた。
 友達ではなく、"老人会"に来ている人だそうである。
 "老人会"の人と、ずーと話しをしていた。
 ちゃんと、名前も呼んでくれたから、間違いないそうだ。
 そして、3人で、ひな人形を作った。
 いつまで待っても、食事が出ない。
 "老人会"の人が、食べ物のある場所を教えてくれた。
 確かに食べ物はあったが、冷たいものだけだった。

 おかしな点だらけなのに、そうだったのかと、なぜか納得である。

 ものすごい風はふいているが、快晴の日差しで、車中は暖かい。
 真夜中の活動で疲れているのか、助手席で眠っている。
 こちらも、眠気が襲ってきた。
 パーキングで車を止め、ひと眠りに入った。

 何やら、話し声が聞こえて、目が覚める。
 話し声は、助手席からであった。
 車を揺さ振るように、強風が唸っている。
 昨日あった春一番より、強そうな風である。

 その"風の音"を相手に、楽しそうに話しをしていた。
 
 
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冷蔵庫には食べ物がいっぱい

 
 久しぶりに、冷蔵庫の中の"盗難"があった。
 そのまま食べられるものは、すべて消えている。
 牛乳バック、ハムの袋、餃子や空揚げのトレーなどなど、冷蔵庫の前は、足の踏み場もない。
 かぼちゃなどの煮物は、悲惨である。
 しばらく、"盗難"がなかったので、冷蔵庫のドアを開けられないように、封はしていなかった。
 不覚であった。

 朝食の準備に入ると、いつもと違い、すぐに起きてくる。
 眠っては、いなかったようだ。
 目の上の額には、小さな傷がみえる。
 戦いの際、冷蔵庫の"守備隊"にでも反撃されて、損傷を受けたようだ。
 すり傷のようで、心配はなさそうである。

 昨日の土曜日は、都合によりデイサービスを中止し、家にいた。
 朝食が済むと、寝室に戻り、眠ってしまった。
 数か月前から、起きているように言っても、反抗するだけで、無駄な状態になっている。
 今は、"なすがまま”に、せざるを得ない。
 昼食の時に声をかけても、すぐには返事をしないほど、寝入っていた。
 食事の準備ができて声をかけてから、やっと起きて来た。
 昼食が済むと、同じように寝室に戻ってしまった。
 1回分のおやつを準備して、外出した。
 帰宅した際には、当然、起きてはいなかった。
 予想はしていたので、すべての常夜灯をつけておいた。
 あちこちに、ぶつけることもなかったろう。
 おやつは食べなかったようで、そのままになっていた。
 すぐに、夕食の準備に入る。
 夕食を終え、食器を洗っていると、すぐに寝室に消えた。
 いつもは、大好きな入浴を催促するのだが、それもなかった。
 四六時中、寝ていたことになる。
 夢の世界で遊ぶ方が、楽しくなったようだ。

 そして、深夜の活動は、いつもより活発だった。
 日付けが変わるころから、夜明けまで続いていた。
 屋外へ徘徊する様子はなかったことと、疲れていたため、耳をふさいで、がまんしていた。

 周期的に、目が覚めてしまう。
 いつもと比較にならないほど、活発な活動であった。
 "注意しても止めることはない"状態に、なってしまっている。
 階下の住人には申し訳ないが、そのままにしておいた。
 日中は、すべて寝ていたのだろうから、やたら元気が良さそうであった。

 いつもより、激しい活動をしている。
 お腹も、減るはずである。
 菓子類や果物は、見えないようにしてあるため、入手できない。
 空腹を満たすべく、最後に目を付けたのは、冷蔵庫だったのだ。

 当然、行き着くところだったのである。
                          ≪つづく≫
 
 

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化粧は女の命だったのに

 
 最近、"口をつぼめる仕草"を、するようになった。
 ずいぶん前に、"認知症"をテーマに取り上げたテレビ番組を、見た記憶がある。
 その時に、出ていた患者の顔付きに、よく似てきたように感じる時がある。
 そっくりとは言わないまでも、良く見受けられる"認知症"特有の顔つきをしていて、こちらが戸惑うことがある。
 その時の目は、焦点が定まっておらず、瞳は透き通っている。
 確かに以前の顔とは異なり、徐々に、変わってきている。

