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2008年5月

梅雨に似会う花は?(2)

 
 田舎には、アジサイにまつわる話がある。
 
 ある庄屋の家に、アジサイの花が大好きな年頃の一人娘がいた。
 許婚も決まっていて、近いうちに婿としてもらうあろうと、まわりの皆は思っていた。

 ある日、北の都から一人の若者がやって来て、しばらく庄屋の家の世話になった。
 出会った瞬間に娘は、一目ぼれをしてしまった。
 寝ても覚めても、心に浮かぶのは、その若者のことだけである。
 食事も、通らなくなった。
 尋常でない様子を心配した親は、娘を問いただし、やっとのことで理由を聞きだした。
 止む無く、両家の話し合いのもと、決まっていた婚約を破棄した。
 許婚だった相手は、まもなく嫁をもらい、幸せな生活を始めた。

 ところが、北の都から来た若者は、一存で決められず親との手紙のやり取りを続けるだけだった。
 煮え切らない態度に、娘の熱が冷めてくる。
 そのような時、南の都から若衆がやって来た。
 娘の気持は、そちらに奪われていく。 
 やっとのことで、北の若者に親の許しが出た時には、娘の気持は変わってしまっていた。
 連れて行こうとした若者は、失意のうちに一人で帰郷してしまう。

 庄屋は、南の若衆に娘の"想い"を伝え、説得することにした。
 しかし、一人息子であることを理由に、きっぱりと断られてしまう。
 一人ぼっちになってみると 前に婚約していた男の幸せな家庭が羨ましくなってきた。
 また、食事が通らなくなる。
 今度は、庄屋の力を持ってしても、出来ない相談である。
 まもなく、はやり病にかかり、あっという間に死んでしまった。

 やがて娘は、好きだったアジサイに生まれ変わった。
 それ以降アジサイは、女ごころの揺れ動き、移ろ気を表すかのように、"七変化"するようになった。
 "焼きもち"も、猛毒に変わっていった。
 家畜などや人でも、アジサイをたべると、痙攣・麻痺などを経て死亡する時もあるという。

 しばらくすると、一人娘の家の入口には、アジサイが植えられるようになったという。
 一輪のアジサイの花を見つからずに盗み、玄関に飾ると、災難にもあわず、お金にも不自由しないで、一年が過ごせるとも言われるようになった。

 外国でのアジサイの花言葉は「元気な女性、忍耐強い愛情」なのに、日本では「移り気、あなたは美しいが冷淡」である。
 娘が最も欲しかった「一家だんらん、家族の結びつき」の花言葉も、付け加えられた。
 
 

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梅雨に似会う花は?

 
「今日のお昼は、タマゴ焼きが出た」
「おやつに、カステラが出た」
「切ったイチゴが、付いていた」
「今日は、新しい人がいっぱい来た」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

 いつものパターンの、話しが続いている。
 テレビを見ながら適当な相づちを打ち、聞き流す。
 お構いなしに、話しは続く。

 その中の、
「今日は、牡丹の花を作った」
には、ちょっと違和感を感じた。
 確かに牡丹は今頃咲くが、田舎では冬の花である。
 春につけるツボミは取ってしまう。そうすると冬に花が咲く。
 真っ白な雪が舞う中に、真っ赤に咲く牡丹の花は見事である。
 やはり田舎育ちには、今の時期は似合わない。
 春に咲いたのでは、咲き競う様々な花に負けると思う。
 ただ、それだけのことである。

 デイサービスに行く時には、当然、昼食後に飲む薬も持っていく。
 連絡帳が入っている袋に、入れることになっている。
 薬を入れる際に、連絡帳を見るのが日課である。
 その中には、1か月ごとの介護センターでの予定表や、利用料の請求書、領収書なども入ってくる。
 介護センターとの、接点の一つである。
 大半は母へのメッセージであるが、その相手には、決して読まれることのないメッセージでもある。
 たまに、こちら宛と思われるメッセージもあるが、稀である。

「今日のアジサイ作りは、楽しかったですか。明日も続きをやりましょう。早く完成すると良いですね」
と書かれてあった。
 牡丹ではなく、アジサイだったのだ。
 モヤモヤしていたものが、これでスッキリした。
 季節感も合っている。
 
 アジサイは、"紫陽花"と書く。
 実に、味わい深い。
 雨の降りしきる中が似合うのに、なぜか""という漢字が入っていて不思議でもあるが、小さいことにはこだわるまい。
 学名もヒドランジアと言い、意味は"水の容器"だそうだ。
 これも、梅雨に咲く姿とよく似会う。

