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2008年11月

夢の中が真っ赤に燃えた

 
 トントン、トンドン、・・・・・・・
 ドアを叩く音がする。
 軽くというより、撫でるような叩き方である。
 それでも、静寂の中では、確固たる意志を持った音量がある。
 枕もとの時計の針は、まだ夜中が始まったばかりを示している。
「どうしたの?」
「火事だよ」
 穏やかではない。
 飛び起きて、戸を開ける。

 燃えているような火の光りは見受けられないし、焦げ臭さなども、まったくしない。 
 本人の様子にも、火事という異常事態への緊迫感は見られない。
「どこ?」
「そと」
 いつものように外は、真っ暗闇になるのを阻止すべく、灯っている街灯の光しか見えない。
 第一、サイレンなどの音も聞こえない。
「どこ?」
「さっきまで、火事だった」
「どこが燃えていたの?」
「そと一面、真っ赤に燃えていた」
 理由が判明して、ホッとした。

 昨日の夕方、デイサービスから帰ってくるのを出迎えた。
 最近、送り届ける道順が短くなったのか、送る人数が減ったためなのか、待ち合わせ場所に着くのが、予定の時刻よりもずいぶん早くなっている。
 15分前だったが、やはり既に着いていて、介護センターの送迎バスがハザードランプを点滅させて待っていた。

 挨拶を済ませ、引き取り、50メートルほど公園内を歩く。
 久しぶりに、夕日が眩しかった。
 ちょうど正面に、まだ元気いっぱいの太陽が、目を開けていられないほど、眩しく目に突き刺さる。
「いい天気だね~」
「まぶしいね~」

 眩しそうに、両手で陽の光を遮っていた。
 そうしても防げないほど、強烈な夕焼けであった。

 室内に入り、居間のカーテンを開けると、直接 夕日は差し込まないものの、建物類を真っ赤に染めていた。
「真赤だね~」
「まるで燃えているみたいだね」

 ここ数日は日中に晴れていても、夕方には小雨が降ったり、降らないまでも曇りになっていた。
 気温もそんなに寒くないので、戸は閉めたまま、カーテンを閉めないでおいた。
 反射する深紅の夕日は、しばらく部屋いっぱいに満ちていた。

 強烈な夕日が、燃え盛る火と映ったのも止むを得まい。
 きっと、夢の世界では、まだ真っ赤に染まっているに違いない。
 日増しに寒さが増す時期、夢の世界は、暖かなようだ。
 
 

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ハイキングに遊びが加わる

 
 最近のトイレハイキングは、情景が変わった。
 1、2分毎に1時間半ほどの"長距離ハイキング"は影を潜め、
10分位の間隔を開けることが多くなった。
 寄る年波には勝てなくなった、と思いたいが、加齢による体力低下などは、微塵もない。
 何かが変わったのだが、その理由を推測できないでいる。

 思い当たるとすれば、7か月ぶりに抽選に当たって出かけたショートステイであろうか。
 希望というかお願いとして、2つを伝えた。
 1つ目は、適時に声をかけてもらって、できるだけ自分でトイレに行くようにしてほしい。
 もう1つは、昼の間には寝ないよう注意してほしい。
 この2つである。
 個室なので、いつでも好きな時に、自由に寝れるからである。

 帰宅する時の説明では、初日に7回もの"お漏らし"の介助をしたが、声かけを実施した結果、徐々に減ってきたという。
 最終日の日誌にも、4回と記入されている。
 トイレの介助ではなく、"お漏らし"なのである。
 半減したと評価することもできようが、効果は疑わしいと思いつつも、口には出さなかった。

 思い起こせば、トイレの中に、トイレットペーパーの"雪山"ができたのも、ショートステイから帰ってからである。
 1晩で消費されるトイレットペーパーも、格段に増えた。

 今晩こそ確認しようと思っていたところ、案の定、始まった。
 こちらの部屋のドアを少し開け、覗いてみる。
 トイレのドアは閉まっているので、中の様子は分からない。
 ただ、トイレットペーパーの回転する軽快な音が響いている。
 コロコロコロと、まだ続いている。
 やがて、水が流れる音とともに出てきた。
 こちらは、暗闇の中の隙間から見ている。
 気付いてはいない。

