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2008年9月

久しぶりの買い物?

 
 今日も、デイサービスから帰ってくると、元気そのもの。
 クツを脱ぎすて、カバンを、玄関脇の洗たく場に置く。
 次いで、着替えのため自室に入ったまま出てこない。
 声をかけると、寝ているようだ。
 しぶしぶ出てくる。
 そして、
「今日のお昼は、野菜の煮物がでた」
「おやつに、蒸しパンがでた」
「お風呂に入った」
「買い物をした。楽しかった」
・・・・・・・・・・・・・・・ 

 いつもの、パターンである。

 今日は土曜日、唯一、帰りだけ介護センターの車で送ってもらう日なので、いつもより早い時刻の帰宅となる。
 
 夕食には、まだ早い。
 寝室から出るとすぐに、今日の分のお菓子に取りかかる。
 "活動"の後のお菓子は格別なのか、必死に頬張っている。
 何気なく、帰ってきた時の言葉が気になった。
「買い物をした。楽しかった」
といっていた。
 何だろう。 
 1カ月の行事予定表を見てみる。
 毎月渡されるのであるが、当人はまったく興味が無く、こちらも必要でもないので、毎月渡されたまま見ないでいた。
 "買い物ゲーム"と記載されている。
 ゲームがあったのだ。
 納得であるが、どのようなものかまでは分からない。
 聞いたことがないイベントに、"風船バレー"なるものもある。
 飽きさせないためか、いろいろ新しい催しを考えているようだ。

 田舎から呼び寄せた頃、前に住んでいたところにいて、その1年後に今のところに引っ越した。
 すぐに帰宅できるよう、勤務先の近くに引っ越したのである。
 呼び寄せた頃は、預金通帳は自分で管理していた。
 買い物にも、一人で出掛けていた。
 良く道を間違えて、帰宅にずいぶんかかったとこぼしていた。
 すでに認知症の症状があったのかも知れないが、当時は疑うことすらしなかった。

 引越しのため、荷物の整理をした。
 荷物が異常に多い。
 田舎から持ってきた量とは、比較にならないほど増えていた。
 とてつもなく増えていたのは衣服だったのだが、一応女性であるから、そうなのだろうとしか思わなかった。
 ある日、法要に出かけようとした際、喪服がないという。
 喪服探しを手伝おうと、押入れを開けた。
 中には、引っ越してから開けられた様子もない段ボールが、そのままになっていた。
 開けてみると、まったく同じような服が次から次へと出てくる。
 それも、商品タグが外されることなく付いている。
 当時の女性としてはまあまあの体格であるが、今の女性としては小柄である。
 加えて、太ってはいない。
 開けられたこともないダンボールに入っている衣服の半分以上に、「LL」のタグが付いていた。

 年老いてから見知らぬ土地に住むようになる。
 周りに知人どころか、知り合いもいない。
 話し相手などいない。
 買い物をすれば、短い間とはいえ、会話ができる。
 いつしか、お気に入りの店ができる。
 毎日の唯一の楽しみとなり、店に出かける。
 買えば、ニコニコしながら、話し相手になってくれる。
 買うものは、趣味に合ったものになるから、同じような服がそろう。
 そのような事だと勝手に思い、認知症とは疑わなかった。

「楽しかった」
とニコニコしながら話すので、一人で買い物ができた時の事でも思い出したのかも知れない。

 今や、遠い昔のことになった。 

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紅葉の前に雪が積もった

 
 今日は祭日、"老人会"も休みである。
 朝食が終わり、食器の後片付けをしていると、早や自分の部屋に入り、すでに床に入っている。
 出かける予定もない。
 そのままにすることにした。
 寝たければ寝るのも自由だし、はたから何ら文句のつけようもないのであるが、睡眠が充分になると、今夜も間違いなく"騒動が"起こる点が問題なのである。
 昼間は起きているように注意していたのだが、最近は面倒に思うようになった。
 何度も声をかけることが、おっくうになったのである。
 こちらも、年を取ってしまったようだ。