 日本原産であることも、気に入っている。
 一般的に植えられているセイヨウアジサイは、日本原産のガクアジサイを改良した品種であって、西洋から来たものではない。
 つぼみの緑色から白い花をつけ、間もなく水色に変化し、徐々に紅紫色が濃くなっていく。
 確かに、"七変化"するのである。
 昔のテレビで、ヨーロッパに転勤になった人が現地に植えたアジサイを映していたが、その花の色は異様であった。
 土地の成分によって、花の色が変わるのだそうだ。
 アジサイは、やはり生まれ故郷の日本が、好きなのであろう。

 歌の題名や歌詞にも、よく出てくる。
 美しさも当然あろうが、"紫陽花"という名前の持つ魅力にも惹かれるのであろう。 
 老人介護の施設名として、帰省の際にも、よく見かける。
 "あじさい"そのものを名付けた他に、あじさい園あじさい苑あじさい荘あじさいの郷あじさいの里などがあり、"あじさいの丘"というものまである。
 こちらの方は、何故なのかよく分からない。
 
 

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夢の中にも老人会ができた

 
 のどの渇きで、目が覚めた、
 まだ夜明け前である。
 昨夜の酒が、だいぶ残っている。
 長らく会っていなかった友と、昔話に花が咲き、飲み過ぎたようだ。
 若いころは、飲み過ぎると必ず頭痛が伴なったものだが、年を重ねるごとに痛みは消えていき、今や酔いが残るだけで、頭が痛くなることなどない。
 今日も、心地よい酔いが、そのまま残っている。
 まだ小雨も、降っている。

 昨夜は、デイサービスから帰ったから、早めの食事をさせた。
 その後に出かけたが、おそらく、すぐに寝たであろうから、睡眠は充分なはずである。
 でも、いつもの"夜の活動"もなく、居間の方は静かである。
 外出から戻っていることに、気付いていないのか寝ている。
 "観客"が不在では、舞台の幕を開いても意味がないのだろう。
 気付かれないように、二度寝に入る。

 日曜日の朝がやって来た。
 酔いも解消している。
 心地よい目覚めである。
 いつもの、朝食の準備に入る。

 朝食時には話しをせずに黙々と食べることが多いのだが、今朝はちょっと違っている。
「今日のお昼は、タマゴ焼きが出た」
「味噌汁は、ジャガイモが入っていた」
「歌を歌ったり、踊りを踊ったりした。楽しかった」
「おやつは、蒸しパンだった」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 一人での会話が続いている。
「今は、朝だよ」
「さっきまで、"老人会"に行っていたよ」

 先月、医者をしている友人と、飲んだ時の言葉を思い出した。
 認知症とは、出来上がった脳機能が、何らかの原因で障害を受けることにより起こる。
 だから、発達途中の子どもには起きない。
 還暦を迎えると子どもに戻ると言われるが、障害を受けたからといって、子どもに戻るわけではない。
 大人としての自意識は残っていて、それを他人に悟られまいとして様々な行動を起こすことだと言っていた。
 だから、あまり強く失敗などを追及しない方が良いと。
 しばらく黙って、聞いていることにした。

「婦長さんが、踊りを踊って、可笑しかった」
「新しい人も、いっぱい来ていた」
・・・・・・・・・・・・・・
「今日のお昼は、白いご飯が出た」
「味噌汁は、葉ッパが入っていた」
「婦長さんや、若い人たちが、歌を歌った」
「おやつは、プリンが出た」
・・・・・・・・・・・・・・

 延々と、楽しそうに話している。
 内容は、話すたびに変化しているのだが、この2、3日のことが、入れ混じっているだけであろう。

 食器洗いに流しに立つと、やっと延々と続いていた"話し"が一段落した。
 静かになると間もなく、ふすまの閉まる音がする。
 "老人会"から帰って来たのだから、先ほどの食事は夕食なのか。
 昨日と間違えているのであれば、土曜日は入浴もある。
 あとは寝るだけ、と判断したのか。

 2週連続して、"ドライブの日"が消えることにもなるが、そのままにすることにした。
 新しく入会したのだろう"夢の中の老人会"で、楽しんでもらおう。
 外は、まだ小雨が降っていた。
 
 

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ウチの風呂にも入りたい

 
 朝食が終わり、後片付けに、流しに立つ。
 後ろから、すり抜ける気配を感じる。
 洗面所のドアを開け、中に入って行った。
 デイサービスに向かうため、着替え着や下着などを入れている"手さげ袋"を、持って来ようとしているのだ。
 日課となっている行動パターンである。