 10数回も続いただろうか、今度はドアが半開きになっていて、うかがい知ることが出来る。
 便座の前に腰を下ろし、慣れた手つきで、トイレットペーパーを両手に巻き取っている。
 糸を紡いでいる姿だ。
 巻き取った量に満足したのか、投げ捨て、水を流して出てきた。
 "本来の目的"のために、やって来たのではなかった。
 パジャマをおろす行動は、まったく見られなかった。
 出て行こうと思ったが、やめた。
 今までの行動パターンから推定すると、もう終わる頃である。

 もう1回、儀式が行われて、今夜のハイキングは終わった。

 しばらくして、トイレに入ってみた。
 トイレの中には、"雪山"はできていなかった。
 ちゃんと流されていた。
 新しい遊びにつきあわされ、身が細りきったトイレットペーパーの芯が、3個、寂しそうに転がっているだけだった。
 
 

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スイッチが壊れた

 
 カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、・・・・・・・・

 聞きなれない連続した音が、静寂の中から聞こえている。
 それも、リズミカルに続いている。
 いつもの、"トイレハイキング"の音ではない。
 寒い季節を迎えたので、ドアは閉めてあるから、聞こえてくる音は小さいが、一度、気になると、何なのか知りたくなるものだ。
 耳をそばたてる。
 電気のスイッチの音のようだ。

 そーっと少しドアを開け、隙間から覗いてみると、暗闇の中でトイレのスイッチを、入れたり切ったりしている。
 後ろ姿であるから、どのような顔でチャレンジしているのかは、はっきりとは分からない。
 何度も何度も、繰り返している。
 止みそうもないので、ドアを開ける。
「電気が消えない」
「何回やっても、消えない」

と言いながら、スイッチの切り替えを続けている。

 室内すべてのスイッチは、使わない時に"緑色"のLEDが灯っていて、電灯を点けると"ピンクに近い赤色"に変わる。
 形は、ほぼ同じである。
 ところが、トイレの入口だけはスイッチが2つ付いており、電灯を点けるスイッチの上に、まったく同じ形の排風機のスイッチがある。
 排風機のスイッチだけは、スイッチを押して止めようとしても、すぐには"緑色"にならない。
 しばらく換気を続け、一定の時間がたつと止まり、"緑色"になるようになっている。
 今晩から変わったのでもなく、入居当時からそうなっている。

「スイッチが、消えない」
 "緑色"にならないからと、スイッチをくりかえしている。
 大丈夫だからと、寝室に戻るように促す。
 即座に、帰っていく。

 いつも点けっ放しにしているのに、今夜は消そうとしていた。
 トイレや風呂場のスイッチは、消される方が少ない。
 一晩中、こうこうと点いているのが常なのに、である。
 テレビも点いたまま、無頓着の時も多い。
 今日だけは、何としても、"緑色"にしようとしたのだ。
 不思議な真夜中だ。

 原因らしきことは、すぐに納得できた。
 居間やキッチンなど、あちこちに常夜灯がついている。
 トイレに一番近い常夜灯を、点けるのを忘れていた。
 いつもより暗かったから、ほのかなLEDの灯りでも、気になって仕方がなかったのだろう。

 3か月ほど前なら、もう夜明けの時刻である。
 早い一日が始まった。
 
 

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老人会にも好き嫌いがある

 
 いつもと変わらない朝を迎え、代わり映えのない朝食も終えた。
 デイサービスに出かける時刻になる。
 いつものように、機械的に、着替えるように促す。

「老人会には行かないよ」
 思いがけない発言に、耳を疑った。
 今では、"老人会"だけが生きがいである。
 寝ている時以外は、"老人会"のことだけの世界で生きている。
 真夜中でも、隙あらば行こうとチャレンジする。
 日曜日のため休みで行けないと認識すると、すぐに寝室に入ってしまい、寝てしまう。
 何度注意しても、止めることなど出来なくなっている。
 その"老人会"に行かないと言う。
 なにが起きたのか、驚天動地の大事件である。