 昼食後、食材を買いに出かけた。
 急いで帰っても寝ているだろうから、あわてる必要もない。
 今日は、運転することもない。
 買い物カゴに、目的の食材とは違う1品を入れてレジを通る。
 スーパーは、住まいの公園内にある。
 所々にベンチが設置されていて、あちこちに人が座っている。
 高齢化社会を反映してか、お年寄りが目立つ。
 人のいないベンチに向かう。
 目的外の1品を開け、口にする。
 心地よく喉を潤し、胃にたどりつく。
 食後にもかかわらず、アルコールが身体を駆け巡る。
 紅葉はしていないものの、ちょっと前の気温とは明らかに違い、日差しもなく心地よい。
 なぜか、心がホッとしている自分に気付く。

 しばらく樹々を眺め、帰宅とする。
 ドアを開けると、起きている。
 考えもしなかったことである。
 なぜなのかは、すぐに分かった。
 昼食の最中に、
「寝ていたら、老人会に行けないね」
と、冗談まじりに言った。
 その時は、まったく反応しなかった。
 寝床に入り、考えたのだ。
 明るい時なのに、なぜ"老人会"にいっていないのかと。
 今では、平日も、祭日も、区別のない世界で生きている。

 起きているとは心の準備をしていなかったし、程良いアルコールと、昨夜の睡眠不足がからまって眠気が襲う。
 ちよっと昼寝をすることにした。
 ほどなく、トイレハイキングが始まる。
 ドアチェーンをしてあるから、外へのハイキングの心配もない。
 睡魔の方が勝ち、物音も気になくなる。

 記憶が戻ってくると、まだ物音が続いている。
 通常の物音のパターンと、多少違うようである。
 足音が近づき、トイレのドアを開ける音、続いて閉める音、閉めると同時に開ける音、そのまた閉める音、そして足音が遠ざかる。
 1分も経たない内に、また足音が近づく。
 延々と続いている。
 電灯のスイッチを入れる音はないから、点けたままなのだろう。
 これも、いつものパターンに入っている。
 いつもと違うのは、トイレットペーパーの回る音が、異常に長い。
 居間に向かう途中に、トイレに立ち寄る。
 ドアを開けると、狭い空間に、真白い富士山が造られていた。
 ここがトイレか、と見間違うほどである。

 紅葉を迎える前に、わが家には初雪が舞い、積もった。
 
 

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魚は缶詰に限る(3)

 
 よくよく考えてみると、食卓に並ぶ魚は、まだまだある。
 白子干しも、良く買ってくる。
 年をとると、骨が弱くなるといわれる。
 転んでも骨折するようになり、それがきっかけで寝たきりになることが多いと聞く。
 対策として、毎朝、牛乳を欠かさないが、白子干しも出来るだけ食べるようにしている。

 そのまま食卓に乗せると、こぼすだけなので、和え物に使ったりしているが、これでは摂取できる量は少ない。
 そこで、ご飯に炊き込んでみた。
 少々くさみが残ってしまう。
 いろいろ試したが、桜エビを加えることで解決した。
 ほのかに良い香りがあり、なかなかのものである。
 成功を受けて、週に1回か、2週間に1度は食卓に登場する。
 なかなか気に入っているようで、
「美味しいね」
とお気に入りの一つになっている。

 ただ、
「何が入っているの」
と聞いてくる日は、まで良い方で、
「今日のお赤飯は、美味しかった」
の時の方が多い。
 おかしなものであるが、嫌ってはいないようだ。
 魚の形を確認できないから、魚の部類には入らないのかも知れないが、よく食べるものの一つである。

 田舎には、身欠きニシンを水で戻し山椒で漬け込んだものや、ボウタラを煮込んだ郷土料理がある。
 ニシンの山椒漬けは、名の通り、水で戻した身欠ニシンを山椒の葉とともに漬け込んだものである。
 身欠ニシンを、米のとぎ汁に浸けて、アクをぬく。
 しょう油、みりん、酢、酒、砂糖で、漬け汁を作る。
 アク抜きしたニシンを山椒の葉で交互に重ね、漬け汁に漬け込む。
 山椒の防腐作用を利用した保存食であるが、まことに美味である。
 ご飯のおかずだけでなく、酒のツマミにもってこいである。