 食器洗いが終わっても、戻ってこない。
 今日は、雰囲気がチョット違う。
 少し、長すぎる。
 気になって、見に行った。
 すりガラス越しに見ると、服を脱いだり着たり、繰り返している。
 ドア越しに、どうしたのか聞く。
「何をしているの」
「風呂に入るの」
と、意外な返事がかえってくる
「風呂は、わいていないよ」
「入るように言ったじゃない」
「いまは、朝だよ」

 夕食の後は、しばらくしてから入浴する。
 すませれば、すぐに寝てしまう。
 確かに、"食べて・入って・寝る"、このパターンが日課である。
 朝食後でないのを除けば、行動の型はこれと似ている。
 温泉旅行の時を除いては、朝湯に入っていたことなど記憶にないのだが、"言った言わない"では、こちらの"根負け"が明白だ。
 問いかけを、止めた。
 出かける時刻も迫っているので、あえて不戦敗の道を選んだ。

 デイサービスでの入浴は、火曜、木曜、土曜の1日おきである。
 入浴の予定外の日でも、
「今日、お漏らしがありましたので」
と、入浴することが多くなってきている。
 当然、無料ではないので、はじめの頃は事後でも連絡があった。
 いつしか、回数も増え、係り員も言わなくなった。
 入浴の予定日には着替えが必要であるが、それ以外の日にも、イザという時のために、持たせている。
 使ったか使わないかで、入浴したかどうかは分かる。

 家での入浴は、満足に出来ているのかは定かでない。
 少なくとも、洗髪などの洗いはできていない。
 デイサービスに行くようになって、ありがたいことの一つである。
 ただ、困ったことも起きた。
 入浴した日には、家では入らない。
 だから、入浴した日には、すぐに寝てしまう。
 そして、"睡眠が充分"の夜中がやってくる。
 気力も充分なのである。
 前ほどではないが、嵐のような日が、時々訪れる。

 今週は、デイサービスでの入浴が続いている。
 たまには、うちの風呂にも入りたくなったのだろうか。
 世の中、"すべてがうまくいく"ことはないようだ。

 浴槽を見ていったん消滅した"老人会"が、やっと蘇ったようだ。
 不満げな雰囲気が一転して、ニコニコしながら準備を始めた。
 今日は、天気も良さそうである。
 
 

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"ドライブの日"も消えた

 
 いつもの朝がやってきて、いつもの声をかけ、いつもの朝食の準備に入る。
 昨日、ずいぶんニラが伸びていたことを、思い出した。
 ニラ玉だ。
 ニラの味噌汁も、おいしそうだ。

 ベランダにプランタンをおいて、ちよっとした野菜を作っている。
 栽培しているというよりは、単に種をまいて水をやっているだけだ。
 大きく育てるような、本格的な家庭菜園ではない。 
 10センチほど成長すると、採取してしまう。
 そして、味噌汁の種などになる。
 ツマミ菜、葉大根などいわゆる"青物"である。
 ニラは、田舎の畑から持って来た。
 唯一、田舎から"出稼ぎ"をしていて、役に立っている野菜なのだ。

 それらの中から、葉大根の花が咲いた。
 採り忘れたと言うより、残っていた量が少なかったため、汁物の種にすら、用をなさなかったからである。
 そのまま残した3本すべてから、花が咲いた。
 白く可憐な花である。
 花も良いものだ。
 心がなごむ。

 一度だけ、
「きれいだねー」
と心を動かしたが、それ以降は見ようともしなくなっている。
 部屋には、1鉢だけだが、花を飾っている。
 こちらにも、
「きれいだねー」
と声をかけたのは、買ってきた時だけだった。
 "夢の中の花畑"には、とても敵わないのだろう。
 きっと、理想の楽園そのもののはずだ。
 どのような種類の花が咲いているのか、どのように咲き乱れているのか見てみたいが、こちらも叶わぬ夢である。

 ふと、不思議な気持ちがわいた。
 1週間前から、ずーと咲いている。
 次々に、新しい花が芽生えているのではない。
 同じ花が、咲き続けているのである。
 大根の花は、長く咲き続けるのかどうかなど知らない。
 14階のため、虫も訪れず、受粉が出来ないのだろうか。
 "待ち人来たらず"で、必死にアピールし続けているのだろうか。
 さりとは言え、受粉させる方法など知らない。
 ちょっと可哀そうな気にもなってきた。
 種ができることを祈って、水を注いだ。
 できることは、これ位しかない。