「老人会に行かないの?」
「行かない」
「何で行かないの?」
「変な人ばかりだから」
「変な人から離れていれば」
「すぐに寄ってくる」
「じゃ、家にいる?」
「家にいる」
 行かないとの意思は固そうだ。
 昨日、施設内で何かがあったのだろうか。
 些細な事でも連絡してくれるのに、何も言っていなかった。

「本当に行かないの?」
「行かない」
 中止はしかたないにしても、身体でも具合が悪いのだろうか。
 見た目は、いつもと同じく元気に満ちあふれている。
 デイサービスのキャンセルは、前の日に連絡しなければならないことになっている。
 当日のキャンセルは、料金を取られるだけのことではあるが。
 今の意志の固さでは、中止の連絡をせざるを得ないだろう。
 連絡することにしたが、再度、聞いてみた。
「お泊りの"老人会"には、行かない」

 何やら、ショートステイと間違えているようだ。
 先々週、7ヵ月ぶりのショートステイに行って来た。
 滞在していた間の出来事を、施設の職員が説明してくれた中に、"帰りたがっていた"と言うのがあった。
 その記憶が蘇ったのだ。
 唯一の生き甲斐になっているデイサービスでも、初めて参加した日の翌日には、
「二度と行かない」
と言って、1ヵ月ほど行こうとはしなかった。
 7ヵ月ぶりのショートステイでは、記憶も消え去り、初回と同じであろうし、職員も含めて友達など出来るはずもない。
 見知らぬ世界に入れられたように感じたのだろう。

「お泊りの"老人会"じゃないよ」
「いつもの"老人会"だよ」

 理解したようだ。
「行く」
 一転、満面の笑みを浮かべて、着替えに入った。
 
 

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夜のドライブは楽しい(3)

 
 地名は、田舎に変わった。
 順調すぎて、まだ夜が明ける気配もない。
 小高い山を迂回している国道に別れを告げ、山頂を経由する県道を選んだ。
 このルートの下りは、田舎を一望できる場所が続く。
 無性に夜景が見たくなったのである。

 子どもの頃は、家に車などなかったし、夜、山に登って夜景を見るなど想像もしなかった。
 やがて車を持つようになり、ヒマにあかせて山に登ったときの感動が、よみがえってきたからである。
 その頃は、人が通るだけの山道だった。
 いつの間にか山頂まで続く舗装された道が造られ、そのあと反対側にある湖まで通じるようになった。
 いくら道路が良くなったといっても、幹線ではない。
 夜明け前に、ただ夜景を見るために登ってくる"物好き"はいないらしく、1台の車とも出会わない。
 夏場には、若いカップルらしき車があちこちに見かけ、それなりに賑わうのだが、冬を迎えるこの時期だからか、だれもいない。

 枯葉を踏みしめながら、快調なエンジン音が続いている。
 電灯など、まったく設置されていない。
 真っ暗闇の中、ライトが前方をまばゆいばかりに照らす。
 その方向の景色だけ、暗闇の中に湧き出る。
 現れた景色は、すぐさま後ろの暗闇に吸い込まれる。
 一幅の絵画が、現れては消える。
 ライトの灯りだけが頼りのため鮮やかさはないが、光の届く範囲の草木だけが暗黒に輝く。

 こちらの道では、動物と出会わない。
 気温も違うようだが、市街地に隣接している山である。
 大きな動物など、人さまの騒音や雑踏などでうるさくて、住めないのであろうか。
 鳴き声なども、まったく聞こえない。

 頂上に着いた。
 公営のレストランの入口が閉まっていて、駐車場にも入れないのだが、不思議なことに一筋の光さえ見えない。
 自動販売機があるのだが、その光さえ見えない。
 すぐ下にある、昔、太閤秀吉が評定のため野営したと伝えられる場所近くにも車はない。
 この山頂からは、後ろには大きな湖が望め、前方には広大な田園風景が一望できるのであるが、今はまったくの暗闇である。
 もう一つ小さな山と生茂る木々のため、市街地の灯りはここでは見えないからだ。
 下りに入る。
 もうすぐ、右に左に、次から次からへと夜景が現れる絶好の場所に至るはすである。

