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2008年8月

毎日が、楽しい

 
 スイカの事が気になって、介護センターから渡される今月の予定表を見てみた。
 毎日の予定は、午前の部午後の部に大きく分かれている。
 午前の部は、
   ・茶話会
   ・健康体操
   ・ビデオ鑑賞
   ・唱歌
などが記載されている。
 朝に入浴があるから、人手のかからないものが多いようだ。
 母は、火曜日、木曜日、土曜日が入浴の指定日であるが、"お漏らし"あると、入浴させられる。
 最近は、連日のように入浴してくる。

 午後の部は、楽しそうなイベントが記載されている。
   ・クイズ
   ・ビンゴ
   ・テーブルゲーム
   ・ボーリング
   ・折り紙
   ・塗り絵
   ・シェスチャー
   ・書道
   ・カラオケ
 催し物は、だいたい3日毎のサイクルである。
 やはり、デイサービスに来るのは、週2日の人が標準なのだ。
 職員が前に、そのようなことを言っていた。

 あちこちに、その季節の行事や、外部の人による催し物が、ちりばめられている。
 今月のイベントは、月初めの夏祭りと、今週のスイカ割りだ。
 その他に、
   ・体操(講師)
   ・ギター
   ・音楽(講師)
などが記載されている。
「今日は、小学生たちが歌を歌った」
とか、
「おもしろい体操があった」
「手品の人が来た、すごかった」
「着物を着て踊る人が来た。きれいだった」
「幼稚園児が、いっばい来た」
などと、弾んだ声で楽しそうに報告するのを、何度も聞いている。
 飽きないよう楽しませる運営は、やはりプロである。

 今週は、誕生会があった。
 こちらは月末近くに開催されるものの、連続した日ではなく、各月まちまちである。
 当月の誕生日を迎える人に、合わせてあるのだろう。
 こちらも、3回のスケジュールである。

 帰ってすぐには、だいたい今日の"お楽しみ"は覚えている。
 一番おもしろかったことだけは、大丈夫である。
 翌日は、もう怪しい。
 翌々日には、記憶が一緒に混じり合ってしまう。
 やったことなど、どうでも良いことなのだ。
 みんなと一緒に、遊んだこと自体が楽しいのだから。

 今日の"ドライブの日"は、中止した。
 一日中の大半を、寝室で過ごしている。
 食事、おやつの時以外は、寝てしまう。
 今では、起きているように言っても、聞き入れなくなってしまった。
 すでに心は、明日へ"老人会"に、移っている。
 睡眠も、充分すぎるほど取っている。
 今夜は、"夜のハイキング"の覚悟をしておこう。
 
 

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遅めのスイカ割り

 
「今日も、スイカ割りをしたよ」
という。
 昨日も一昨日も、同じことをいっていた。
 3日連続、スイカ割りがあったようだ。
 初日にはスイカに当たり、みごとに割れたと喜んでいた。
「終わってから、みんなで割れたスイカを食べた」
「美味しかった」

 みんなで遊んで、みんなで分かち合うのだから、格別の味であったろう。
 昨日も同じことを繰り返していたので、聞き流していた。
 今日は参加できなかったと、残念そうにいう。
 すでに2回も参加していたから、まだやっていない人たちが行っているのを、取り囲んで見ていたようだ。

 8月も、もう終わりの時期である。
 1、2週間前とは打って変わり、ここ2、3日は9月下旬から10月頃の涼しすぎるくらいの気温になっている。
 何となく、スイカ割りの季節とは違和感がある。
 やはり、焼けつくような砂浜が、よく似合う。
 室内でのスイカ割りの状況も、思い浮かばない。
 でも、うれしそうな顔で、
「楽しかった」
と報告が続くのであるから、季節がずれても楽しかったのだ。

 室内の気温を上げる。
 天井や周りのライトも、すべて点灯する。
 さざ波の音響も、流そう。
 年配の人たちだから、遠くからの汽笛も加えよう。
 各人、青春時代を思い起こし、楽しかった情景に浸る。
 還暦の年を差し引けば、みんな青春の真っただ中だ。
 介護センターに来ているのだから、今では独身になった人も多いはずである。
 ちょっと女性の方が、人数的に多い気はするが、気にすまい。