 昔から、家にいる時には、化粧することはなかった。
 せいぜい、髪を整えるくらいである。
 一転、外出するときは、必ず鏡台の前に座る。
 単なる買い物であれば、一瞬の間の化粧であるし、会合に出かける時には、それなりの時間をかけていた。

 そのように、とても気にしていた"化粧"をしなくなったのは、いつ頃であろうか。
 昨年の春ごろまでは、田舎の美容院に行った際に、顔肌につける化粧水なるものを、今まで通り、求めていた。
 お金を支払う素振りは、すでに失っていたので、
「もらっていくね」
の一言で済ますだけではあったが、そこは田舎である。
 後で支払えば良いのであるから、何ら問題はない。
 その後、いつまで使っていたかは定かではないが、今は、していない。
 そういえば、髪に付ける"椿油"なるものも、買ってくるように言わなくなって、久しい。
 口紅は、少なくとも去年1年間、つけた顔を見ていない。
 髪も、みずからは、くしけずることも、しなくなった。
 
 髪が乱れるからと、毎晩、髪の毛を覆うネットも、寝る前には欠かせなかったのだが、それが数年前から、四六時中、つけているようになっていた。
 日中は外すように注意しても、止めなくなった。
 それも、唯一の楽しみであるデイサービスに行くようになってからは、逆に、いっさいしなくなった。
 理由は、わからない。
 よって、寝癖が付く。
 出かける前に、髪を整えるように言い続けた。
 相変わらず鏡を見ようとはしないが、やっと最近、くしで軽く、すくようになった。

 チョット前まで残っていた服装への興味も、いつの頃か分からなかったが、消えている。

 そういえば、メンタルの主治医が言っていた。
「しばらくすると、"鏡に映った自分を他人と思って話しかける"ように、なる」
と。
 この予想は、今のところ、外れている。
 すでに、鏡を見なくなっているからである。

 80余年間も、自分の顔を見続けたので、見飽きたのかもしれない。
 
 

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老人会にも、好き好きがある

 
 いつものように、朝がやって来た。
 明るい日差しが、さし込んでいる。
 ベランダに、出てみる。
 遠くに、小さい富士山が、くっきり見える。
 ちょっと肌寒いが、心地よい快晴である。

 昨夜、用意しておいた夜食が、そのままになっている。
 食べなかったようだ。
 棚においた菓子の方は、きれいに無くなっていた。

 朝の、声をかける。
 反応して動いている音はするが、いつものように、返事はない。
 朝食の準備に入る。
 いつしか、もぞもぞ起きてきて、前掛けをかけ、食事を待っている。
 通電されていない暗いテレビ画面を、じーっと見ている。
 久しぶりに自宅で見た夢の続きでも、映っているのだろうか。

 四日振りの、二人でとる朝食が始まった。
「老人会の"お泊まり"は、楽しかった?」
「変な人が、いっぱいいた」
「食事は、どうだった?」
「ご飯や、ラーメンが出た」
「どんな所で。寝たの?」
「一人の部屋で、寝た」
「新しい友だちは、出来たの?」
「知っている"老人会"の人が、一人いた」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 質問に対して、一つの答えしか返らない。
 食事やおやつ、遊びなどを、延々と話すのだが、それもない。
 同じ話を、何度も何度も繰り返すのだが、それもない。
 会話自体が、弾まない。

「楽しかった?」
「親切で、いい人だった」
「いつもの"老人会"の人の方が、もっと楽しい」

「食事は、おいしかった?」
「おいしかった」
「いつもの"老人会"の方が、もっと美味しい」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 ひと言、"いつもの老人会の方が良い"と付け加えるが、人に対しての"気遣い"は、まだまだ大丈夫なようだ。
 一安心である。

 食事が終わり、"老人会"に行くことを告げる。
「どっちの"老人会"?」
「今日は、いつもの、"お泊まりなし"の"老人会"だよ」

 一転、喜々として、着替えに入る。
 デイサービスの"老人会"の素晴らしさを、いっきに語り出した。
 心なしか、出かける準備のスピードも、速い。
 目も、輝いている。
 "若い友人の待つ老人会"に、すでに心は、移っているようだ。

 "いつも"の母に、戻っていた。
 
 