 見えた。
 1台の車とも出会っていない。
 もし来たとしても、この暗闇ではすぐに分かるだろう。
 路肩に車を止め、ライトを消し、カーナビの画面も消した。
 遠くに、小さな光の点が、いっぱい見える。
 まばゆいばかりの都会のとは違い、温かみが伝わる夜景である。
 ケバケバしさなどなく、しっとりとしている。

「きれいだね」
 助手席からも、感嘆の声があがる。
 そして、
「いっぱいの"お星さま"、きれいだね」
     。
 "眼下"に広がる"星空"を、しばらく眺めていた。
 夜明けを迎えるまで。
 
 

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夜のドライブは楽しい(2)

 
 暗闇の中、何やら動物らしきものが、前方を横切る。
「犬だ」
「犬が、いたよ」
・・・・・・・・・・・・・

 犬ではあるまい。
 どう見ても、犬の走り方ではない。
 タヌキか、キツネか、そのような類であろうが、一瞬のことなので判別できない。
「あっ、またいた」
「また犬がいた」
・・・・・・・・・・・・・

 5、6回ほど続く。
 中には恥ずかしがり屋もいるようで、脇道の草むらから眼だけ光を反射させ、こちらを観察している何かがいる。 
 夜中でも休みなく、いろいろな動物が活動しているようだ。
 ぶつけないように、轢かないように、そして出来るだけ邪魔をしないように、気を使って注意深く進む。
 観察したい気持ちもあるので、極端にスピードを落とすが、あっという間に相手が駆け抜けるから、何の動物か同定出来ないでいる。

 やがて、暗闇の中に、今までにない大きい光り輝くものが見える。
 鹿だ。  
 こちらを見ていたが、近づくと、道路脇の茂みに消え去った。
 やがて、ライトの光を反射する多くの点が現れる。
 家族連れの鹿だ。
 反対側の車線に、たむろしていて、こちらが近づいても逃げない。
 せっかくの団らんを邪魔したようで、お詫びの印としてスピードを落とし、そろりと脇を通り過ぎる。
 6、7頭はいただろうか、大所帯であった。
 慣れているからか、車は危害を加えないと思っているのか、危険とは感じなかったようで、驚いた様子もなかった。
 
 思わぬ出会いのプレゼントに感動していると、とても大きな鹿が、車が向かう方向に歩いている。
 逃げようともしない。
 近づくと、首だけこちらに回して、不思議そうな顔を向ける。
「なんで、こんな真夜中に走っているの?」
といっているようである。
「鹿だ」
「鹿だよ」
・・・・・・・・
 大興奮である。
 大きな角を持った牡鹿に出会って、やっと鹿と認めた。
 角がなければ、鹿とは認められないのだ。

 この地区では、サルの害が有名であるが、鹿の害もよく聞く。
 店や、観光客、買い物から帰る人などから、食べ物を勝手気ままにを強奪する猿の悪行は、しょっちゅう報じられている。
 それに反して鹿は、夜行性で日の出と共に山へ帰るためか、傍若無人振りは報じられないが、畑の収穫物を荒らし、野菜の若芽を食べてしまうなど被害は大変だと聞く。
 子どもの頃の田舎では、クマの出没はしょっちゅう聞いていたが、鹿の話は聞いた記憶はない。
 今でもクマは、時おり騒がせている。
 鹿は、見た記憶もない。

 夜中に一人の時は運転することはあっても幹線の道路を走るし、夜中にこの峠を走ったこともないから、暗闇の中の鹿を見たのは、生まれて初めてである。
 満ちあふれた感動は、しばらく車中から消えなかった。
 
 

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夜のドライブは楽しい

 
 今日の"夜のハイキング"は、いつもより早くから始まった。
 夕方から寝ているから、睡眠は充分である。
 気力も充実しているようだ。
 徘徊をやめさせることは、難しかろう。

 ずいぶん陽が短くなってきている。
 いつもの時刻に出発しても、お天道様はまだお休みであろう。
 同じ暗闇ならと、さっそく診療帰省に向かうことにした。
 真夜中の出発は、初めてである。
 老体には良くないだろうし、中途半端な時刻に着いてしまうから、今まで真夜中に出発したことは、一度もない。

