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2008年7月

2次元の世界に生きる

 
 朝食の準備をしていると、居間の方で激しい動きを感じた。
 気になって、振り返る。
 いつもなら、前掛けをして食事をする恰好で、じっと待っているのだが、今日は身体を左右に揺らしている。
 それも、突然、激しく揺らす。
 座っている位置が、いつもと変わっているのではない。

 理由は、すぐに分かった。
 テレビの映像を見て、反応していたのである。
 集中豪雨のため、西の地方で、かなりの被害が出ているようだ。
 川で遊んでいた人たちが、急に増水した濁流に飲み込まれた。
 繰り返し、その映像を流している。
 いつもと変わらぬ河川敷の風景が、10分足らずで濁流と化す。
 温暖化のためとか、コンクリート化したため水が浸み込まないとか、山林の手入れ不足で水が一気に川に流れ込むからなど、専門家らしい人たちが、レポーターに答えて解説している。
 行方不明者もいるようだ。
 元気な姿で、早く見つかってほしいものである、

 映像の時間を縮めているようで、一気に増水するシーンは、なかなか迫力がある。
 その濁流が、自分に向かって襲ってくると勘違いしているようで、逃げようとして身をよじっているのである。
 また同じ映像が、流れた。
 両手をついて、逃れるようなそぶりを見せる。
 まるで猫が、転がっている手まりを追っているような姿勢だ。
 そんなに大きい画面でもなく、2次元で立体感のない映像なのに、反応している。

 やっと、他のニュースに切り替わった。
 いつもの人形のように、動かなくなった。

 田舎には、観光客を目当てにした3Dシアターがある。
 ずいぶん前であるが、開業したばかりの時に連れて行った。
 大いに驚いていたが、当時は仮想の世界との識別は、当然、ハッキリしていた。
 怖かったという言葉の割には、楽しそうな声だったし、瞳はキラキラと輝いていた。
 よく女性の方が、勇気があるといわれる。
 カップルが歩いていると、ヘビが出てきた。
 女性は「キャー」といい、男に縋りつく。
 男性は、ヘビを追い払う。
 女性が1人だったら追いかけるが、男性は避けて通るという。
 昔から伝わる田舎の言い伝えであるので、現代に通用するかは分からない。

 いま3次元の映像を見たら、どのような反応を示すだろうか。
 楽しむだろうか。
 前のように、興味津々の目をするだろうか。
 次回の帰省の際にでも、久しぶりに寄ってみようかと思ったが、すぐにやめた。
 昔の映像をそのまま流しているとは思わないが、原始人がこちらに向かって矢を放ったり、火山が噴火して岩石が飛んでくるなど。ドキッとするシーンがあったと記憶している。
 現実と夢が時おり一体になってしまった現在、驚いて心臓でも止まったら困まると思った。

 やはり、見る映像は、楽しく美しい映像に限る。
 
 

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今日は"都会"の夏祭り

 
 今日も、暑そうだ。
 調味料が切れたので、太陽が真上に来る前に、買い物に出かけることにした。
 スーパーは団地内にあるから、すぐ近くである。
 欲しいものがあるかと聞くと、
「アイスクリームが欲しい」
という。
 寝ないで待っているようにいうと、
「待っている」
と、元気な答えが返ってくる。
 大好きなアイスクリームは、しまっておいても全て食べてしまうので、買い置きをしない品目に入っている。

 暑さを感じるものの、まだムッとする暑さにはなっていない。
 公園内にある子ども用の野球場に、夏祭りの舞台が組み立てられている。
 今日が夏祭り当日だとは、すっかり忘れていた。
 通路には、様々な出店も組み立てを行っており、材料を運び込む人たちで賑わっている。
 懐かしい金魚すくいヨーヨーつりに混じって、スパーボールすくいや、亀つりおもちゃ釣りの看板まで見える。
 輪投げはあるが、射的は見当たらない。
 大道芸で客寄せをする人は、最近少なくなったようだ。
 一人前になるまでの修行が、大変なのだろうか。

 やはり多いのは、食べもの店である。
 こちらも懐かしい綿菓子りんご飴氷水焼きそばたこ焼きに混じって、フランクフルトソーセージチョコバナナなどの店が、連なっている。
 焼き鳥の字も目に付くが、いっしょにコップ酒も置いてあるので、お父さんたちを狙っているのだろう。

 ほどなく、帰宅する。
 居間には、だれもいない。
 テレビの画面も、消えている。
 あれほど、
「待っているよ」
と言っていたのにである。

「なぜ、起きていなかったのか」
と詰問するのは、可愛そうである。
 ちょっと、一人芝居をすることにした。
 玄関に戻り、ドアを強めに開け閉めする。
 咳払いを、何度も繰り返す。
 ふすまが開く音して、テレビの音も再開した。
 1、2分の間をおいて、スリッパの足音高らかに、ゆっくりと居間に向かう。