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初のショートステイは疲れた

 
 あっという間に、はじめてのショートステイは終わった。
 迎えのため、介護施設の建物に入る。
 1階の受付には、誰もいない。
 5階が、ショートステイの場所である。
 エレベーターのボタンを押す。
 来ない。
 何かが、変なのである。
 もう一度、ボタンを押す。
 ボタンのところが、明るくならない。
 脇に、暗証番号が書いてあり、それを入力するように、小さな注意書きが貼ってある。
 初回、玄関口を出る時に、暗証番号の件の説明は受けたが、入る時も必要だとは聞いていない。

 ほどなく、5階に着く。
 エレベーターのドアが開く。
 デイサービスの施設と違い、何となく雰囲気が暗い。
 照明などの明るさではなく、会話が聞こえないのだ。
 メインは、特別養護老人ホームである。
 その一画を、ショートステイとしても使用している、と説明を受けた。
 多くの入居者がいるはずなのに、声が聞こえない。

 今回の支払いを清算していると、5、6メートル先を、母が横切る。
 こちらをチラリと見たが、気付かなかったようだ。
 清算が終わると、職員が名前を呼ぶ。
 やがて、別の職員に連れられてやって来る。
 すでに、帰り支度は済んでいた。

「さようなら」
「さようなら」
「また、遊びに来てね」
「お世話さま」
「来月も、来てね」
「お世話になりました」
 "来てね"に対して、"来る"とは、決して言わなかった。

 エレベーターの方に、小走りに向かう。
 元気である。
 職員の一人が、エレベーターの前まで、送ってくれる。
 その間も、
「また、来てね」
と、誘いを受け続けているが、"来る"とは言わない。
 職員は慣れたもので、素早く暗証番号を入れる。
 この階で止まっていたらしく、すぐに開く。
 サッサと乗り込む。
「お世話さまでした」
 ドアが閉まりかけた時の、最後の言葉である。
 1階に着く。
 やはり、受付けには、誰もいない。
 そうだ、
 今日は、日曜日であった。
 誰も受付けに、いない訳である。

 帰宅する。
 いつもの、元気そのものに戻っている。
 クツを脱ぎすて、カバンを洗たく場に置く。
 次いで、寝室に入ってしまう。
 夕食までは時間がある。
 ホッとしたのだろうから、そのままにした。

 夕食の時刻がやって来た。
 声をかける。
 返事がない。
 繰り返す。
 やっと、眠たそうな返事が返る。
 久しぶりの自宅である。
 気疲れもあったろうから、寝かせておくことにした。

 テーブルの上に夜食を用意して、居間の灯りを消した。
 
 

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二つ目の老人会

 
 昨日から、始めてのショートステイに"入れた"。
 そもそも、外での宿泊が苦手な、昔の人間である。

「今日から、老人会のお泊まりだよ」
「なんで?」
「出張で4日ほど、いなくなるから」
「行きたくない」
「じゃ、家にいる?」
「       」
「4日間の食事は、どうする?」
「        」
「自分で作る?」
「作れない」
「食べないで、いる?」
「        」
「老人会に、行きたくないの?」
「行きたい」
「なら、お泊まりすれば」
 要するに、行きたくないのを、"食事"をエサに連れて行った。
 だから、"入れた"のである。

 当然、いつもの"老人会"の施設とは、違うところにある。
 着いた。
 玄関で、はじめて会う職員が、笑顔で迎える。
 車を駐車場に入れている間に、有無を言わさず拉致される。

 遅れて、建物の中に入る。
 受付で、指定の場所の指示を受ける。
 会議室とおぼしき部屋で、3人の職員が待っている。
 その内の一人は、以前に来宅した人である。
 戸惑っている様子が、ありありと見える母は、小さくなって、そこにいる。
 初回なので、簡単な面接が始まる。
 最後に、なぜか、血圧と体温を測る。
 緊張をやわらげるためか、面接している中の一人が、
「私も同じ県の出身なのよ」
と、話しかける。
 一瞬、微笑みがうかがえたが、すぐに緊張した趣きに戻る。

 可哀そうな気持ちが、湧いてきた。
 かといって、中止するわけにもいかない。
 一度、中止している前歴もある。
 係員一人を残して、運命に身をまかした母が、連れて行かれる。
 契約書のコピーを渡され、迎えに来た時に支払う金額を提示された後に、こちらは解放される。