 "ボウタラ"は、真鱈を干して棒のように硬くなったものを、3日ほど水に浸して軟らかくし、酒・みりん・砂糖・醤油を程よく加え、とろ火で2、3日ほど煮込む。
 じっくり気長に煮るので、骨まで軟らかくなり、口の中で崩れるほどの甘露煮が出来上がる。
 元のタラよりも、数段うまくなった逸品であり、珍味だ。

 2品とも、山国に住む者のタンパク源であったと同時に、海の幸にあこがれ、いかに上手く食べるようにするかの知恵が凝縮している。
 日持ちする干した海産物の中でも、脂分も多い。
 今でも、正月やお祭り、祝いの席には、必ず用意される、めでたい料理である。
 子どもの頃は、各家庭で作るものであったが、最近はスーパーで出来合いを見かけるようになった。
 帰省の際に買い求め、これも常備されている。
 こちらも、時々、食卓を飾る。
 今回の診療帰省の際にも、買い求めた。

 意外と、わが家の食卓にのぼる魚の種類はあるものだが、やはり缶詰の王座はゆるぎない。
 
 

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エネルギーは充分

 
 本日のイベントが始まった。
 午前1時半である。
 今日の開幕は、いつもより1時間ほど遅い。
 トイレハイキング、ベランダハイキングと、順序良く、無難に"事"は進行している。
 雨・風、なんのその、真夜中だから寝るように言っても、やっと寝かし付けても、すぐに起きてしまう。
 数回繰り返したが、イタチごっこである。
 いつものように飽きてやめるか、疲れを待つしかない。
 今日もあきらめ、自室に撤収した。

 こちらも、手をこまねいているわけでもない。
 ハイキングの道筋の戸は、すべて開けたままにした。
 少なくとも、ドアの開け閉めの騒音は出なくなっている。
 室内での危険なものも、一応、隠してある。
 放っておいても、大丈夫であろう。

 間をおいて、そっと覗いてみると、程よい汗をかいている。
 エネルギーは、もう少しで尽きるようだ。
 いつもと違う、ちょっと不可思議な姿が、そこにあった。
 外出着に着替えていないのである。
 外に出ようと、ドアチェーンをはずす作業にチャレンジする様子も、今夜はしていない。
 外へのハイキングはなさそうだ。

 ウトウトする頃、物音が消えた。
 今夜のエネルギーを使い果たし、やっと寝たのだろうが、サイクルがちょっと違う。
 気になると、眠気が去ってしまうものである。
 忍び足で、居間に向かう。
 電灯は点いているが、点けっ放しは、いつものことである。
 テレビの音もする。
 こちらも、点けっ放しのようだ。
 リモコンは、隠してある。
 大音量で、近所に迷惑をかけることもない。
 両方とも、消せば済むことだ。

 何やら、小さい音がする。
 まだ起きていた。
 映っているテレビには目もくれず、壁に向かって座り、一心に何かをしている。
 そーっと、覗く。
 お菓子を食べている。

 失策であった。
 翌日の分のお菓子を、寝る前に出しておいた。
 いま食べているお菓子は、今日の分である。
 充分なる新たなエネルギーが、補充された。

 結局、一晩中、起きていた。
 
 

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過ぎてしまった十五夜

 
 先週から介護センターの玄関に飾られていた"お月さま"に、ススキが添えられた。
 大きな紙の真ん中に、月が描かれている。
 幼稚園と違い、月の中にウサギは描かれていない。
 月の色は、黄色めだ。
 そのまわりに、毛糸で作ったと思われる3本ほどのススキが貼り付けてある。
 はじめて見かけた時は、何物か分からなかった。
 月見と聞いて、ススキと納得した。
 紙に貼られた一連の作品が、天井からつり下がっている。

 その下のテーブルに、4、5本程度の本物のススキが、小さな花瓶に入れられて置かれた。
 背の高さが足りなく、つり下げられた作品と融合していない。
 田舎育ちの者としては、ススキは数多く飾って欲しい。
 4、5本程度では、何となく寂しすぎる。
 思いめぐらしても、今の住まい近くにススキの野原はない。
 ススキも、見かけない。
 都会では、無理な要求のようだ。

 数日前の帰省で、一面に穂を出し始めたススキと会ってきた。
 採ってくれば良かったと思った。
 田舎では、穂を動物の尾に見立てて、"尾花"とも呼ぶ。
 自然のままでは他の樹木に追い出され、人手を借りて、人里近くでしか草原とならない。
 だから人の手の入らない山奥では、道路脇のこじんまりとしたススキ以外は見かけない。
 人が大好きと思われるススキは、不思議な植物である。

