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来年の"牛"を作った

 
 介護センターの入口の正面から、十五夜の月さまが消えて、クリスマスツリーが設置された。
 お月さまに添えられていたススキの穂は、小さな花瓶に入ったまま、そのまま飾られている。
 ツリーは、七夕の笹竹と比べて、ずいぶん小さい。
 願い事を書いた短冊などは吊るさないのだろうから、これくらいの大きさで十分なのだろう。
 もう二十日ほどで、クリスマス。
 そして、すぐに新年を迎える。
 
 昨夜、デイサービスから戻ってから、同じことを語っている。
「老人会で、牛を作ったよ」
「大っきいのと、小っちゃいの」
「来年は、丑年だって」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 朝食の時だけでも、10回は繰り返していた。
 目がきらきら輝いているから、いつもと違う作業なのか、よほど気にいった何かがあったのだろう。

 田舎には、生まれ年の干支によって、守護してくれる"守り本尊"が定められている。
 "守護仏"とも呼ばれる。
 自分の"守り本尊"を本尊としている寺院に参拝し、御守御札を求め、身に付けたり、床の間などに祀り願う。
 干支によって、虚空蔵菩薩だったり、観音菩薩、文殊菩薩、普賢菩薩、勢至菩薩、大日如来、不動明王、阿弥陀如来だったりと決められている。

 子供の頃は、まったく興味がなかった。
 兄弟とも別々であるから、家族そろって出かけるわけでもないので楽しいはずもなく、あまり思い出としても残っていない。
 縁日に訪れたとも、記憶していない。
 ただ、神棚には、各人のお札があった。
 大半が寺院なのに、祀ってあったのは神棚だった。
 細かいことを言わないのが田舎なのだろうが、不思議である。
 昔ほどではないにしろ、田舎に住む人々の間では、今でも引き継がれている。

 田舎に帰るたびに墓参りはしているものの、"守り本尊"にはご無沙汰している。
 次回の診療帰省には、久しぶりに訪ねてみよう。
 干支最後の「亥」だから、阿弥陀如来だったはずだ。
 迎える86歳の年を、楽しく、無事に過ごせるように。
 
 

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