 着替えを促す。
 トイレも済ませ、紙おむつも交換した。
 外に出ると、さすがに立冬、肌寒い。
 すかさず、車に乗り込む。
 エンジンをかけると、カーナビの画面が光りだす。
 すぐさま、今日の日付と曜日を知らせる音声が流れる。
 助手席では、カーナビ麗人と会話がはじまっている。
 昼間モードの光に浮かぶ顔は、元気に輝いている。
 スタートすると、カーナビ麗人の案内が始まる。
 楽しそうに会話を楽しんでいる。

 一般人の行動する時刻は、とうに過ぎており、快調に進む。
 高速道路を使うと、3時間半ほどのドライブである。
 このまま走ると、夜明け前に着いてしまう。
 さらに助手席の乗客は、眠気など持ち合わせていないかのように元気いっぱいであるが、高速に入った途端、カーナビ麗人の説明も激減して、つまらなそうである。
 時間も、充分すぎるほど、余っている。
 日ごろ、通らない峠を通ることにした。
 田舎まで、ちょうど中間あたりの地点で、高速をおりた。
 連続している温泉街を過ぎると、街灯が極端に減ってくる。
 少し遠回りしようと、真っ暗やみの世界にハンドルを切った。
 夜明けには、素敵な風景を楽しめる場所に着けるだろう。
 車が来る様子が、まったくなくなった。
 風もなく、静寂な空間に、エンジン音が心地よく響く。
 暗闇の中を、右に左に快走する。
 この辺りも素晴らしく紅葉しているのであろうが、ライトの明かりだけでは、見事さを演出することはできない。
 一本道では、カーナビ麗人の出番もなくなった。
 こうなったら楽しみは、食べることだけである。
 食料、というより菓子類は、充分すぎるほど積んできた。
 その中でも、美味しそうなものから、手を出す。
「美味しいね」
 真夜中のドライブに、ご満悦である。

 母と真夜中に走るのは、初めてである。
 年が年でもあるから心配したが、取り越し苦労だったようだ。
 
 

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夢の世界に初雪が舞った

 
 夜半、ドアを叩いている。
 最近は、ドアチェーンの外し方を忘却したため、室内での"ハイキング"が中心になっている。
 トイレや浴室へのハイキングを、繰り返す。
 こちらの部屋の前には、書籍の詰まった段ボールが積まれ、堅固な砦となっているため、しばらく訪れてこなかった。
 久しぶりの訪問である。

 何やら呟いているが、よく聞こえない。
 難攻不落の砦越しであるから、叩く音には力が入らないのか、そんなにうるさくはない。
 さらに、ドアが開かないように、つっかえ棒をしてある。
 侵入される心配は、まったくない。
 しばらく、無視していた。

 止む様子はなさそうである。 
 ドア越しに、耳を傾ける。
「雪が降っているよ」
「大雪だよ」
「いっぱい降っているよ」
・・・・・・・・・・・

 意外なことを言っている。
 予報では、今日の夜半も天気が良いと報じていたはずである。
 気温も、そんなに低くはない。

 介護生活に入って、もう1年半が過ぎた。
 徐々にではあるが、経験も積んできている。
 すぐに推察できた。
 昨夜、田舎よりもっと北にある札幌で、初雪が降ったそうだ。
 大粒の雪が舞っている映像が、結構な時間流れていた。
 その画面を食い入るように見ていたから、脳のフイルムに焼きつけられてしまったのだろう。

 ドアを開ける。
 緊迫した顔はしていない。
 むしろ楽しそうな顔をしている。
 居間に連れていく。
 現在、何が起きても不思議ではない世界に生きているから、一応、ベランダから外を眺めた。
 当然、異常はない。

 話しを聞く。
 枕もとに、雪が降ったと、教え子が押し掛けてきた。
 みんなで、雪の中を走り回った。
 大きな牡丹雪が、どんどん降ってきた。
 みんなの頭の髪の毛にも、積もっていく。
 "おしくらまんじゅう"もした。
 楽しかった。
 ・・・・・・・・・・・・・・・
 喜々として、解説は続く。