 そんなことを考えていると、
「今日は、スイカが割れなかった」
「おやつは、ちっちぉいまんじゅうが2つ出た」
「甘くて、美味しかった」

と、不思議なことをいう。
「スイカは?」
と聞くと、
「今日は、出なかった」
という。
 デイサービスに通ってくる人は、週に2回が標準なのか、催し物は3日間と連続して行う。
 スイカ割りは、今日で3回目で間違いなさそうだ。
 今までのやり方だったら、明日はないはずだ。
 気になったので再び聞いたが、やはり食べなかったという。
 割れなかったスイカは、どうなったのだろうか。
 つまらない小さな事でも、いったん気にすると、気になってしょうがないものである。
 しばらく、疑問は消えなかった。

 スイカ割りの応援で、疲れているようである。
 外は、雨模様。
 気温も程よい。
 今夜は、ぐっすり眠れそうだ。
 
 

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新会員は変な人

 
 何やら、老人会に出かける時の顔が、いつもの喜びにあふれたエビス顔ではない。
 かといって、行くのが嫌になったのでも、なさそうだ。
 いろいろ聞いてみて、概要はつかめた。

 長いお盆休み中に、メンバーの入れ替えがあったようである。
 知らない人が加わり、認知症の人もメンバーに入ったようだ。
 前に同じ症状のグループに入って、行くのを嫌がったことがある。
 それ以来、身体が不自由なだけのグループに入っている。
 本人も要介護3ではあるが、人との交わりは上手い。

 ちょっと前に、"うちわ"を作っていた。
 結構、時間がかかるようで、帰宅すると、作っている状況報告が、延々と続いた。
 すでに完成して持ち帰っており、作品棚に鎮座している。
 うちわとして使われることも、触れられることも、一度もない。
 毎日デイサービスに行く人は、少ないと聞いている。
 こちらも、昨年は週3回程度であった。
 週に1回しか来ない人は、作品作りも、遅遅として進まない。
 そのような人の分も、手伝うというか、やることもないだろうから手掛けているようである。

 その手伝いの最中に、たまたまテーブルの前になった女の人が、作りかけの"うちわ"を奪っていき、意味不明なことを喚きながら、投げつけて壊してしまったそうだ。
 怒りというより、恐怖を感じたようである。
 壊れてしまい、いまでも修復しているそうだ。

 さらに、別件の話に移り、
「顔が真っ黒で、大きな男の人が近くにいて、怖かった」
という。
「黒人の人?」
「ちがう」
「日本人」

「日焼けした人?」
「ちがう」
「ヤケドをした人」

「目が見えない人なんだ」
「ちがう」
「目は、ギラギラしている」
 顔の全面にヤケドをして、目に影響がなかったとは、奇跡ではなかろうか。

 真っ黒くなっているのは、目のまわりだけという。
 おそらく、眼底出血で黒くなっているのだ。
 昔はよく見かけたが、最近はあまり見られなくなっている。
 医学の進歩か。

 原因が分かれば、対処方法は簡単である。
 問題の男女の両人と、出来るだけ別のグループにしてもらうか、離してもらうように、頼めば済む。
 そのことを告げると、いつもの幸せそうな顔に戻った。
 すでに、下着類の入った手提げ袋を手にしている。

 ここ1週間で、季節が1、2か月も進んだような涼しさで、今日も霧雨が降っている。
 心と顔色だけは、早くも快晴になった。
 
 

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夢で墓掃除?

 
 お盆のため休んでいたデイサービスも、久しぶりの再開である。
 しぶしぶ出かけたが、予測した通り、喜々として帰ってきた。
 やはり、楽しかったようだ。
「今日のお昼は、そうめんだった」
「おやつに、蒸しパンが出た。美味しかった」
「塗り絵をやった。楽しかった」
「百歳の人も来ていた」
「隣の部屋では、変な女の人が、変な声を出していた」
「ギターを弾く人が来て、歌を歌った」
・・・・・・・・・・・・・・・ 

 こちらも、いつものパターンに戻った。

 内腿と背中の下の方に、湿疹ができていると、職員は言う。
 汗疹かと聞くと、違うようだという。
 お盆の最中は、兄弟に預けた。
 湿疹など聞いてもいないし、本人からも聞いていない。
 戻った時にも、気が付かなかった。
 痛いとも痒いとも訴えていないので、しばらく様子を見ることにした。
 介護センターで、何かの軟膏を塗ってくれたそうである。