 ニラ玉も、ニラの味噌汁も、おいしかった。
 何といっても、採り立てである。
 加えて、無農薬、自然そのものの栽培である。
 こぼしながらの、いつもの食事が終わった。

 食器洗いをしていると、いない。
 寝室に入って、寝ている。
 食事中、
「今日は、"老人会"はないよ」
「なんで?」
「日曜日だから」
「なんで?」
・・・・・・・・。

のやり取りがあった。
 仕方なく、夢の中の"老人会"に、出かけたようである。

 今日は、家でゆっくりすることになりそうだ。
 "老人会"が、初めて"ドライブの日"に打ち勝った日でもあった。
 
 

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朝の挨拶は、お帰り

 
 朝が、やって来た。
 ベランダから空をのぞいてみると、久しぶりに晴れている。
「朝だよ」
 起きるように、声をかける。
 まず1回目は、反応がない。
 2、3回、声をかける。
 ふすまの向こうで、ゴソゴソ、動き出した気配がし出した。
 しばらくすると、ふすまが開く。
「お帰り」

 朝、起きた時の第一声が、
「お帰り」
になり、いま帰ったと思うようになってから、どの位たっただろうか。
 朝と夜の判断が、怪しくなったばかりの時には、そうではなかった。
 いつしか、日曜日でデイサービスが休みの時、洗濯などでチョット離れて居間に戻った時なども、寝ていなければ、
「お帰り」
と、外出から戻ってきた者へのあいさつの言葉をいうようになった。
 本来なら、"お帰りなさい"が正しいのだろうが、田舎の方言では、"お帰り"である。

 一昨年前までは、外出中に、こちらの部屋が、よく荒らされた
 部屋に居るのか居ないのかを、確認するためだったようだ。
 真夜中に、名を呼びながら、
「いるの?、いないの?」
と、戸をドンドンとたたきながら、開ける。
 一晩に、いく度となく、疲れる果てるまで繰り返される。
 だんだんと、毎夜、続くようになった。
 とても、眠ることなど出来ない。
 止む無く、駐車場の車の中で、一夜を過ごすことも、日常茶飯事になっていった。
 休みの日に部屋に戻っていると、同じ行動をおこす。
 まだ、介護生活には入っておらず、認知症の対策をする前である。
 一日中、一人で自宅にこもっているしかなかった時代のことだ。
 きっと昼間も、やっていたのだと思う。

 頻繁にするようになってから、部屋の入口に、書籍を入れて重くしたダンボールを3箱重ねて、入りにくくした。
 木製などでは、角でケガをするかも知れない。
 ダンボールなら、ぶつかっても軟らかいし、角にあたってもケガをすることもないだろう。
 それ以外、思い当たらなかったのである。
 時たま、重いダンボールが動いた痕跡はあったものの、しばらくすると、部屋は荒らされることがなくなった。
 砦の役割を果たしたダンボールは、今も、鎮座ましましている。

 最近は、被害がなくなったというより、こちらの部屋そのものの存在が、記憶の中から消えてしまったようでもある。
 日曜日にも、こちらの部屋にやってこなくなった。
 だから、
「お帰り」
なのだろう。
  
 完全に、記憶から消え去ったのでもない。
 夕飯を食べずに寝てしまって、お腹がすいたであろう時などは、真夜中に部屋の前を行ったり来たりしている。
 居間に、準備した軽食はなくなっているのにである。
 軽食は軽食、食事とは認められていないようだ。

 耳が遠くなっても、都合のよい話しは、聞き取るといわれる。
 イヤミの意味合いも含まれている言い方であろうが、そうではないのだと思う。
 つまらないことは聞き流し、必要なものだけを選択しているのだ。
 今や、在宅しているかどうかは、意味がなくなったようだ。
 食事が、ちゃんと用意されれば良いのである。
 長い人生を十二分に経験し、酸いも甘いもかみ分ける""が、その域に達したのだと思う。

 コタツを入れ、前掛けをかけて、食事を待っている。
 いつもの一日が、はじまった。
 今日は、さわやかな日になりそうだ。
 
 

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いつもの診療の帰省(2)

 
 まず、メンタルの診療である。
 いつもの問診がはじまり、滞りなく終りに向かおうとしていた。
 突然、
「テレビで、"老人会"に来るように言っていた」
と言い出す。
 医師も、唖然とした。
 そこは専門が精神科である。
 同じような、というより、もっと進んだ患者も日常的に診ている仕事である。
 すぐに、立ち直った。
「いつ、言っていたのですか」
「さっき」
「今日は、朝早くから、車で帰ってきたのでは?」
「テレビで、婦長さんが、"来てね"と言っていた」
「いつですか」
「さっき」