 介護センターで何か新しい物を作ると、必ず報告が入る。 
「今日は、○○○を作ってきた」
「良くできたと、褒められた」
「休んでいる人の分を、手伝ってきた」

 次の作品に着手するまで、何日も同じ報告を受ける。
 数分ごとに、同じ話を繰り返す日も多い。
「作った」
「褒められた」
「手伝った」

の3拍子が、決まっているストーリーである。
 気分の良い日は、身振り手振りが付く。
 作業手順などの具体的な解説は、報告に含まれたことはない。
「うん、うん」
と、適当な返事を繰り返す。
 やがて、感情のこもっていない対応に不満を感じると、やっと長い物語は閉幕する。

 しかし、ススキを作ったとは聞いていない。
 お月見の話も、報告の中に出た記憶はない。
 迎えに行っても、ススキの作品には一瞥もしない。
 かと言って、玄人が作ったような出来でもない。
 不思議な作品である。
 
 

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魚は缶詰に限る(2)

 
 鮭は、特別な魚である。

 まがりなりにも、数年前までは、食事の準備をしてくれた。
 当時は、1日おきか、2日おきに鮭が食卓に並ぶ。
 いつの日からは忘れたが、ずいぶん前から焼くことをしなくなり、電子レンジでの加熱調理に変わった。
 それなりに、美味しかった。

 母は、1年365日、毎日、食べていた。
 朝食として出ない日は、昼食か夕食に食べていたようである。
 前日、冷凍庫から鮭の切り身を取り出し、魚の形に合ったグラタン用の深い皿に乗せ、翌日に備える。
 これだけは忘れたことがなく、感心していたものである。
 鮭の在庫が切れると、大騒ぎであった。
 大好きなのだろうと、何の疑いもなく思っていた。

 ある祭日の9時ごろ、電子レンジの稼働する音が聞こえた。
 そっと覗いてみると、電子レンジを眺めている。
 出来上がると、ご飯をよそい、"立ったまま"食べている。
 朝ご飯を食べて、まだ2時間しか経っていない。
 変な食べ方だが、お腹がへったのだろうと思っただけだった。
 "旦那のいない昼食は、あり合せの物で済ます"とよく聞く。
 そんな位にしか、思わなかった。

 2時間もすると、また同じような音がする。
 同じ行動を取っている。
 ちょっと不思議だな、とは感じた。
 お昼時に居間に行くと、いない。
 寝ていた。
 むしろ11時に寝てしまう方に、びっくりした。
 その時も、疲れているのだろうと思っただけだった。
 当時の平日に顔を合わせるのは、朝食の小1時間だけである。
 会社から帰宅する時刻は、いつも遅かった。
 母の変化には、まったく気付いていなかった。

 昼食のため、起こした。
 これから、ご飯を炊くという。
 朝に、充分な量を炊いているのを知っている。
 2回食べたとしても、無くなる量ではなかった。
 炊飯器の中を見てみると、確かに"生の米"が入っている。
 いやな予感がした。
 ゴミ箱をのぞく。
 予感が、的中していた。
 朝炊いた他に、もう一度炊いて手付かずのご飯が、そこにあった。
 母の認知症を疑った"きっかけ"の一つであった。


 元気だったころは、あまり缶詰が出された記憶はない。
 今でも、目に見えるところに置いてあるが、食用油は危険としても、缶詰だけは食べられたことはない。

 鮭は成長すると、必ず生まれた川に戻ってくるという。
 田舎では歴史上いろいろな出来事があり、鮭は特別な魚である。
「田舎に戻りたい」
との謎かけだったのかも知れないが、今は知る由もない。

 いつの日からか、"鮭を食べたい"とは言わなくなった。
 "田舎に帰りたい"とも言わない。

 
 

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帰省の帰り

 
 診療帰省の帰りに、田舎の湖を一周して帰ることにした。
 この2か月は、夏場の大混雑を避けていたため、久しぶりである。
 ほぼ円形の湖には、数多くの砂浜が点在している。
 靄などで対岸が見えない時には、海かと見間違う日もあるが、輪を描くように岸辺が湾曲しているので、やはり海とは違う。