 湿疹と聞いて、子どものころ母に連れられて、お盆の数日前に墓掃除に行った記憶が蘇ってきた。
 その場所は、住まいから多少離れた山麓にある。
 まずまずの大きさの墓が、古くからの大きな墓地の一角にある。
 子どもの目には、広く感じた。
 無縁になった遠縁の墓も、掃除の対象である。
 真夏の陽が照りつける中、墓の周辺も含めての雑草取りは、時間もかかり大変であった。
 田舎は、漆の産地である。
 そのためなのか、所どころに漆の幼い木が隠れている。
 墓地掃除を終えた翌日あたりから、湿疹が出てくる。
 漆カブレである。  
 男は小の用を足す時に、支える物を持っている。
 よって、手の甲と大事な所に、まず湿疹が出る。
 次第に、両腕と内股に広がっていく。
 汗をかく時期でもあり、けっこう辛いものであった。
 漆カブレも治まり、痕も消える頃、夏休みが終わる。
 現在は、苦情でも出たのか、すべて伐採され心配はない。

 ここ数年、墓参りにはいくが、墓掃除には連れていっていない。
 夜中に、そーっと夢の中の墓掃除に行ったと解釈しよう。
 それで、昔懐かしい漆カブレが蘇ったのだと。
 父との語らいも、楽しんで来たのだろうと。
 これで、つじつまだけは合うような気がした。
 毎日のように新しい出来事に遭遇すると、多少のことでは驚かなくなるし、奇妙なことも考えるものだと一人苦笑する。

 楽しい"老人会"も復活し、すべてがいつもの生活に戻った。
 
 

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"老人会"って何だっけ?

 
 お盆が終わった。
 田舎の盂蘭盆は、月遅れで行われる。
 それに合わせて、各地から帰省する。
 日ごろ会えない連中と、顔を合わせる時でもある。
 "お誘い"が続く。
 正月に帰省しなくなったため、1年振りに酌み交わし語らう。
 同じ歳の連中と、前後の先輩・後輩であるから、介護で苦労している者も多い。
 同病相哀れむの例え、仲間がいると、なぜか心が癒される。
 30数年ぶりに会った者もいた。
 定年を迎えて、故郷に戻ってきたそうだ。
 介護のためなのかどうかは聞き忘れたが、そうだと信じたい。
 あっという間の"喧騒"であった。

 いつもの生活に戻った。
 パジャマを逆に着ている。
 下着も、逆のようだ。
 ほとんどのものが逆さの、いつもの世界に戻っている。
 着替え直すように促す。
 紙おむつも、前後が逆だ。
 紙おむつには、前と後ろが分かるように、印が付いている。
 高齢者用なのに字は小さすぎると思うが、一度覚えてしまえば目印になって便利なようになっている。
 でも、認知症の初期の人も、大勢使っているはずである。
 前後など理解も難しい人も多いのではなかろうか。
 前後両用の紙おむつがあれば、気にしないで使え、楽なような気もするのだが。

 デイサービスに行く時刻が、やってきた。
 しばらく休んでいたが、こちらも再開である。
 デイサービスに行くことも忘れたようで、昨夜は勝手に着替えて出て行こうともしなかったし、催促する様子もない。
 外出着に着替えるように言う。
 あれほど楽しみにしていた"老人会"の記憶をしまい忘れたのか、しぶしぶという様子である。
 お盆の前まで見せていた向う時の、楽しみに満ちあふれ、キラキラ輝いた眼はしていない。
 
 いま住んでいる所のベランダには、ちょっとした青物が、プラスチック製の長方形のプランターに植えてあるだけである。
 味噌汁の具に使う"つまみ菜"程度の緑である。
 当然、田舎のような庭などない。
 眼下に、まずまずの公園は見下ろせるが、草木の息吹を肌で感じることなどできない。
 そのような味気ない住まいに戻る途中の車中では、喜々としていて明るかった。
 看板の字を読むのにも、うれしそうに読んでいた。
 コンクリートだらけでも"住めば都"のようで、今の場所が"住みか"と決めたようだ。
 住まいは記憶を維持しているのに、"老人会"は少し遠ざかったようである。

 いつもの倍もの準備時間をかけて、3回りも4回りも年下の"友人"や、同年輩の"教え子"と会う"老人会"に向かった。
 
 

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祭りの話しは謎かけ?