 帰り際に、泊まる部屋を見る。
 指定通りの和室で、一人部屋である。
 素適な部屋ではある。

 駐車場に戻る。
 これから数日間、自由な時間を、満喫できるはずであった。
 北風が強く、肌を刺す。

 幼きころ、父から幾とどなく、教えられたことが蘇る。
 強いものには、いくら戦いを挑んでも構わないが、弱きものをいじめるのは、犬畜生にも劣る行為である。
 ライオンは、新しいツガイが出来ると、前のオスとの間に出来た子どもを噛み殺してしまう。
 だから、動物界では最も肉体的に強い動物なのに、地球の覇者と、なり得ないのだ。

 ・・・・と。

 出張といっている手前、毎日面会に行くこともできまい。
 ひとりで帰宅した部屋は、冷えきっていた。
 
 

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夢の世界は、定休日

 
 朝が、やって来た。
 昨夜は、"やや静かな夜"だった。
 酩酊していたから、気付かなかっただけではなさそうだ。
 土曜日は、介護センターの車で自宅まで送ってくれるので、気兼ねなく、酒を楽しめる。
 昨夜の午後は、友と、盃を酌み交わした。
 自宅で迎えるために戻る途中、雪が降り始めていた。
 ここのところの週末には、雪が訪れている。
 高速道は、あちこちで通行止め、電車は,各線で混乱していると、テレビが報じ続けていた。
 
 昨夜の段階で、"ドライブは中止"を決め、伝えてある。
 よって、遅めの起床である。
 何の疑いもなく、真白になっていると思い込んで、外を見る。
 雪が、まったく見えない。
 テレビをつける。
 雪のことは、何んにも触れない。
 狐につままれたような気持で、朝食の準備に入る。

 朝食の最中、
「今日は、連休だね」
と、珍しい言葉を発した。
 ずいぶん前から、曜日は分からなくなっている。
 トンチンカンな曜日を口にすることはあっても、"連休"なる言葉は、ついぞ聞いたことはない。
 珍しく、テレビの内容も、把握しているようだ。
「○○さんは、年を取ったねー」
 当たっている。
 九州のキャンプ地を取材している様子が映っている。
 確かに、映っている元アナウンサーは、動作も含めて、老けたように感じる。
「昔から、野球が好きだった人だったが、今でも好きなんだ」
 当たっている。

「今日は、連休だね」
 同じ言葉を繰り返す。
「この人、歌手だった」
「この人も、ずいぶん年を取ったねー」

 当たっている。
「久しぶりに、テレビに出てきたんだ」
 最近は、バラエティー番組や、クイズ番組によく出ている。
 "久しぶりに見た"と言っているので、こちらはチョット違っている。

 もっと不思議なことが、起こっている。
 朝食が終わっても、寝ようとしないのだ。
 当たり前なのに、不思議な気持ちに包まれる。
「今日は、連休だよ」
 同じ言葉を、繰り返す。
 ドライブに行こうと催促しているのでも、ないのだ。
 1週間を取りまとめた、ワイドショー的な番組が始まった。
 当然、昨夜の雪での、混乱の様子が映し出される。
 それを見ながら、
「今年は、雪がよく降るねー」
「毎週のように降るなんて、珍しいね」

とも言っているのだ。
 正確で、的を得ている。
 一度も、外の様子は見ようとしないので、外には、雪が積もっていると信じて、疑っていない。
 そこだけで、あとは正気なのである。

 話しの内容は、まともで、正確に伝えている。
 今日は、夢の世界から、久しぶりに解放されているようだ。
 明日まで続いてくれれば、たのしい"ドライブの日"になりそうだ。

「今日は、連休だよ」
と 繰り返している意味は、だいたい分かった。
 直線距離にして、数百メートルと近い所に、施設はある。
 "老人会"ならぬデイサービスが大好きになってからは、真夜中に一人で向かうようになった。
 そこで、"遠い所にある"と思わせるために、送迎の際も、遠回りをしている。
 その"対策"をしてからは、真夜中のハイキングは、駐車場止まりになった。
 土曜日に、介護センターの車で送ってもらう時も、一番最後に降ろしてもらうように依頼してある。
 最後の一人になった時に、職員同士が交わした会話の中の、
「・・・明日から連休・・・」
を聞いて覚えたことのようだ。
 きっと、楽しそうに話していたのだろう。