 何となく想像はできる。
 メンタルケアの待合室は、専用の場所が設けられている。
 いつも座っている席に、先客がいた。
 テレビの前の席が空いていたので、そこで待っていた。
 大型テレビが間近にあり、否応なく、テレビを見るしかない席だ。
 その時、中年女性のレポーターが、何やら解説していた。
 そのレーポーターが、"婦長"といっている人と似ていたかどうかとは関係なく、両方の記憶が混じり合った結果なのだろう。

「テレビで言っていた」
など、あり得ないことを口にするのは、時たまある。
 別に、珍しいことではない。
 担当替えになった今の医師にも、伝えているはずである。
 10数分の診療だし、高齢化のこの世の中、患者も多くて、一人ひとりを覚えていないのも、やむを得ないのだろう。

 最後に、今後はどのようになっていくのかを聞いた。
「わからない」
との返事である。
「人それぞれ、様々な症状が現れます」
 3回目の診療であるが、一言足らない医師である。
 
 老け顔の若い医師は、意外と"気がいいヤツ"であったことを思い出した。
 少し"軟らかめ"に聞いてみると、重い口を開いて語りはじめた。
 運が良ければ、何もしなくなるそうである。
 不思議な言い方である。
 今でも何もしていないと伝えると、そうではなくて、大好きな"老人会"にも行かなくなるとのことだそうだ。
 すべてに、興味を失うそうだ。

 困るのは、逆に、いろいろなことを、仕出すことだと言う。
 タンスから衣服をすべて出して、散らかす。
 引き出しのものも、同じようにする。
 家の中にあるものすべてが、対象になってくる。
 すでに、タンスの中身を散らかす件は、すでに2年前に起きている。
 まっ、成るように成る、と腹をくくる。

 次いで、主治医の医院に向かう。
 いつもの、雑談に入る。
 "患者"を差し置いて、お互いの昔話に、しばらく花が咲く。
 看護師の"ひと言"が割って入り、やっと診察に入る。
 前回の血液検査の結果は、予想通りだった。
 血圧を除いては、どこも"異常なし"だ。
 その血圧も、改善されているとのことである。

 取り合えず、予定の大半は終わった、
 ただ1点、目的が果たせなかったことがある。
 庭で咲き誇っているツツジの花を、見ることが出来なかったのだ。
 だいぶ膨らんでいて、花弁の色はのぞかせているものの、まだツボミであった。
 申し訳なさそうに小柄なツツジが、うな垂れているように見えた。
 精一杯努力したのだけれど、間に合わなかったと。
 
 

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いつもの診療帰省

 
 診療のための"帰省の日"がやってきた。 
 前回と同じ時刻であるが、明るい。
 1か月の間に、確実に日の出が早くなっている。
 は休むことなく、巡っているようだ。
 前回は、白々と夜が明ける中での出発であった。
 今日は、霧雨のような雨が降っているにもかかわらず、明るい。

 エレベーターの中で、
「まだ入院させないから、心配しなくても良いよ」
と伝えておいた。
 前回、
  "病院へ行く"イコール"入院させられる"
と勘違いしたようで、診療が終わるまで落ち込んでいたからである。
 一転して、ルンルン気分で車に乗り込む。
 すでに、診療のことは忘れ、心は"ドライブの日"に変わっている。

 自動車道に入るころ、霧雨から小雨に変わった。
 走っている車は、不思議なほど少ない。
 先週は、ゴールデンウイークであった。
 今週は、"お父さんたち"の骨休みの日のためなのか、悪評高いガソリン税値上げによる節約のためなのか、とにかくガラガラである。
 いつもの、行楽に向かう乗用車は姿を消し、トラックだけが、やけに目につく。

 隣では、"カーナビ麗人"との会話が、続いている。
 カーナビが発する合成音を、実在している女性だと信じて疑っていない。
「まもなく、左手から、車が合流します。ご注意ください」
「左、左」 ~ ~ 「左、左」
「5キロ先を、直進方向です」
「直進、直進」 ~ ~ 「直進、直進」
「まもなく、パーキングからの合流があります」
「合流、合流」 ~ ~ 「合流、合流」
・・・・・・・ ~ ~ ・・・・・・・。