 湖水浴には、いろいろな魅力がある。
 まず、比較にならないほど、波は穏やかである。
 土用波などない。
 海水浴の帰りには真水のシャワーを浴びないと、肌がベタ付いて気持ち悪いものだが、湖水浴ではその必要はない。
 乾いたら、水着のままでも帰れる。
 クラゲに刺される心配もない。
 これは、大きなポイントであろう。
 ただ、急に水温が冷たくなるところもあり、海と違って浮力はないので、この2点は注意が必要である。

 どの砂浜も夏の喧騒が終わり、静かな湖に戻っていた。
 車で乗り入れられる砂浜に入る。
 1組の若いカップルが、水辺でバーベキューをしている。
 離れた所に別のテントは見えるが、人影はない。
 2組以外は、いないようだ。
 都会近くの海岸のように、大音量の曲が唸ってなどいない。
 静かなものである。
 窓を全開する。
 暑くもなく寒くもない風が、左右に通り抜け心地よい。
 ゆっくりと砂浜を進み、カップルの脇を通り過ぎる。
「老人会の人がいた」
 ここは田舎である。
 介護センターの人など、いるわけがないのだが、
「いたよ」
「いたもの」

と言い張る。

「周りに人は、あの二人しかいないよ?」
「あの二人だよ」
「見たことのない人だよ?」
「こちらを見て、挨拶したよ」
「老人会の人に、間違いない」

 会話の仲間にすら入れてもらえない世界で戯れている。
 二人だけの砂浜に、見知らぬ県外の車が入ってきたため、振り返っただけなのだが。
 やがて、
「"先生"といっていたから、教え子だ」
に変わる。
 若いカップルは、"老人会の教え子"だと決まったようだ。

 湖周を巡っていても、車に出会うことは少なかった。
 さすがに紅葉の気配はまだだが、ススキの季節は始まっていた。
 湖面と反対側に育っている稲穂も、黄金色に変わって、頭を垂れている。
 今年も、豊作のようだ。
 静かすぎる湖に別れを告げ、帰路につく。


 もう少しで、帰宅である。
「こちらの月は、汚れているね」
 ちょうど正面の上空に、まんまるい月が見える。
「こちらの月は、汚れていて可哀想」
と、繰り返し同情している。
「何で、可哀想なの?」
「顔中が汚れているから」
 質問を間違えた。
「何で、汚れていると分かったの?」
「黄色く汚れているから」
 湿度のせいか、多少黄色がかっている。
 納得である。
 そういえば、十五夜だ。
 ススキを採ってくれば良かったと悔やんだが、後の祭りである。

 コンビニで、月見団子を仕入れよう。 
 着いたら、ベランダで、二人だけの"お月見"だ。
 
 

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魚は缶詰に限る

 
 食卓から、骨のある魚が消えて久しい。
 骨に当たると、もう食べずに残してしまうからだ。
 今や、おかずの仲間から外れ、並ぶことさえない。

 刺身を除けば、骨のない魚は、意外に少ない。
 マグロの煮付け、うなぎの蒲焼など限られてしまう。
 骨まで食べることのできる小さめの魚でも、噛む回数が極端に少なくなってしまった現在では、無理なのである。
 長時間煮込んで、骨まで食べられるようにしようと、過去には何度も試した。
 どうしても歯触りが残り、うまく行ったためしがない。
 今は、チャレンジすらしていない。
 やはり、刺身が中心になっている。

 鮭の切り身もダメなのだが、週1、2度はお目見えする。
 尾に近い部分だけを選んで買い求め、備蓄してある。
 ここには、小骨はない。

 そんな中、魚から王座を奪い取ったのが、缶詰である。
 いろいろな缶詰が試された。
 鮭は、まず大きさ、次いで味、量感とも、生身のものに敵わない。
 ツナ缶は、一時、マヨネーズ和えで人気があったものの、魚の形が見えず、魚として認められなくなって姿を消した。
 魚の"かば焼き風"は、舌に合わない。