「寝ていなかった?」
「寝てないよ、起きていた」
「テレビの音が、していなかったようだったけれど」
「ずーと見ていたよ」
 起きていると約束したことは、覚えていたようだ。
 記憶の一部は、機能しているようで、一安心である。

 夏祭りに誘ってみたが、返事はない。
 エレベーターで降りるだけなのだが、率先して行こうとはしない。
 知り合いと出会うことのない祭りは、つまらないのであろうか。
 町内会から渡された抽せん券、何かの食べ物の無料券やイベントへの参加証は、今年も使われずに終わるようだ。
 盆踊りの始まるころ、もう一度、声をかけてみよう。
「行かないよ」
と断られても、盆踊りの舞台をベランダから見下ろしながらの"わが家だけの夏祭り"は、今宵、開催される予定である。
 
 

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十二単でも暑くない

 
 朝、声をかける。
 返事がない。
 いつものことであるから、再び声をかける。
 4度目で、ゴソゴソ動き出す音が聞こえる。
 でも、返事は返ってこない。
 眠たそうな顔で、出てくる。
 昨夜は、"おとなしい活動"ではあったが、熱帯夜の中での"活動"だから、疲れたのだろう。
 黙ったまま流しに近づき、湯呑に水を入れ、戻る。
 食卓の前に座ると同時に、一気に飲み干す。
 飲み終えると、前掛けをして、食事をする時の姿で待っている。
 この間、沈黙のままである。
 暑さのためか、疲れているようだ。

 食事の準備が出来上がる。
 いつもと変わらないメニュー。
 いつもと変わらない食事風景が、始まる予定であった。
 上半身が、異常に太い。
 半袖のパジャマの胸元から、何重にも重なった下着が見える。
 なぜ、そんなに下着を着ているのかを聞く。
 返事は、かえってこない。
「暑くないの」
「暑い」
 脱ぐように、促す。

 半袖ではあるが、7枚も重ね着していた。
 タンスとは別のケースに、日常の下着を入れてある。
 それらすべてを、身にまとったようだ。
 熱帯夜に、締め切った部屋で、ダルマのように重ね着をする。
 まるで、我慢大会をしているようなものだ。
 単なる"夜の活動"で、疲れただけではなかった。
 起きがけに、水を一気に飲むはずである。

 お年寄りが熱中症で亡くなったと、よく報道されている。
 最近は、よく聞く。
 どのような状態だったのか、までは報道されない。
 単なる体力が落ちているから、水分を取らなかったから、だけではない原因がありそうだ。

 つい最近まで、うっかり目を離すと、股引をはいて寝ていた。
 パジャマの下に、もう1枚のパジャマ、さらに長袖の下着と股引2枚など、日常茶飯事であった。
 デイサービスから帰って洗濯をする際に、着替えの下着のほかに、それらが混じっていることに気付く。
 注意してみていても、見た目では重ね着をしていることが、分からないものである。
「寒いから」
といっていたので、つい最近まで冬物も出しておいた。
 年寄りは、寒さに弱いものとの思い込みもあった。
 7月に入り、半袖のパジャマに交換する際に、すべての"長もの"は姿を隠した。
 
 ひとつひとつ、母の部屋から調度品が消えていく。
 あたかも、記憶がポツリポツリと消えていくように。

 朝食に入る。
 乾いた細胞には、充分な水が補給されたようで、至って涼しそうな顔をしている。
 昨夜の夕食を、なぜ食べ残したのか聞いてみた。
「食べ残していないよ」
「全部食べた。美味しかった」

 まつたく屈託がない。
 脳の細胞には、水の補給がなかったようである。
 
 

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今日の充電は早い?

 
 もうすぐ、帰宅。
 起きて待たなくなってから、もう久しい。
 初めのころは寂しい気持も多少あったが、最近は気兼ねすることもなくなるので、逆に気楽である。
 見上げると、やはり灯りはついていない。

 朝とは違い、他の住人と乗り合わせることもなく、一人でエレベーターに乗り込む。
 エレベーター内のムットする暑さが、動きはじめると和らぐ。
 空気が自然に入れ替わるのか、ファンが回りだすように設計されているのか定かではないが、涼しい風が小さい空間に入り込んでくる。

 ドアを開ける。
 真っ暗やみの中から、生暖かい風が頬を撫でる。
 ドアチェーンを掛け、ドアストッパーで半開きにして、居間に向かう。
 14階だから、開けておいても良さそうだが、どんなに暑くても、一人の時は閉め切ってしまう。
 暑いから開けておくように何度いっても、
「うん、うん」
と返事は良いが、開いていたためしはない。
 昔の人だから、クーラーには弱い。

 すでに、夜の10時をまわっている。
 寝ているのを起こさないように、物音をたてず常夜灯だけを点け、ベランダのガラス戸を全開する。
 海の方角からの風が、髪を震わせ、走り抜ける。
 一気に、汗が引く。