 自動車道なので、カーナビの案内は少ない。
 時折りの"カーナビ麗人"からのお知らせがあると、待っていたかのような対応を、2、3分続けている。
 限られた会話を、長く楽しむ方法を見つけたようだ。
 若く、気立ても良い娘であると、今でも確信している。
 楽しそうである。
 それらの会話の間に、看板の字を読む作業が加わる。
 結構、忙しそうだ。

 時たま、花が咲いている。
「サクラが、満開だねー」
「あのサクラは、きれいだねー」

 樹木に、白からピンク系の花が咲いていれば、この季節はすべてサクラで片付けられる。
 何気なく聞いていたが、面白いことに気づいた。
 人里に咲く大きな樹木の花は、ほとんどが淡紅色だ。
 この歳になっても、まだまだ親から教えられることがあるようだ。

 遠くに見える田舎の方角の空が、明るくなっている。
 いつしか小雨もやみ、曇りに変わる。
 その曇りも、徐々に、明るい曇りに変わる。
 遠くは多少ぼんやりしているが、見晴らしは悪くない。
 今回も、順調過ぎるほど早く田舎に近づいている。
 ちょっと一般道のドライブも楽しむことにした。

 2点を除いて、心地よいドライブが続いた。
 途中で、3回のオムツを替えなければならなかった。
 もう一点は、生まれ育った古里の湖を見て、
「大きな湖だね」
「こんな大きな湖は、はじめて見
た」
と、言い出したのである。

 しばらくして、表示板が出てきて、思い出したのが救いである。
 季節が止まることなく進むように、こちらの夢の世界への引っ越しも、着実に進めているようだ。
 
 

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一人ぼっちの帰省(2)

 最後の峠に到る。
 木々の芽生えは、まだ始まっていない。
 晩秋のようにも見えるが、何かが違う。
 枯葉、そう、落ち葉がない。
 木枯らしに、吹き飛ばされてしまったのか。
 それとも、雪によって押し固められ、次の世代を作る土壌に代わろうとしているのか、とにかく落ち葉がないのである。
 やはり、落ち葉が散乱している晩秋とは、雰囲気が異なっている。

 下りに入る
 道路の境には、ガードレールなど設置されていない。
 その先は、1メートルほど下に"せせらぎ"があったり、下が見えないほどの絶壁だったり、が続く。
 でも、この辺で事故が起きたとは、聞いたことがない。

 過保護にすればするほど、子は弱く育つ。
 道路もそうだ。
 ある町で、センターラインを消したら、事故が減ったそうだ。
 行き交う車が、スピードを落とすようになったからだ。
 危険なら、注意する。
 だから、事故は起きないのだろう。
 そんな事を考えていたら、周りは一気に""にかわっていた。
 冬は、跡形もなく、消え去っていた。

 突然、1羽のチョウが、フロントガラスを横切る。
 まぶしいほどの残雪に出会ってきた今の心境としては、白いチョウと言いたいが、黄色いチョウであった。
 チョウが舞えば、早春ではなく、間違いなく"春の真っただ中"である。
 ちょっとの間に、また季節が進んだ。

 チョウを研究して著名になった高校時代の先輩によると、""と数えるのだそうである。
 でも、""でもなければ、やはり""がピッタリだと思う。

 段々畑、次いで人家が現れてきた。
 里に着いた。
 "せせらぎ"から、""にかわる。
 探し求めた風景に出合えた。
 満開のサクラが、突然あらわれる。
 ずらりと両岸に並び、"わが世"と言わんばかりに咲いている。
 植えられてから、10年ほどの若い桜であろう。
 時の重厚さを備えた老いた桜も好きだが、若い桜も、生き生きとして素敵だ。
 綿菓子のような花に包まれた枝が、上へ上へと伸びている。
 明日への期待に、夢ふくらませているようだ。
 そこに、いろどり豊かに泳いでいる"鯉のぼり"が重なる。
 両者の風情は、とても良く似会う。
 しばし、車を止めた。

 無性に、この景色を見せてあげたくなった。
 今の母では、意外と淡々としたもののような気もする。
 来週は、診療のために、再度帰省する。
 庭のツツジも、チラホラと咲き始める時期である。
 こちらの""は、思い出がいっぱい詰まった景色である。
 何がしかの感動はする、と期待したい。
 久しぶりに、"主人"との再会を祝うように、精一杯、咲いてくれると思うから。
 
 

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一人ぼっちの帰省

 
 用事が済んだ。
 帰路の途に就く。
 急ぐ旅でもなく、時間も十分ある。
 この連休の間、野暮用のため、田舎へ行ったり来たりしている。
 母を預けての一人旅は、始めてではないにしろ、数年ぶりである。
 トイレの心配が、まったくない気楽旅でもある。

