一人ぼっちの帰省(2)
最後の峠に到る。
木々の芽生えは、まだ始まっていない。
晩秋のようにも見えるが、何かが違う。
枯葉、そう、落ち葉がない。
木枯らしに、吹き飛ばされてしまったのか。
それとも、雪によって押し固められ、次の世代を作る土壌に代わろうとしているのか、とにかく落ち葉がないのである。
やはり、落ち葉が散乱している晩秋とは、雰囲気が異なっている。
下りに入る
道路の境には、ガードレールなど設置されていない。
その先は、1メートルほど下に"せせらぎ"があったり、下が見えないほどの絶壁だったり、が続く。
でも、この辺で事故が起きたとは、聞いたことがない。
過保護にすればするほど、子は弱く育つ。
道路もそうだ。
ある町で、センターラインを消したら、事故が減ったそうだ。
行き交う車が、スピードを落とすようになったからだ。
危険なら、注意する。
だから、事故は起きないのだろう。
そんな事を考えていたら、周りは一気に"春"にかわっていた。
冬は、跡形もなく、消え去っていた。
突然、1羽のチョウが、フロントガラスを横切る。
まぶしいほどの残雪に出会ってきた今の心境としては、白いチョウと言いたいが、黄色いチョウであった。
チョウが舞えば、早春ではなく、間違いなく"春の真っただ中"である。
ちょっとの間に、また季節が進んだ。
チョウを研究して著名になった高校時代の先輩によると、"頭"と数えるのだそうである。
でも、"匹"でもなければ、やはり"羽"がピッタリだと思う。
段々畑、次いで人家が現れてきた。
里に着いた。
"せせらぎ"から、"川"にかわる。
探し求めた風景に出合えた。
満開のサクラが、突然あらわれる。
ずらりと両岸に並び、"わが世"と言わんばかりに咲いている。
植えられてから、10年ほどの若い桜であろう。
時の重厚さを備えた老いた桜も好きだが、若い桜も、生き生きとして素敵だ。
綿菓子のような花に包まれた枝が、上へ上へと伸びている。
明日への期待に、夢ふくらませているようだ。
そこに、いろどり豊かに泳いでいる"鯉のぼり"が重なる。
両者の風情は、とても良く似会う。
しばし、車を止めた。
無性に、この景色を見せてあげたくなった。
今の母では、意外と淡々としたもののような気もする。
来週は、診療のために、再度帰省する。
庭のツツジも、チラホラと咲き始める時期である。
こちらの"春"は、思い出がいっぱい詰まった景色である。
何がしかの感動はする、と期待したい。
久しぶりに、"主人"との再会を祝うように、精一杯、咲いてくれると思うから。
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