 昼食後、
「昼寝でも、したら」
と勧めると、
「うん」
と、うなずき、うれしそうに寝室に行く。
 午前中、ズーッと起きていたので、思考するための"物質"が足りなくなったようだ。

 ふすまを閉める前に、何気なく、ふと聞いてみた。
「今日は、何曜日?」
「木曜日」

 間違っているのに、なぜか、ホッとした。
 
 

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おひな様になった

 
「今日のお昼は、・・・・・・・・・」
「おやつに、・・・・・・・・・・・・・」
「婦長さんと、・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・、楽しかった」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

 いつもの、パターンである。
 すでに、同じ事を5、6回も聞いているので、適当に相づちを打つ。
 田舎の言葉での"婦長"さんとは、看護婦の""のことではない。
 女性たちが集まる会などの""で、みんなから慕われている"女親分"の事である。
 デイサービスを取り仕切っている職員のようだ。
 最近の話しの中には、よく出てくる。
 名前は出ないので、どの人なのかは特定できないが、踊りや歌が上手な、年配の方のようである。

「おひな祭りを、やってもらった」
という。
「豆まきじゃないの」
「いや、おひな祭りだよ」
 先週、数粒ほど豆が入っている包みを、持って帰ってきたから、豆まきはあったようだ 。
 それが、ひな祭の記憶と結びついたのだろうか。

 昔の田舎では、旧暦で行っていたように記憶している。
 旧暦での3月3日は、新暦の4月に入ってである。
 その頃には、桃の花が咲き始め、文字通りの"桃の節句"になる。
 飾った人形に、その年の災厄を身代りさせるのだと記憶している。
 女の子の日であったので、詳しくは分からない。

 節分は、男の役割だった。
 家の長男が、"福は内、福は内、鬼は外、鬼は外"と、掛け声を2回繰り返して、各部屋をまわり、豆をまく。
 台所、ふろ場、トイレ、納屋など、あますところなく、豆をまく。
 父親の威厳は絶大で、鬼のマネをして、豆をぶつけられるなど考えも出来なかった時代である。
 炒った豆を、自分の年の数だけ食べる。
 "風邪をひかなくなるから"といわれた。
 邪気を追い払い、一年の無病息災を願うのだが、子どもには理解できないから、風邪をひかなくなると教えたのだろう。
 立春の前の日に行われるが、雪国では冬の真っただ中である。
 春が待ち遠しいのか、こちらは桃の節句と違い、新暦でやっていた。
 都合の良い話である。

 デイサービスでの同じ話を、続けている。
 おやつに、ちっちゃなケーキが出たという。
 菱餅でもなく、あられでもない。
 "おひな祭りをやった"のではなく、"御ひな祭りをやってもらった"といっている。
 みんなが、祝ってくれたという。
 今月は、誕生日の月だ。
 誕生日を迎える人をまとめて、その月に誕生会をやっていると、説明を受けたことを思い出した。
 デイサービスに参加するようになってから、まだ、1年を過ぎてはいない。
 初めての、誕生会だったのだ。
 同じ2月に、誕生を迎える男の人がいたのかも知れない。
 当然、みんなに向かって前に座るだろうから、まるで、ひな祭りの雛壇だったのだ。

 ビバ、誕生日!
 来年も、このままで、"老人会でのひな祭り"を迎えられますように。

 今週の"ドライブの日"の目標も、決まった。
 "桃の花"を、探しに行こう。
 
 

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やっと老人会に行ける

 
 昨夜とは打って変わり、快晴である。
 デイサービスに送るため、駐車場にやってきた。
 車の上に、5センチほどの雪が積もっている。
 昨夜、ベランダから外を見た時も、先ほど見た時も、芝生の上などは白くなっていたが、人が行き交っている場所には、雪は積もっていなかった。
 ベランダは南側であるが、駐車場は北側にある。