 連休終りの2日前だから、渋滞する心配もなかろう。
 少し遠回りをすることにした。
 田舎の桜は、すでに散っており、どうしても満開の桜にも出会いたかったからである。
 めったに車の通らない山道のルートを選んだ。
 冬期の閉鎖は、解かれたと聞いている。
 最悪の場合はUターンしても良いほど,時間的にも余裕がある。
 久しぶりのルートというより、今の住まいに母を呼んでからは、初めてである。
 帰省に使う道ではないが、父の好きだった田舎でのドライブ・ルートの一つである。
 最後のその時にも行きたがっていたが、すでにドライブに連れて行ける状態ではなかったのを、思い出したからでもある。

 田舎の道は、気持ちが良い。
 市街地を除けば、快調に走れる。
 集落地近くで、お年寄りの超安全運転をしている軽自動車に出会えば、しばしスローダウンして、昔の"たたずまい"を、のんびり鑑賞もできる。
 山間部に入れば、カーブを曲がるたびに新たな風景とも出会える。
 時たま、何の鳥か分からないが、さえずりも聞こえてくる。
 何といっても、空気がうまい。

 本道から分かれて、野道に入る。
 毎年、田舎へ通じる道路は良くなっている。
 かつての細い道が消え去り、調和しないほど立派な道路に変貌している場所も、多々見受けられる。
 難所であった峠には、いつの間にか、トンネルができている。 
 極めて走りやすいのではあるが、懐かしい眺めも、いっしょに消えてしまった気がする。
 
 野道から山道に入る。
 上りが続く。
 所どころに、"黒い雪"が残っているのが見えはじめた。
 土ぼこりにおおわれていて、よく見ないとわからない。
 ただ、残雪から水分が供給され続けているのか、周りの土よりは、明らかに黒々としている。
 やがて、それらも白い顔をした雪と入れ替わってくる。

 大きなカーブを回る。
 正面に見える山の斜面に、真白い雪が一面に残っている。
 近づくにつれ、雪一色の山が覆いかぶさってくるように感じる。
 雪が、まぶしい。
 その中に、ピンク色に染まった桜の花が現れた。
 里桜のような淡紅白色ではなく、薄い紫がかった紅色の花である。
 周りの木々には、緑の芽生えは見えず、冬木のままである。
 その"晩冬"の中で、健気に咲いている。
 おそらく、その斜面は、陽のあたらない日かげなのだろう。
 所どころに配置されたサクラ色と相まって、白い雪が、白い桜の花のように見える。
 白とピンクの花が、競演しているかのようだ。
 
 道路わきには、所どころに雪は見えるものの、残雪はしょせん残雪である。
 道路上には、その欠けらも見当たらない。
 こちらの木々には、葉が芽生えている。
 あちこちに、そのまま残されている"凍結注意のカンバン"も、戸惑っているように見える。
 でも、違和感がないほど、季節が入り混じっているのも事実だ。
 車のパネルには、外気温が20℃だと表示している。

 "春の中の冬"の側から、"冬の中の春"を見る。
 とても不思議な、四季折々の景観である。
 どちらが主役なのかは、問うまい。

 この素適な風景を見せてあげたいと思っていると、懐かしさと相まって、昔の空間が蘇ったような気がした。
 助手席に座って、ご満悦の父。
 後ろの座席から身を乗り出すように、
「きれいだねー」
と、元気だった当時の母。
 あり得ないことと、心の中に"苦笑い"が沸きあがった。
 
 

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ツツジは、ツツジ(4)

 
 不思議なことに、庭にあるこれらのものが、昔からまったく変わっていないのである。
 石は当然としても、すべての大きさが、昔のままなのだ。
 いつも、不思議だと思っている。
 ここだけは、なぜか時間が止まっているのである。
 
 半世紀の間には、空いている場所に家族それぞれ思いつくまま、いろいろ植えてきた。
 ハレの日の記念などには、記念植樹もした。
 遠足で採ってきたものも、植えた。
 親戚、知人らによって、珍しいものだといって持ち込まれた木々も、植えられた。
 ほかで見て、美しいがゆえに、拝み倒してもらい受けた木々も持ち込まれた。
 田舎を後にしたとき、記念に植えもした。