 
 仙台の七夕祭りの、賑やかな様子がテレビに映っている。
 ずいぶん古くから続いている有名な祭りであり、始まりは400年前の伊達政宗の時代からと聞いている。
 七夕飾りだけでなく、前夜祭の花火大会から始まり、いろいろなイベントが開催されて、多くの観光客も集めているようだ。
 20代の終わり頃、1度だけ見物に出かけた時の記憶とは、雰囲気が大きく違って見えた。
 時代の流れの加速を考えれば、当たり前なのだろう。

「おまえが小さかった頃、よく負んぶして連れて行った」
「お祭りが大好きで、連れていくと喜んでいた」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 いつものように、独り言のように、昔のことを語り始めた。
 当然、仙台の七夕祭りではなく、田舎の夏祭りのことである。


 田舎は、北国の中では古い歴史を持つ。
 神主や住職がいるいないにかかわらず、神社仏閣は非常に多い。
 いない所でも、その地域が管理を続けている。
 学校が夏休みに入る頃には、毎日どこかで祭りが開催される。
 大小は様々だが、その地域では待ちに待った夏祭りである。
 都会と違うのは、数か所の代表的な祭りを除くと、各地域での祭りであって、勝手にあちこちから人が集まったりはしない。
 田舎全体の祭りや花火大会は、また別の祭りとしてある。

 子どもの時代の祭りは、大人も子どもも楽しみにしていて、それに合わせて準備していたものだ。
 住んでいた祭りは、著名な神社であるため、それなりの規模の祭りで、7月の最後の日に催される。
 祭りの前日、多くの露店主たちが地割り屋の周りに集まり、出店の位置を決める打ち合わせをする。
 まず、これらの話し合いの様子を、ちょっと離れているが声の聞こえる位置から、見物するのが祭りの始まりである。
 どんな店が出るのか、心おどらせ聞いていたものだ。
 現在は、出店の設置が境内の中に限られているそうだが、当時は神社に至る道路沿いに、様々な露店がびっしりと立ち並び賑やかだった。
 祭り当日の朝、各町内から神輿が繰り出される。
 小学生までの子どもは、神輿の後に続く子供用の山車を引く。
 欠席する子供などはいない。
 2時間ほどで町内を巡り終え、帰りにお菓子の詰め合わせが渡される。
 昼食を終えると、わずかな金を持って、露店に向かう。
 子供たちだけの、待ちに待った楽しい時間を過ごす。
 
 早めの夕食を取り、暗くならない前に、家族全員で祭りに向かう。
 境内には、茅で造られた大きな輪が設置されている。
 男性は左側からくぐり、女は右側からくぐる。
 無病息災を祈願する儀式だった。
 当りが薄暗くなると、境内の広場で映画が映される。
 大人も子どもも楽しめる時代劇が多かったと記憶している。
 各家とまではいかないまでもテレビは普及していたが、祭りの映画は、それとは別な楽しみであった。
 そして、夏祭りが終わる。
 朝のラジオ体操の場でもあったので、翌日出向くと、昨夜の喧騒が嘘のように跡形もなく消えていて、とても不思議な気持ちになったものだ。
 唯一、茅輪くぐりだけが、夢ではなかったと教えてくれた。


 まだ、独りごとは続いている。
「祭りでは、飛び跳ねるように、はしゃぎまわっていた」
「すぐに、負んぶしてくれと、せがんだんだよ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 今日は、まともな会話だ。
 空想など、まったく入っていない。

「縁台を借りて、おしめを交換したんだよ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 なぜ、このような会話をしたのか、分かった。
 起きるとすぐに紙オムツを交換したが、食事中に、また漏らしたのだ。
 交換するように促す。
 今日は、謎かけができるまで、しっかりしている。
 
 

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2次元の世界に生きる(2)

 
 連続して発生した岩手の地震など、天災が続いている。
 濁流の災害といい、地震発生時といい、映像がよく流される。
 最近、火災や交通事故などの映像にも、"視聴者提供"と記載されていることが多い。
 全国民がカメラマンになっているようで、視聴者からの投稿でも、番組ができてしまうほど、巷には溢れている。
 携帯電話でも撮れる時代だ。
 撮影クルーがいなのか、ニュース番組の生放送に使われている。
 動きは、おそろしく緩慢ではあるが、逆に臨場感がある。
 「障子に目あり」とはいわれてきたが、「人に携帯カメラ」の世の中になっているようだ。