 シャワーを浴び、そのまま自室に入ろうとしたが、いつもと違う光景が、頭の中に浮かぶ。
 居間に行き食卓の上を見てみると、案の定、夕食が食べかけのまま、半分以上も残っている。
 暑さに食欲がなかったのか、楽しい"老人会"で疲れ睡魔に襲われたのか、いずれにしても、ほとんどが食べ残してある。
 お菓子の棚を見た。
 こちらは、正常である。
 きれいに、片付けられていた。
 
 介護サービスから帰ってすぐに、寝たとすれば、お菓子を食べれば、さすがに夕食は食べられなかったのであろう。
 "体力"の方が、心配になった。
 "体力"といっても、食事をしなかったから、体力的に衰えるのを心配したのではない。
 すぐに寝たとすれば、すでに活動のための"体力"の充電は、9割がた終わっているだろう。
 あと2、3時間もすると、"活動"が始まる時刻である。

 今宵は、久方ぶりの活発な活動があると覚悟を決めた。
 寝たきりになるよりは、よっぽどましである。
 食事を残したため、チョツトはエネルギー不足になることを、祈った。
 
 

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久しぶりにカラスを見た

 
 駐車場に向かう。
 ゴミ集積所の扉の前に、カラスが2羽いる。
 住んでいる建物には、各階にダストシュートがあり、ゴミは表に出ない仕組みになっている。
 建物の中に収納されていても、匂いは漂っているのだろう。
 改めて見ると、意外とでかい。
 くちばしが異様に太いので、ハシブトカラスであろう。
  
 ハトは数多くみられるが、声は忘れたころに聞こえるものの、カラスの姿はあまり見かけない。
 テレビでは、ゴミ袋をついばんで辺りにまき散らしたり、人を襲ったりする映像を流しているが、この地区では起きていない。
 ゴミそのものが、表に出ていないからである。

 禁止されているのだが、時おりハトには、エサをやっている人を見かける。
 カラスにやる奇特な人は、見かけない。
 だから、ねぐらに帰る通りすがりの声はすれども、姿は見えないのだと思っていた。
 それが、2羽見かけた。
 今までのエサ場では、ゴミの管理が行き届くようになったため、エサにあり付けなくなったのだろうか。
 それとも、最近の物価上昇により生ゴミの量が減ったため、新たなエサ場を探しに来たのだろうか。

 最近は資源の高騰により、持ち去るものが多いと聞く。
 昨日のテレビで、資源ゴミを持ち去った者に、最高裁で有罪判決が確定したと報じていた。
 燃えないゴミも、暗証番号によって閉められている。
 ずいぶん昔からで、盗難の防止ではなく、放火を防ぐために、閉めたと記憶している。
 そちらの方にも、カラスは入れないはずだ。

 こちらが、まだ体力があると見たのか、近寄ると逃げる。
 子どもの頃のカラスは、こんなに大きくなかったと思う。
 鳴き声は、田舎の方が、間違いなく澄んだ声をしている。
 「カー、カー」に対して、都会の声は「ガー、ガー」から「ギャー、ギャー」と濁っている。
 まっ、似たようなものだろうが、都会のカラスは憎たらしい。
 田舎のカラスは、少しは可愛いと思う。
 人を襲ったなど、聞いたことはない。
 童謡の"夕焼小焼"、"七つの子"に出てくるカラスは、田舎のカラスが、やはり似合う。
 漢字も、"烏"より"鴉"が良く似合う。

 春から今ごろが、子育ての時期だったと記憶している。
 一夫一妻制で、お互いに協力して子育てを行う。
 針金ハンガーなどを持ち込んで、電柱に巣を作り、しばしばショートの原因となっているそうである。
 繁殖期が終わると、大規模な群れを作る。
 鳴き声でお互い連絡し合い、仲間が窮地に陥ると、他のカラスが助けに入るという。

 鳥類の中では、知能が最も発達しているとされる。
 車の通る道路でクルミを割らせたり、鉄道のレール上に石を置いて困らせたりすると聞く。
 人間の個体を見分けて、記憶する能力があるとのことである。
 危害を加えた人間を識別し、復讐することもあるという。

 子どもの頃、「カラスが異常に鳴くと、人が死ぬ」と、年寄りたちは信じていたようである。
 悪友とは、陰で「アホー、アホー」と笑っていた。

 昔々、白かったカラスは、フクロウの染物屋に、他の鳥のような奇麗な模様に染めてもらうように頼んだ。
 様々な模様に染めていったが、なかなかカラスは気に入らない。
 何度も色を重ねていくうちに、ついに真黒になってしまった。
 怒ったカラスは、今でも「ガアガア」と文句を言っており、恐れをなしたフクロウは、夜にしか出れなくなったという。

 その話を聞かせてくれた母は、カラスが近くにいても、興味すら示さなかった。
 怖がる様子もなく、突き進む。
 "怖いものなし"の雄姿である。
 カラスの方が恐れをなし、道を譲る。