 八重桜が欲しいと、しつこく確認して購入した桜は、育ってみると普通の桜だったため、4、5年もたたない内に大きくなりすぎ、切らざるを得なかった。
 普通のサクラの品種は、小さな庭には植えるものではない。
 イチョウの木も、同じ運命をたどった。
 覚えられないほどの種類の木々が植えられたのだが、昔からの"住人"遠慮したのか、育たなかった。
 その時々の時代に流行った草花も、一番目立つ所に植えられもしたが、"住人"にはなり得なかった。

 よく見てみると、今あるのは昔のままの種類である。
 半世紀もの時が流れているにもかかわらずである。
 不思議と大きさが、まったく変わっていないのだ。
 南天、寒ツバキ、梨の木、1本になってしまった松と梅の木、昔のままの大きさなのだ。
 当然、ツツジも昔のままの大きさである。
 剪定をしたからなのでもない。

「きれいですね」
「めずらしい色をしていますね」
といわれれば、小枝を切り取り、差し上げげる。
 ツバキは、差し木で難なく育つ。
 いしつか、欠けた部分だけは、蘇生している
 全体像は、なぜか変わらないのである。

「周りに松などによって日陰になっているからだ」
と、言う人もいた。
「栄養が足らないのでは」
との助言もあった。
 昔からの"住人"は、足元をコンクリートで固められた松の木2本と、台風でなぎ倒された梅の木1本を除いて、枯れたりして姿を消すこともなかった。
 ただ大きさが、変わらないのである。
 毎年の季節には、何ごともなかったかのように、元気な姿を見せ続けている。

 眺めている"こちら側"は、ずいぶん変わった。
 父も、川の向う岸に、出かけた。

 母には、今年の早春、曾孫もできた。
 息子も、還暦を迎える。
 身体の具合は年相応としても、"気持ち"の一部は、父のもとに出かけているようだ。

 もうすぐ、ツツジの舞台が開宴する時期である。
 きっと、昔と変わらず、歓迎してくれるだろう。
 "何事も無かった"かのように。
 
 

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ツツジは、ツツジ(3)

 
 庭の中央には、大小さまざまな庭石が、配置されている。
 高価なものは、ひとつもない、と思う。
 その石に寄りそうように、ツツジが植えられている。
 無機質な石と対峙するものは、ツツジだけである。
 面積的には、中央の主要部分の大半を独占している。
 それにもかかわらず、早春、盛夏、秋、冬期と、四季折々の大半は目立つことはない。
 とても控えめな性分、なのである。

 南から初夏の声が聞こえてくるころ、田舎では、梅雨の真っ盛りを迎える。
 それまで控えめだったツツジが、豹変する。
 主役として、躍り出るのである。

 まず、紫色のツボミがふくらみ、時の訪れを告げる。
 翌日から次々と、控えめに開花をはじめる。
 それに呼応して、舞台が開演する。
 真っ白の花びらの真ん中に、赤みのある花も咲き始める。
 数日おいて、前の演技の終わるのを待つかのように、燃えるようなオレンジ色が花開く。

 もはや、だれにも止められない。
 待ちに待った淡いピンク、透明な紅色、濃厚なピンクの花などが、いっせいに咲き乱れる。
 それらに加えて、花びらに斑紋が混じっているものも現れる。
 この季節に待ち合わせたかのように、いろいろな顔ぶれがそろう。
 同じ色のツツジはない。
 各々が、個性を発揮する。
 
 梅雨のシトシトと降り続く中に、ツツジは良く似合う。
 雨に濡れた花びらは、子ども心にも美しかった。
 どこからか湧き出たように、小さなアマガエルが合唱を始める。
 アマガエルの季節でもある。
 これも、ツツジに良く似合う。

 昔あった向いの大きな家には、入口近くに、アジサイがいっぱい植えてあった。
 梅雨には、アジサイも似会う。
 大きな"手まり"のような花は、それ自身で色が七変化する。
 それはそれで美しかったが、次から次へと華麗な装飾をほどこすツツジの群れには、かなわなかった気がする。
 アジサイには、カタツムリが似合う。
 しかし、演奏を奏でることはできない。
 幼きころ、長雨がつづくと小さな棒で、カタツムリの角をつついて遊んだものである。
 その隣の家にもアジサイがあり、お互いに競い合っていた。

 向いの大きな家は、すでに庭も含めて取り壊されている。
 昔の面影が微塵も残っていない跡地には、5、6軒の新しい家が立ち並び、見知らぬ住人と入れ替わっている。
 その隣の家には、一年中、一緒に遊んでいた竹馬の友がいたが、こちらも数年前、亡くなってしまった。
 両家の奥さんたちと、常日ごろ親しかった母も、今や思い出すら語ることもない。
 
 

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