 濁流の方は、監視カメラだという。
 危険な場所だと分かっていて、今回のような災害が起きると予想したから設置したのではないと思うが、見事な映像が撮影できる場所に設置されていたものである。
 犯罪が行われているその瞬間の映像も、よく流される。
 強盗などの犯罪シーンを集めたテレビ特番もやっているし、犯罪が起きると、警察から犯人らしき映像が提供される。
 監視カメラは、想像を超えて、あちこちに設置されているようだ。
 防犯上、やむを得ないのだろうが、何となく盗み見されているようで、心地よくはない。

 1年半前に、外にいても携帯電話で、いつでも家の中がチェックできるように、ウェッブカメラを設置しようと思い、カメラだけは買った。
 当時は、まだデイサービスも始めておらず、帰宅すると、不思議な出来事が多々あったからである。
 火事や、水道の出しっ放しなども、心配だった。

 設置してみたら、フイルムのカメラと違い、暗闇でも映っておりビックリした。 ますます技術が進歩していると聞いてはいても、目にすると驚くものである。
 1週間ほど、使ってみたが、やめた。
 いくら心配だからとしても、知られたくないこともあろう。
 一人でいるから心配といっても、夜には帰宅するのである。
 常時監視されるのは、決して望まないだろうと思うし、そのために運命が縮まっても、そちらを選ぶだろうと思ったからである。
 まだ、2次元の世界に、押し込めるにも早すぎる。

 もっと症状が進行したら、恥という感覚が夢の世界に置いてきてしまったら、再度設置しようと考えている。
 使うのが少しでも遅れることを祈って、棚の奥に眠っている。
 
 

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何事も、急ぐ

 
 食事中に、電話がかかってきた。
 長電話であった。
 電話の相手と話をしながら、振り返って、食事中の母を見た。

 解き放たれたように、必死になって食べている。
 お腹を空かした猫が、獲物をとらえた姿だ。
 食事を楽しむ様子は、まったく見えない。
 口に入れるが、噛む動作が追いついていない。
 咀嚼することを、すっかり忘れているようだ。
 横顔しか見えないが、すでに頬は、はち切れている。
 口の中がいっぱいにもかかわらず、次をかき込む。
 当然入らない。
 かきこんだ分、口の端から、こぼれていく。

 やがて、むせる。
 もう口には入らないとでも思ったのか、残ったご飯を、手元近くにあるゴミ箱に捨てる。
 おかずの方は、なぜか、そのままにしている。
 隣にあるもう一人分の食事に、気を遣ったのだろう。
 捨てられずに済んだおかずだけが、テーブルの上に残された。
 そして、口いっぱいのまま前掛けを外し、寝室に消えた。

 電話の主は、何かが起こったと感じ取ったようだ。
 すでに、話の用件は終わっている。
 相手も、少し長話をし過ぎた、と思ったのだろう。
 セレモニーのような最後の言葉を交わした後、電話を切った。

 来週は、診療のための帰省である。
 中止することのないドライブをする日だ。
 "ドライブの日"の今日は、出かけるつもりはなかった。
 呼び戻す用件も、別にない。
 そのままにしておいた。

 ずいぶん前から、準備しておいた食事が、きれいに片付いていることは無くなっている。
 "完食"していることも、とうの昔になくなっている。
 残してあるか、捨てられているか、散らかっているかだ。
 だから、こぼれても良いものを準備してある。
 一緒に食べる時には、声をかけている。
 予想はしていたものの、実際の食べ方は想像以上であった。

 流しの台に食事を準備しておくと、その前が散らかっている。
 お茶入れの急須などがある電気ポットの前でも、同じである。
 そういえば、お菓子が置いてある前も、散らかっている。
 置いてある各々の場所の前で、食べているようだ。
 ずいぶん前に、気付いた。
 それ以降、食卓の上に準備することにしている。
 難点は、出かけしてまうと、ほどなく食べてしまうことである。
 目の前にあるのだから、止むを得まい。
 この点だけは、他に方法が見つからないので、仕方がないと割り切っている。

 昔の人である。
 あれほど食べ物を大切にしていた母なのに、ご飯を躊躇することなく捨てる図は、やはりショックである。
 出来るだけ、噛まないですむものにしよう。

 残り時間がないから、急いでいるのか。
 とにかく、"先に先に"の毎日である。
 
 

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