いつもの診療の帰省(2)
まず、メンタルの診療である。
いつもの問診がはじまり、滞りなく終りに向かおうとしていた。
突然、
「テレビで、"老人会"に来るように言っていた」
と言い出す。
医師も、唖然とした。
そこは専門が精神科である。
同じような、というより、もっと進んだ患者も日常的に診ている仕事である。
すぐに、立ち直った。
「いつ、言っていたのですか」
「さっき」
「今日は、朝早くから、車で帰ってきたのでは?」
「テレビで、婦長さんが、"来てね"と言っていた」
「いつですか」
「さっき」
何となく想像はできる。
メンタルケアの待合室は、専用の場所が設けられている。
いつも座っている席に、先客がいた。
テレビの前の席が空いていたので、そこで待っていた。
大型テレビが間近にあり、否応なく、テレビを見るしかない席だ。
その時、中年女性のレポーターが、何やら解説していた。
そのレーポーターが、"婦長"といっている人と似ていたかどうかとは関係なく、両方の記憶が混じり合った結果なのだろう。
「テレビで言っていた」
など、あり得ないことを口にするのは、時たまある。
別に、珍しいことではない。
担当替えになった今の医師にも、伝えているはずである。
10数分の診療だし、高齢化のこの世の中、患者も多くて、一人ひとりを覚えていないのも、やむを得ないのだろう。
最後に、今後はどのようになっていくのかを聞いた。
「わからない」
との返事である。
「人それぞれ、様々な症状が現れます」
3回目の診療であるが、一言足らない医師である。
老け顔の若い医師は、意外と"気がいいヤツ"であったことを思い出した。
少し"軟らかめ"に聞いてみると、重い口を開いて語りはじめた。
運が良ければ、何もしなくなるそうである。
不思議な言い方である。
今でも何もしていないと伝えると、そうではなくて、大好きな"老人会"にも行かなくなるとのことだそうだ。
すべてに、興味を失うそうだ。
困るのは、逆に、いろいろなことを、仕出すことだと言う。
タンスから衣服をすべて出して、散らかす。
引き出しのものも、同じようにする。
家の中にあるものすべてが、対象になってくる。
すでに、タンスの中身を散らかす件は、すでに2年前に起きている。
まっ、成るように成る、と腹をくくる。
次いで、主治医の医院に向かう。
いつもの、雑談に入る。
"患者"を差し置いて、お互いの昔話に、しばらく花が咲く。
看護師の"ひと言"が割って入り、やっと診察に入る。
前回の血液検査の結果は、予想通りだった。
血圧を除いては、どこも"異常なし"だ。
その血圧も、改善されているとのことである。
取り合えず、予定の大半は終わった、
ただ1点、目的が果たせなかったことがある。
庭で咲き誇っているツツジの花を、見ることが出来なかったのだ。
だいぶ膨らんでいて、花弁の色はのぞかせているものの、まだツボミであった。
申し訳なさそうに小柄なツツジが、うな垂れているように見えた。
精一杯努力したのだけれど、間に合わなかったと。
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