 田舎は、雪国である。
 たまに雪国に行くのと違って、実際にその地に住む者にとっては、雪との戦いである。
 それが、1年の4分の1も続く。
 温暖化の影響なのか、子どもの頃とは比較にならないほど、積雪は少なくなった。
 それでも、2か月ほど戦いは、今でも続く。
 しかし、雪国の人は、楽しむ術を持っている。
 初雪は、すべてを覆い尽くし、見事なまでの銀世界を描き出す。
 家族は暖房の周りに参集して、語りを楽しむ。
 積雪が始まると、静寂さのプレゼントもある。
 すべての音も雪に吸収され、自分の寝息すら消え去る気がする。
 やがてやってくる春。
 雪解けと同時に、すべてが一瞬に芽生える。
 希望に満ちあふれたあの感覚は、雪国以外では味わえない。

 父が亡くなり母を引き取ってから、雪の季節の帰省はやめた。
 そうだ。
 雪国の雪の季節は、もう10年近く見ていないのだ。
 今年は、根雪が始まる頃、久しぶりに田舎を訪ねてみよう。
 
 

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連休は、あっという間

 
 テレビのトピックスで、3連休が報じられている。
 紅葉が見ごろを迎えているとか、秋の収穫祭りで大にぎわいだとか、果物狩りでの微笑ましい親子連れなど様々な笑顔を伝えている。
 説明しているアナウンサーは、少し前に株価大暴落で企業の大幅な減益など、不景気感をあおるニュースを話していた。
 対象的なシーンが同居していて、不思議な気持ちがする。

 土曜日も、デイサービスに行くようになって久しい。
 よって、わが家に3連休はない。
 土曜日は、送ってくれた職員たちに、いつもより長く別れの挨拶をおこない、喜々として帰ってきた。

 翌日、わが家の2連休の初日を迎えた。
 日曜日の朝食後には、
「今日は、老人会に行けないのだ」
と思った瞬間、寝室に消えた。
 最近のパターンである。
 最初のころは、起きているように促していたものだが、"いたちごっこ"のようになってしまう。
 布団がなければ寝ないだろうと考え、物干しに干してみたが、無駄であった。 掛け布団を敷いて寝ていたこともあったし、両方干すと、夏布団や毛布を敷いて寝てしまう。
 何せ、こちらよりも相手は、人生経験が豊富なのである。
 勝ち目など、あろうはずもない。
 最近では面倒になり、流れに任せている。
 昼食と夕食の時に顔を合わせるだけで、一日が過ぎた。

 文化の日の朝が、やってきた。
 祭日とはいえ、代わり映えのしない朝である。
 数回の声かけで、無言のまま起きてきた。
 座ると同時に、エプロンをかけ、食事を待っている。
 食事の準備をしている後ろで、不可解なことをつぶやいている。
「今日は、雨だね」
「どしゃ降りだよ」

 振り返ってみると、テレビの画面の中は、どしゃ降りだった。
 以前に起きた災害の映像を流しているようだ。
 ベランダからは、強いとまでは言えないが、薄日が射していた。

 食事を終えるころ、
「今日は、良い天気だね」
「美味しそうなリンゴだね」

 昨日の行楽地の賑わいを放映している。
 半年くらい前の、
「今日は、良い天気だね」
は、ドライブに出かけようと催促する謎かけであった。
 今日の言葉には、その意味合いはなさそうである。

 天気は、まずまずである。
 大好きな海辺に夏場の混雑は、もうあるまい。
「ドライブに行く?」
「行く」
 決まった。

「どこに行く?」
「海」
「太平洋?、日本海?」
「日本海」
 穏やかな海は太平洋、波のある海が日本海なのである。
 波が見たくなったのだ、
 トイレも済ませた。
 紙おむつも交換した。
 波のある日本海を目指して、太平洋に向かった。
 湾は歩いてもいけるが、日本有数の海辺にも、高速道路を乗り継げば小一時間で着ける。
 いつもより出発の時刻が遅いので、ガラガラというほどでもないが、スイスイ走れる。
 着いた。
 窓を開ける。
 車内より冷えた空気が入ってくる。
 冷たいほどではない。
 ふと、臭いがする。
 "お漏らし"をしたようだ。
 トイレに行ってから出かけたはずなのに、想定外である。
 数枚の紙おむつを積み込み、""の対策は完璧だったのに、着替えは持って来なかった。
 海辺の砂浜に別れを告げ、ハンドルを自宅の方に向けた。
 
 

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