 積もっている雪は、凍りついている。
 フロントガラスにへばり付いていて、びくともしない。
 ドアは、問題なく開いた。
 母を入れ、エンジンをかけて、送風をフロントガラスに当てる。
 トランクを開けようにも、積もった雪が邪魔をして、開けられない。
 フロントガラスの雪を除こうとしたが、素手だけでは固くて、どうにもならない。
 悪戦苦闘をしていると、見知らぬ人が近ずいてきて、真新しい軍手を差し出す。
 キョトンとしていると、もう一つの軍手をはめ、フロントの雪を砕こうとしている。
 手伝ってくれているのだ。
 見た記憶のない人である。
 すでに還暦を超えていて、人のよさそうな年配の人だ。
 ありがたいものである。
 ほどなく、車中からの温風が効き始めたのか、まるで煎餅のように、雪の塊を剥がせるようになった。
 結構な重さである。

 感謝の気持ちを伝える間もなく、親切な人が去ってしまう。
 名前を聞くのも、忘れた。
 うかつではあったが、気分は最高である。

 車に乗り込む。
「助かった」
 再度、
「助かった」
と、小さな声でつぶやいているのが、聞こえる。
「何が、助かったの」
「       」
 ・・・・・・・・・

 なんど聞いても、答えない。
 最近は、質問しても、黙ったままの時が多くなった。
 介護センターに着くまでの数分の間に、わかったことがある。

 昨日の"老人会"は、雪のため、行けなかった。
 ドライブにも行っていないので、日曜日のため休みだったとは、思っていない。
 先ほども、雪のため車に閉じ込められ、今日も行くことはできないと考えていた。
 急に、雪がやみ、閉じ込められていた雪の中から、救助隊に助けられた。
 ほどなく快晴となったため、やっと大好きな"老人会"に行ける。
 だから、
「助かった」
と、考えているようである。
 多少、つじつまが合っていないのは、ご愛嬌である。
 見知らぬ人に助けてもらっての、感謝の言葉ではなかった。
 ちょっぴり、がっかりではある。

 道路には雪は見当たらず、まったく問題はなかった。
 見知らぬ親切な人と出会えて、今日も良い日になりそうだ。
 
 

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雪の日に、いろいろな人が訪ねてくる

 
 朝から、雪が舞っている。
 外を眺めてみると、人で行き交っている場所を除いて、真っ白になっている。
 本格的な、積雪になりそうだ。
 早々と、ドライブは中止にすることを告げた。
 ベランダから外を見ようともせずに、何の反論もなかった。
 テレビでは雪のことだけを流し続けているので、止む無しと思ったのだろう。
 2年ぶりの大雪らしい。

 交通機関が、混乱しているようだ。
 とにかく、首都圏は、雪に弱いものである。
 このような時は、家に閉じこもっているに限る。

 家にいる時は、いつも、布団に入り、寝てしまう。
 はじめは.起きているように、声をかけていた。
 耳を貸そうともしなくなったので、そのままにしている。

 朝食からお昼までは、おとなしく寝ていた、
 昼食がすんでから、1時間半を過ぎるころ、活動が始まった。
 止めに行くような音ではない。
 そのままにした。

 3時のおやつの時間がやって来た。
 何でガタガタしていたのか聞く。
 子どもが、枕元にいたという
「いたよ」
・・・・・
「いたもの」
・・・・・・
「間違いなく、いた」
・・・・・・・・・

 先ほどまで、数人の子どもが遊んでいたと言い張る。

「いるわけが、ない」
といっても、
「居間で遊んでいて、枕元にも来た」
と、真剣なまなざしでいう。

 久しぶりの幻覚である。
 それも、"しっかりした"幻覚である。
 原因とおぼしきことは、すぐに類推できた。
 積雪で大喜びしているのか、子ども達の歓声が聞こえている。

 夢の中で遊んでいると、子どもの歓呼の声が聞こえたのだ。
 それが、思い出を引き出すキーになった。
 記憶の片隅から、子どもの頃の、楽しかった思い出がよみがえる。
 まぼろしの中で、子ども達と遊ぶ。
 思い通りの相手をしてくれる。
 楽しい時間を、まぼろしと共有する。
 そのようなことであろう。

 しかし、夢の世界に押し込むには、早すぎる。
「何人いたの」
「いっぱいいた」
「男の子は、何人」
「いっぱいいた」
「女の子は。何人」
「        」
「何歳くらいの子」
「        」
「どんな顔をしていたの」
「        」
  "いる、いない"ではなく、具体的に聞くと、答えが止まる。
 でも、いたとの考えを変えようとはしていないようである。