 大好きだった入浴も"カラスの行水"になったし、すべてのことが"闇夜にカラス"になっている。
 
 

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初夏の診療帰省(5)

 
 主治医に向かう。
 メンタルケアの大病院と違い、一人の医師だけで開業している。
 歴代の主治医である。
 父が存命していた頃には、先代がやっていた。
 亡くなると、間もなく引退し、その息子が跡を継いでいる。

 診察券を提示する仕組みのようだが、こちらは診察券などもらったことはない。
 受付の子も顔見知りであるが、一応、名前を書く。
 待合室は、意外と混んでいる。
 しかし、あと3人目だという
 診察が終わっても、帰らないのだ。
 お茶の出ない老人たちの集まりが、そこにはあった。

 家から、150メートルほどのところにある。
 昨年の初め頃までは、帰省しても、そのまま家に入った。
 "遊びがてら"に母一人で、医院に向かったものである。
 土曜日なら、ひと休みして、診療の時間が終わった頃に出かける。
 ほとんどが日曜日に、診療棟の隣りにある自宅に押し掛ける。
 それでも、嫌がらずに診てくれていた。
 今は、一人で行くことなど出来なくなっている。

 メンタルケアの病院とは違い、こちらの待合室は騒がしい。
 今は、建物も、その中の調度品も、都会と何ら変わらない。
 唯一、飛び交う会話の言葉使いが違うだけである。
 場所柄、話題はお互いの病気についてのようだ。
 方言の中、ホッとする。
 ここは、懐かしい田舎なのである。

 待合人の大半は、母とは顔見知りである。
 いつもと違う客が来たのは、すぐ分かる。
 マンネリ化した会話から、脱却する光明を見つけたように、知り合いが次々と声をかけてくる。
 新たな会話の"ネタ"を求めた割には、差しさわりのない会話が続き、まわりの人も輪に入り、相づちを打っている。
 人生の縮図の一部が、そこに垣間見える。

 見知らぬ人が寄ってきて、声をかけてきた。
「私、誰だか分かる」
「分からない」
 何の躊躇もなく、母は、明快に答える。
 正直といえば、正直そのものである。
 自分のことを証明しようと、住んでいる場所、家族の構成、実家について、こちらとのつながりなど、必死に説明している。
 少しずつ、思い当たることに到達したようだ。
 ギクシャクだが、会話が成り立ち始めた。
 19歳で田舎を出たこちらには、サッパリわからない。

 名前が呼ばれ、女性の看護師が寄ってくる。
 田舎の小さな医院には、やはり"看護婦"という言葉が似合う。
 事前に、血圧だけを測るのだそうだ。
 ほどなく、診察のため、声がかかった。
 前々回の血液検査では、まったく異常はなく健康そのものだった。
 診療よりも、雑談が大半を占める。
 ふと、老人の集まりと化した待合室のことを、聞いてみた。
 意外な答えが、返ってきた。
 診療の時に直接聞いても、短い時間だし、患者自身、うまく自分の症状を表現できない年代なのだそうである。
 雑談を聞いている方が、病名の的確な判断に役立つそうだ。
 だから、診療が終わっても、開業している時間は、いてもらっても何ら問題ないし、診療の一環だと言う。

 こちらよりも年は若く、子どもの頃も、たいした頭が良かったとは記憶していない。
 今では、なかなかの医師に育っているようだ。
 実務と環境が、医者をつくり上げたのだ。
 大したものである。
 ひょっとしたら、名医のような気がした。

 帰省の目的は、すべて終わった。
 
 

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初夏の診療帰省(4)

 
 病院に着く。
 今日も、順調すぎるほど、すいすいと着いた。
 家に寄らずに病院に直行したため、予約の小1時間前である。
 駐車場に車を止め、降りる様に促す。
 いやいやながら、車から降りる。
 おとなしい。

 診察券予約券を、指定のボックスに投げ込む。
 メンタルケアの待合室は、診療科目に気を使っているのか、受付の裏側の目立たない場所に設置されている。
 お互い無言で、待合室に向かう。
 予約の日であるから、混んではいない。
 それでも、7、8人ほどの待合人がいた。

 大半は、老いた女性である。
 各々に、これまた年配の女性が付き添っている。
 顔は似ていないから、嫁さんたちなのだろう。
 彼女らも、無言で待っている。
 静かである。
 時おり、静寂を打ち破るように、
「○○さん、○番の部屋にお入りください」
のアナウンスが流れる。
 呼ばれた付添い人は、ホッとした顔で、いそいそと立ち上がり、相手を促しながら、指定された部屋の中に消えてゆく。

 一人の若い看護婦が まわりの静寂さに戸惑いながら、早足で通り過ぎる。
 今は看護師と呼ぶのだそうだが、何となく馴染めない。
 "看護師"と"白衣の天使"とでは、やはり、結びつき難い。
 白衣も、本来の"白一色"ではなく、カラフルである。
 ここは"淡い青"で、こちらは良く似合う。
 白くなくとも、白衣というのだろうか。
 看護師だから、"制服"とでも呼ぶのだろうか。