 サンマは「味付け」、サバは「水煮」と「味噌煮」が生き残って、常備されている。
 サンマは味がしつこいが、時々お目見えする。
 サバは大変おいしいが、一回に食べるには癖があり、1缶の量が多すぎる。

 確固たる主役の地位を得たのが、"いわしの缶詰"である。
 通常の「生姜味付」缶と「味噌味」は、双璧である。
 そこに、「レモン味」「ケチャップ味」等などが加わる。
 「オリーブ油味」なるものまである。
 ただ、「カレー味」は、すぐに追い出された。

 同じ「味付け」缶や「味噌味」でも、メーカーによって微妙に味の変化が楽しめる。
 ふと振り返ってみると、いわしの缶詰は蒐集物になっている。
 どこに出かけても気になり、売っていそうな店を見つけると、立ち寄ってしまう。
 新しいものに出会えば、必ず買い求めるようになった。
 現在5缶以上あるものを数えてみたら、11種類が揃っている。
 そうそうたる顔ぶれである。
 わが家の災害時の非常食は、いわしの缶詰だ。

 先週、友人たちと居酒屋で酒を酌み交わしていると、
「最近、よく焼き魚を注文するようになったね」
といわれた。
 無意識に身体が他の魚を求めていると、心の中で苦笑いした。
 骨付きの"焼き魚派"に変わった理由を、友人たちは知らない。
 
 
 

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セミより海と会いたい

 
 すがすがしいというより、チョット湿気のある朝を迎えた。
 住んでいる処の西と北の地域は、連日豪雨と報じられているが、こちらではパラパラと降るだけで、煮え切らない日々が続いている。
 今日も、午後には雨が降るとの予報であるが、どうも怪しい。
 朝食を終えるころには、輝き射すような日差しになった。
 セミの声は、まったく聞こえない。
 夜通し鳴き続けたため、疲れて目覚めていないようだ。

「昨日は、一晩中、セミが鳴いていたね」
 返事がない。
 再び聞いてみると、
「鳴いていなかったよ」
「聞こえなかった」

と、やっと答えが返ってきた。
 疑問を挟む余地がない態度で、きっぱりと否定されると、こちらの自信が揺らいでくるものだ。

 食器を洗いながら、
「ドライブに行きたい?」
と声をかけると、一変して喜々とした顔となり、瞬時に、
「行きたい」
と、答えが返ってくる。
 予定していたから、お弁当もすぐに準備できる。
 おやつも用意してある。
 久しぶりの"ドライブの日"が、決まった。

 トイレにも、行った。
 おむつも、交換した。
「どれを着るの?」
「どのズボンが、いい?」
「靴下が、ない」
・・・・・・・・・・・・・

 出かける前の、いつものコースを辿って、すべて完了した。

 車に乗り込み、
「セミの声を聞きに行こう」
と、目的を告げる。
 反応がない。
「どこに行きい?」
「海に行きたい」
「日本海、太平洋?」
「日本海」
 何のことはない、いつもの会話である。
 "ドライブの日"は、久しぶりである。
 夏休み期間中は、混雑する海を避けていたから、海も久しぶりで、ご無沙汰している。

 来週は、診療のために帰省する。
 すでに田舎でセミの季節が終わっていても、向かっている途中で、きっと聞こえるだろう。
 セミとの出会いは、来週に取っておくことにした。

 決まった、
 小1時間で行ける太平洋側の"日本海"に、向かった。
 
 

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やっとセミが鳴く

 
 今週から、1年ぶりにセミの鳴き声を聞いた。
 昨夜も、夏の終わりを愛しむかのように鳴いていた。
 夜間でも明るいからか、一晩中、続いていた。
 8月中には、聞こえなかったと思う。
 猛暑のためなのか、理由は分からないが、確か鳴いていない。
 
 敷地内の公園からだが、14階なので、そんなにうるさくはない。
 ベランダでは、それなりの音を感じるが、室内では、ほど良い音量になっている。
 寝床では、奏でるような鳴き声として、かすかに耳に届く。
 公園は結構な広さがあり、三方に住宅棟が建っている。
 住んでいる棟はその中央にあり、正面が解放されていて、左右一列に3棟づつ並んで建っている。
 気のせいかも知れないが、セミの声が"やまびこ"のように反響し合い、快い音として聞こえてくる。