 おやつを食べ終えると、また寝室に入って寝る。
 こちらも、自室に戻る。
 たまに、雪も良いものだ。
 雪見酒と、しゃれ込む。
 
 ほどなくすると、戸を叩いて、名前を呼んでいる。
「枕元に、背の高い男の人がいる」
「いるわけないよ」
「いるから、見に来て」
「いるわけない」
「怖いから、見に来て」
 今度も、真剣なまなざしである。

 枕もとには、パジャマなどが掛けられるようにハンガーをかける家具が置いてある。
 いつも着ているものや、パジャマなどが掛けてある。
 そこを指差しながら、
「ほら、背の高い男の人がいる」  
という。

 ギョットする。
 今度は、"いた"ではなく、"いる"なのだ。
「どこに」
「そこに」
「いないじゃない」
「そこにいるよ」
「見えないよ」
「いるじゃない」

 大半を、夢の世界の中で過ごすようになった。
 現実の世に、夢が混じり込んでも、止むを得まい。

 医者は、"ますます幻覚を見るようになる"と言っていた。
 また、当たって欲しくないことが、やって来た。
 一歩一歩、夢の世界にのめり込むのは仕方がないにしろ、"楽しい夢"であって欲しいものである。

 外では、風に吹かれて、雪が舞い続けている。
 
 

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田舎の夢見月は遅い

 
 普段と変わらない朝が、やって来た。
 朝食の準備に入る。
 しばらくすると、無言のまま、起きてくる。
 そして、いつもの1日がはじまる。

「もう、サクラが咲いている」
 ちいさな、ひとり言が、途切れ途切れに聞こえる。
 ふり返ってみると、テレビ画面に、満開の桜の木が映っている。
 早春に向けてのコマーシャルが、早くも放映されている。
 みごとな満開の桜である。
「ちょつと前に、お正月だと思ったら、もうサクラが咲いている」
「春が来たんだねー、早いねー」
「あんなにあった雪も、なくなったんだ」

 しきりに、感心している。
「今年は、温かい冬だったんだ」
 ひとり納得している。
 
 画面が、天気予報に切り替わる。
「今日は北風が強く、寒い一日になりそうです」
と告げているが、見事なまでに咲き誇っている桜の姿が、しっかりと脳に焼き付いてしまったようだ。
 食事中も、
「春が来た」
と、しばらくの間、言い続けていた。

 田舎の春は遅い。
 例年、4月末に、その時が訪れる。
 寒い日が続く年は、ちょうど5月の連休にぶつかる。
 遅い分、花が一気に咲く。
 桜は、どこでも一気に咲くのだが、田舎の桜の方が、"一気に咲く"が似あっている。
 雪に閉ざされている分、春の訪れの喜びは大きい。
 まず、三分咲き、五分咲きを、三々五々楽しむ。
 この程度の開花のころまでは、"梢の雪"とも呼んでいる。

 秋の"いも煮会"と違って、桜の開花が主役であり、日にちも桜まかせである。
 はやる気持ちを抑えて、その日を待つ。
 そして、待ちに待った花見が始まる。 
 単なる花を見る楽しみだけではない。
 厳しい冬を乗り切って、春を迎えることができた喜びだ。
 人々の顔には、喜びがあふれる。

 昔は、桜の花びらを塩漬けにしておいて、祝いの膳に使っていた。
 花びらを一枚一枚ツムぎ、集めていたあの時の母は、生き生きとして若かった。

 今年で、85回目の開花を迎えるのだ。
 物心がつき、花を愛でるのが分かるまでの乳児期を除くと、さらに減る。
 よくよく考えてみると、長いといわれている人生でも、80余回しかなかったのだ。
 生まれ育ったところで両親の庇護のもと20余回、父と出会って50余回、異国の地での10回、悲喜こもごもの思い出があったろう。

 桜は、はかなく美しく咲き、ほんの短い間で散っていってしまうから、"夢見草"とも呼ばれる。
 だから、”夢見草の咲く月"の3月は、夢見月ともいう。
 今の母には、よく似合う。

 田舎での満開は、4月末か、5月の連休のいずれかだ。
 85回目の花見は、"田舎での夢見月"にしよう。
 そして、春の訪れを充分に楽しみ、今や大半を過ごす夢の中の世界を、花びらでいっぱいに、埋め尽くしてあげよう。

 いずれ、桜のまたの名の"たむけ花"になる、その日まで。
 
 

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