 20歳そこそこの、若い女性が一人、片隅で待っている。
 精神を病んでいるようには、とても見えない。
 音楽を聴いているのでもなく、本を読んでいるのでもなく、ただ、じっと待っている。
 恋にでも破れて、心の傷を癒しに、ひと休みしているのだろうか。
 もしそうなら、次の楽しい出会いが、すぐにあって欲しいものだ。
 若い女性には、やはり"微笑み"の方が似合う。

 静寂を破って、3人組が入ってきた。
 50代後半と思われる夫婦が、はるかに背が高く、倍以上も太っている大柄な息子に付き添っている。
 こちらは、この診療科目に似合った患者である。
 彼らの会話だけが、響き渡る。
 腹が減って、食べ物が欲しいと言っているようだ。
 粗暴さはなさそうだが、両親でも抑え込むことはできまい。
 なぜか両親が、かわいそうになってきた。

 約50分ほど待たされて、呼ばれた。
 前の医師の時は、時間前でもすぐに診てくれたから、1時間前でも到着と同時に来たのであるが、結局、予約の時刻になっている。
 規則を厳守する、生真面目な医師のようだ。
 次回からは、予約ギリギリに来よう。
 1時間前には、決して来るまい。

 母の緊張を長くしないように。
 
 

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初夏の診療帰省(3)

 
 峠を越え、下りにさし掛かる頃、突然ドシャ降りの雨に出会う。
 先は見えないが、もう故郷は近い。
 道がどうなっているのかは承知しているので、不安はない。
 だが、雨脚は、ますますひどくなる。
 "バケツをひっくり返す"、という表現がぴったり当てはまるくらいの降り方で、激しくフロントガラスを打ちつける。
 ワイパーを最大にしても、視界の確保が難しくなった。 
 すでに平地に出ており、人里も近くになっている。
 人との遭遇の危険もある。
 空地を見つけて車を止め、しばし様子を見ることにした。
 豪雨注意報の予報が、みごとに的中した。

「良く降るね」
「まるで、滝のようだね」

 濡れないで豪雨の中にいるのが、楽しそうである。
「稲の育ちが悪いね」
という。
 ワイパーが雨をかき分ける一瞬、田んぼの稲が見える。
 確かに、まだ小さい。
 水面を覆うほどまでに育っておらず、まばらな感じがする。
 いま住んでいるところより、田舎はずいぶん北にある。
 いよいよ猛暑を迎え、これから育つことを忘れている。
 季節的な感覚は、都会人になったようだ。
 しばし、雨の話題で、時を過ごす。

 一気の降雨で水を使い果たしたのか、ほどなく治まった。
 再出発である。
 エンジンも、満を持したように、快い音を奏でる。
 木々にまとわり付いたホコリが流され、緑も色鮮やかだ。

 人里が、ポツリポツリと現れる。
 "さくらんぼ"の看板が、やけに目立つ。
 この地域は、サクランボの名産地でなかったはずだ。

 田舎の農業も、大きな転換期を迎えている。
 国指導の政策は、とっくの昔に破たんしており、各地方で独自に新たな将来を切り開いている。
 米は、消費者や販売店に直接届けることで、大きく成長しているし、野菜作りも、栽培する品種を増やし、年間を通して提供できる体制ができている。
 ある町では、果物の栽培に転換し、米の時代には考えられなかった収益を上げていると聞く。
 豆腐ひとつで、村おこしが成功した集落もある。
 この辺も、"くだもので地域おこし"を図っているのだろう。

 サクランボの話題で、車中が盛り上がる。 
 家庭菜園を少し大きくした"小さな畑"がある。
 子供の頃、その片隅に1本のサクランボの大きな木があった。
 何の品種かは分からないが、本当に美味しかった。
 収穫が待ち遠しかったものだ。
 大型台風が通過した際になぎ倒され、手当てのかいもなく、枯れてしまった。
 全国を横断し、多大な被害を出した台風である。
 折れた木には、大量のアリが湧き出るように、覆いつくしていたことを覚えている。
 母が嫁いだ時には、すでにあったそうである。
 近所には、サクランボの木は、少なかった。
 ちょっと得意げだったことも思い出した。

 田舎の北隣の町は、今ではサクランボを名産にしている。
 生産者では、桜桃という。
 いまだに、この名称には馴染めない。

「サクランボは、サクランボ」
「桜桃といったら、桃」

 "さくらモモ"と呼んでいる母の回答は、明快である。
 とても歯切れが良い。
 すでに、母の大好きな桃の季節である。

 薄日が射してきた。
 
 

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初夏の診療帰省(2)