 目を閉じ、囁くような鳴き声を聞いていると、幼きころの情景が目に浮かぶ。
 真夏の太陽の中、セミのやかましく鳴く声が、聞こえてくる。
 都会の行き交う自動車の騒音にもまさる音量である。
 いま住んでいる所で聞こえてくる1種類の鳴き声ではなく、数種類のセミが、お互いに競って鳴いている。
 喧噪の中、休んでいる姿など思い起こせないほど、忙しく動いている元気だった母が、そこにいる。

 母は、戦争という時代に青春を過ごした。
 山国のためなのか、その前に終戦を迎えたためなのか、空襲は受けずに済んだ。
 いつ受けるかと、毎日それに備えていたという。
 受ければ大きな被害がでるのだが、 "今日は受けるかもしれない"、と毎日を過ごす生活は、大変な恐怖でもあり苦痛だったようだ。
 歴史は、勝ったものが、自分に都合よく作るという。
 でも、非戦闘員を無差別に爆撃し殺戮した罪は、いかなる理由をこじつけても許されるはずはなく、いずれ裁かれるだろうと呟いていた、
 戦後の食糧難の時代は田舎にいたから、都会のような塗炭の苦しみはなかったにしろ、大変な時代であった。
 やっと、自分のために人生を生きる時代を迎えた途端、認知症に捕えられた。

 セミは、幼虫として地中で6,7年、長いものは15年を過ごしてから、やっと明るい地上に出るそうだ。
 ちょうど、児童の夏休みの時期である。
 鳴いた瞬間、捕えられてしまうセミも、多かろう。
 運よく逃れられても、1,2週間で命を全うすると聞く。
 何やら、セミの生き様と重なり合い、無常を感じた。

 少し気温が下がってきたようなので、ベランダの戸を少し閉めに行った。
 セミの鳴き声とマッチした寝息が聞こえる。
 今日の"老人会"では、ボール投げがあったようで、運動による疲れが出たようだ。
 気持ち良さそうな寝息である。
 
 明日は、"ドライブの日"だ。
 まだまだ正気の部分は、いっぱい残っている。
 違うセミの鳴き声との出会いを求めて、探しに行こう。
 
 

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老人会が、また近くなった

 
 玄関の靴の位置が明らかに変わっていた。
 "夜のハイキング"に出かけようと、チャレンジしたようだ。
 最近は、ドアチェーンの外し方を忘れてしまったようで、昨夜も実際の被害はでなかった。
 物音には気付かなかったから、何度も何度も繰り返して、外そうとはしなかったのだろう。
 内側の鍵も開けた気配はないので、ドアチェーンだけでなく、鍵の開け閉めも、失念したようだ。

 デイサービスが大好きになってから、介護センターに向けて、幾度となく"夜のハイキング"が続いた。
 目的の場所は 400メートルほどの距離にあるので、年寄りの足でも 10分ほどで行ける。
 今までのチャレンジでは、行き着いたことはない。
 止むなく、最短距離での行き来をやめて、遠回りすることにした。
 介護センターの送迎にも、協力を求めた。
 あちこち回った後、最後の送迎者として送り届けられる。
 その結果、
  "歩いていくのは無理"
と悟ったようで、夜のハイキングも駐車場止まりとなった。
 さらに、ドアチェーンの外し方の失念で、さらに環境は好転した。

 そこで、送迎の際の遠回りを、1カ月前から変更してみた。
 初めは、約半分の距離に短縮した。
 問題は、まったく起こらなかった。
 今週から、大幅に短縮するルートを取ることにした。
 まず、介護センターから出る時は、まず反対方向に 100メートルほど向かう。
 方向感覚を失わせたのち、家路の方向にハンドルを向ける。
 大胆な、距離の短縮である。

 昨夜のチャレンジで、ちょっと心配になってきた。
 あまりにも単純な送迎ルートに変更したため、
  "歩いて行ける"
と思い直したとしたら大変だ。
 もし、
  "老人会は近いのでは"
と思ったのであれば、今までの努力が水の泡になってしまう。

 今日から、少し距離を伸ばそう。
 あちこちの角を曲って、方向だけは記憶できないようにしよう。
 ほんの短い時間ではあるが、会話を楽しむ時間でもあるし。
 
 

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