 
 霧が晴れた。
 曇り空は、続いている。
 遠くに見える山々の、その先の空は、やや明るくなっている。
 ラジオから流れている天気予報では、これから通過する地域に活発な梅雨前線がかかり、豪雨注意報が出ているといっていた。
 竜巻注意報なるものも出ていた。
 最近できた注意報である。
 科学の進歩には目を見張るものがあるが、岡山県に今月の4日に初めて発令されたが、幸いなことに、その時は竜巻は発生しなかったそうである。
 だんだん空が明るくなってくる。

 今回も順調すぎるほど、快調な走行をしている。
 充分すぎるほど、時間的には余裕がある。
 もう渋滞する心配はないから、時間は読める。
 昔話も飽きてきたのか、間隔も短くなり、読む看板もない。
 いつものように、手前で"つまらない高速道"をおり、一般道で峠越えをすることにした。

 朝もやの中に、櫛のように切り立った小高い山々が連なる。
 朝霧の一かたまりが、温かみを持った手のように、優しく山肌を撫でて登っていく。
 山と山の隙間から、輝く青空も、わずかの時間だけ顔を出す。
 明るめの墨絵のような風景の中を、だれにも邪魔されず、心地よく疾走する。
 タイヤが道路を叩く音だけが、かすかに聞こえるだけである。
 鳥のさえずりも、なぜか聞こえてこない。
 時々、ほんの一瞬であるが、一条の陽が射す。
 若芽の明るい緑には、太陽の日射しが良く似合う。

 遅めの朝食のため、お気に入りの場所に車を止める。
 小さなせせらぎに、名もない小さな滝が流れ込んでいる。
 岩に沿って水の流れの筋が、下に流れて行くにつれ、ホウキのように広がっている。
「きれいな滝だね」
「初めて見た」

 通常は、生れ育ち、青春を謳歌し、様々な経験を経て老いる。
 今の母は、朝に生まれて、夜に眠る。
 翌日の目覚めと同時に、新たに生まれる輪廻を繰り返している。
 だから、
「初めて見た」
は、確かに、"今日は初めて見た"、なのである。
 久しぶりの料理にも、
「初めて食べた」
「おいしかった」
「食べたことのない味だった」

であるし、久しぶりに会ったが忘れてしまった人には、
「初めてあった」
「どこの人?」

となる。
 一人で家にいる日には、何度も"輪廻"を繰り返しているようだ。
 このような勝手な"屁理屈"で、納得している。

 ポツリポツリと小粒の雨が降ってきた。
 明るい曇り空は変わってはいない。
 針葉樹の濃い暗緑色には、しとしと降る雨が良く似合う。
 
 

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初夏の診療帰省

 
「あっ、また咲いている」
「赤い花、きれいだね」
「今度は、ピンク色」

 自動車道の側面沿いには、様々な樹木が植えてある。
 手入れが大変なためなのか、害虫に弱いからか、日本古来の木々は、あまり見かけない。
 排気ガスなどの公害に強いことや、色の濃い花が咲く品種を選んでいるのではないかと推定するが、昔には無かった花々なので、外来種のようである。
 うっすらとした曇り空の中、遠くからでも一目で認識できるほど、鮮やかな花を、たくさん付けている。
 結構、いろいろな色の花がある。

 この1カ月の間に、また夜明けが早くなった。
 出発の時刻には、完全に夜が明けていた。
 ひと月単位で見ると、季節は大きく動いていることが、ひしひしと実感できる。
 1カ月は瞬く間に過ぎ去り、次に訪れた診療日のために、故郷に向かっている。
 到着するまでの数時間は、何の邪魔も入らない、ゆっくり話のできる貴重な数時間である。
 ちょっと席を外した一瞬に、寝室に消えてしまう心配もない。
 ここ数カ月、"ドライブの日"が消えてしまったため、唯一の時間にもなっている。

「白い花、きれいだね」
 上の方の葉が、白くなっている。
 緑以外の色は、すべて花と思っているようだ。
 葉が褐色に色づいている樹木も、
「いっぱいの花をつけているが、あまりきれいじゃないね」
となる。
 しばらく、道路沿いに開園している"花園"の鑑賞が続く。

 木々は、揺れていない。
 風がないのだ。
 こういう日には、途中にある霧の名所の出番のはずであるが、注意報は流れていないし、掲示板にも出ていない。

 名所の辺りに至ると、"ここは霧の名所である"とばかりに頑張って、薄い霧はかかっているが、いつもの迫力はない。
 時おり濃くなったりしての努力はしているが、先が隠れて見えなくなるほどには到らない。
 まったくの無風である。

 夏休みの前なので、控えているのか、極端に交通量が少ない。
 一瞬、貸し切りかと思えるほどの時もある。
 このような状況の時には、交通事故が多く発生する。

 花々が見えなくなったためか、"花園"は閉館した。
 助手席のおしゃべりの話題は、昔話に変わっている。
 内容がよく理解できない内容だし、霧の中の走行の方に注意を集中させているため、会話には適当な相槌を打つ。
 出発の時には、
「病院には、行かないよ」
と、大嫌いな病院へ行くことを、断固として拒否していたが、今はすっかり忘れているようだ。

 頭の中にも、霧が発生したようである。
 
 

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リズムが変わった

 
 最近のテレビで、面白いクイズ番組がある。
 静止映像の中の一部が徐々に変わっていき、どこが変わったのかを当てる番組である。
 風景の中の一軒の家が消えていったり、着ている服の模様が変わったりするのであるが、なかなか分からない。
 映像の加工技術にも感心するが、人間の脳も、意外といい加減なものだと再認識もする。
 隣で"眺めている"母などは、意味も分かろうはずもない。

 脳細胞が徐々に消失していても、一緒に暮らしていると、それらの変化には気付かないことの方が多い。
 しばらくの期間を経て、大きく変化してから驚く。
 子どもの成長と同じである。

「風呂が沸いたから、入ったら」
「今日、老人会で入ってきた」
 意外な答えが、かえってくる。
 デイサービスでの入浴は、一日おきの火曜、木曜、土曜である。
 今日は水曜日、入浴の日ではない。
 でも、「またか」との思いで、居間から出た。

 デイサービスの職員が綴る連絡帳に、
『本日、お漏らしがありましたので、入浴しました』
が書かれて、予定外の日にも入浴することが多くなっている。
 入浴は有料なので、事後承諾の意味合いもあるのだろう。
 入浴しない日でも着替えは手提げ袋に入れてあるので、突然の入浴でも大丈夫なのである。
 週により多かったり少なかったりはあるが、多い週は、毎日のように入浴している。
 初めのころは、連絡帳に必ず書いてあったが、最近は面倒なのか、いつものことと思い始めたのか、書いていないことが多くなった。
 「またか」と判断したのは、今日もそうだったのだろう、と何ら疑いもなく思ったからである。

 翌朝、出かける前に着替えの入れ替えをしようと手提げ袋を開けると、着替えてはいない。
 入浴すれば、汚れていようといまいとお構いなしに交換する。
 昨日は、予定通り入浴はしていなかったようだ。
 送り届ける際に、職員に聞いてみた。
 やはり、入浴していないとのことである。

 あれほど大好きな入浴も、記憶のかなたに消え去る日が、やってきたのか。
 "入っているのに入っていない"と言い張る方が良いか、"入っていないのに入った"と言い張る方のどちらかを選べといわれれば、前者を取る。
 どちらも困るが、入るのを嫌がるより、良いと思う。
 医師からは、やがて入浴しなくなると聞いている。
 今回のは、嫌がっているのではなく、単に忘れただけだろうと思う。
 でも、少しずつ、リズムが変化しているようだ。

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テレビは、つまらない

 
 一緒にテレビを見ていると、面白い。
 明らかに、楽しんでいるように見えない時があるのだ。
 その時でも、見ている様な仕草はしている。
 笑い顔も見せるが、画面に映っているのと連動していない。
 明らかに、内容を理解していないようだ。
 気遣いをしているのだろうか。
 そうでは、なさそうである。
 理解していないことを、気付かれまいとしているだけようだ。

 しばらくすると、バラエティー番組に移った。
 出演者が笑うと、それに合わせたように笑う。
 合成されているのか、たまに観客の声が挿入される。
 それにも合わせて、笑いを作っている。
 とても、テレビを楽しんでいるとは思えない。
 なぜなら、チラチラと時計を見る方が長いからである。

 ちょっと意地悪をしてみた。
 時計の方に目をやるのに合わせて、チャンネルを変えてみた。
 やはり、まったく気付かない。
 推察は、見事に当たっていたようである。
 テレビを見ていても、理解できなくなる時があるようだ。
 理解できなければ、見ていてもつまらないであろう。
 一人でいる時に、いつも寝ているわけである。

 最近のテレビには、字幕というほどのものではないが、時折、強調したいのか、補足するように文字が表示される。
 気分が朗らかな時には、それらの文字を、ひたすら読んでいる。
 固有名詞を除けば、たいがい正確に読んでいる。
 昔に記憶した知識は、今でも遜色なく保たれている。

 昨日、また震度5弱の地震が、北国で起こった。
 最近、地震が続いているが、田舎は大丈夫だったようである。
 番組と番組の間のニュースで、地震のことを伝えている。
 そのつど、
「また地震が起きたよ」
といっている。
 ニュースが流れるたびに、地震が起きたと思っているようだ。
「また地震が起きたよ」
「今日は、何回も起きているよ」
「かわいそうだね」
「大変だね」

 いたく心配している。
「地震は、"国"が動くのだから、しょうがない」
ともいっている。
 こちらは、表現がちょっと違うような気がする。
 問うほどの事でもないと思い、聞き流した。

 いつもと変わらない日曜日が、平凡で、かつ平和の内に過ぎようとしている。
 
 

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暑さの前に七夕がやってくる(2)

 
 翌日、介護センターの玄関に飾られていた笹竹が変わっていた。
 1メートル程だったものが、ずいぶん大きくなっている。
 天井にも届きそうな、高さがある。
 アジサイの作品展示をしている時に、この施設を利用している人は、ものすごく多いことを知った。
 おそらく、職員の方からの提言で、大きくなったのだと思う。
 前の笹竹の太さでは、全員の願い事など、とても支えきれなかっただろうと思う。

 次の日、短冊の形に切られた白い紙が、ちらほらと10枚ほどぶら下がっていた。
 白一色である。
 七夕の織姫・彦星の伝説は形をかえ、日本や中国だけでなく、東南アジアのみならず、ヨーロッパにも広がっている。
 しかし、短冊に願い事を書き、笹竹に飾る行為は、日本だけの風習である。
 白一色が本来の姿なのかも知れないが、何となく変である。
 今の時代の七夕、少しは派手であって欲しい。

 その次の日、やっと色がついた。
 色紙を細く切って、輪につなげた懐かしいものが下がっている。
 "輪っか綴り"と呼んでいたと記憶している。
 まだ、金色の色紙を切り抜いた一番星二番星もない
 天の川を示す"網飾り"もない
 織姫の織り糸を表し、長寿を願う"吹き流し"もない。
 豊漁と豊作を願う"投網"もない
 眺めていると、次が次へと幼き頃の記憶がよみがえる。
 残り日数もわずか、楽しみである。

 昨年、知り合いのところで見た飾り付けは、プラスチック製をふんだんに使った派手なものであった。
 発光ダイオードも、チカチカ光っていた。
 七夕飾りは、飾ったあとに海や川に流すものである。
 昔の紙で作ったものであれば、水に溶けてしまう。
 今のプラスチック製の飾りでは、流されたら困りものである。
 飾り付けには、"屑かご"もある。
 倹約を表すのだそうだが、掃除という意味にとらえると、理にかなっていると一人でひそかに納得した。

 幼きころ、朝早く起こされ、字がうまくなるといって、サトイモの葉に溜まった朝露で墨をすった。
 その墨で短冊に願い事を書くと、"叶う"といわれた。
 今の母の願いなんだろう。
 短冊にしたためられた願いを、無性に見たい衝動にかられた。
 盗み見は、やめておこう。
 せっかくの願いが、天に届くように。
 
 

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暑さの前に七夕がやってくる

 
 居間には、よく見える位置にカレンダーが下がっている。
 その6月分が切り取られ、7月になっていた。
 普通の家では、何の不思議でもないことなのだが、わが家では、いつもと違うことなのである。
 すでに7月に入っているが、取り忘れていた。
 はがした記憶はない。

 最近は、月日など眼中になく、カレンダーにも、まったく興味を示していなかったはずだ。
 会話の中に出てくる曜日も、合っていたことはない。
 少なくとも、今年になって、カレンダーをめくってくれたことなどなかった。
 平日の朝食を終えた途端、
「今日は日曜日だから、老人会は休み」
といって自室に入り寝ようとする。
 真夜中に、
「着替えが終わったよ。老人会に行こう」
と起こす。
 そんな生活なのである。

 介護センターの協力もあり、"老人会は歩いて行ける距離ではない"と認識したらしく、真夜中に一人で向う"ハイキング"は激減した。
 これは、大変ありがたいことである。
 でも、日にちや曜日、時刻に興味すら示さないのは、何ら変わっていない。

 意味のないこととは思いつつ、理由を聞いてみた。
「7月だから、はがしたよ」
 まともな答えが、返ってきた。
「今日は、何日?」
「7月」
「日にちは?」
「7月」
 いつもの通り、である。

 翌朝、デイサービスのため介護センターに送っていく。
 玄関に、1メートル強の青々とした笹竹が、新たに飾られてあった。
 カレンダーをはがした原因が、判明した。
 "七夕"なのである。
 センターでの会話の中で、話題iにでも上ったのだろう。
 もしかすると、短冊でも作り始めたのかも知れないが、家での会話には出ていないので、これから作るのであろう。

 "7月7日は七夕"、文句の付けようもないのであるが、田舎育ちには、何となく早すぎる。
 暑さはこれからだし、田舎のお盆は8月である。
 昔、盂蘭盆の時に、祖霊に豊作を祈る行事があったそうだ。
 その行事の一部と棚織津女の伝説に、中国から伝わった節句が加わり、"七夕"が出来たと聞いている。

 田舎では、今でも月遅れに七夕祭りが開催される。
 "グレゴリオ暦の7月7日"に、仙台七夕祭り は行われない。
 日本古来の"七夕"の行事から生まれた"ねぶた祭り"、"竿灯祭り"も、やはり似合わない。 
 第一、七夕の季語は、""だったはずである。
 
 きっと、同じように感じているから、話さないのであろう。
 暑さは、これから迎えるのだ。
 
 

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