« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »

2009年3月

花より、だんご

 
 朝食の最中に、聞いてみた。
「ドライブに、行く?」
「行きたい」
 即座に、元気な答えが返って来た。

 先々週、診療のために帰省した。
 春の息吹を多少は感じたが、春の景色ではなかった。
 先週は、どこにも出かけていない。
 1か月ほど前に、菜の花を訪ねようと向かったが、"お漏らし"のため途中で引き返した。
 再度、訪ねることにした。

 急いで食事の後始末に入る。
 後ろの方から、ふすまの閉まる音が聞こえた。
 着替えをしようとしているのだろうか。
 すでに一人では、満足に着替えられない。
 大好きな"老人会"に向かおうと、真夜中に着替えはするが、だいたいは重ね着である。

 食器洗いが終わり、声をかける。
 やはり、"お休み"に入っているようだ。
 大好きな"ドライブの日"に行こうとする記憶が、数10分も保持できなくなったのだろうか。
 それとも、楽しい"夢の中の友だち"が呼びに来たのだろうか。
 いずれにしても、ふとんの中に入ってしまっている。

 再び声をかければ、喜々として起きてくるだろうが、面倒くさくもなってきた。
 休日の有料道路の料金が1千円とかで、各道路やサービスエリアが大混雑しているとニュースで伝えているのを思い出したからだ。
 いつもより、スタート時刻も遅くなっている。
 小1時間もすれば、おやつの時間になる。
 近くのサクラを訪ねることにした。
 すでに開花しているサクラだが、その後の気温の低下で、満開は遅れている。

 おやつの時間になった。
 声をかけた。
「ドライブに、行く?」
「行く」
 おやつは車中で楽しむことにして、着替えをさせる。

 さあ、花見だ。
 お菓子をたずさえ、駐車場に向かう。
 花見だから、だんごが欲しくなった。
 コンビニに寄ると、目的の物がものの見事に揃っている。
 目移りするほどである。

 近くには、大きな川が、いくつもある。
 公園も、数多くある。
 駐車場を備えている所は少ないが、こちらはサクラの下で宴会を行おうとしているのではない。
 サクラの見える近くで、ちょっとの間、花見を楽しもうとするだけだから、場所には困らない。
 あちこちのサクラは、ほとんどが2、3分咲きのようだ。
 満開のサクラを見つけた。
 道もそれなりに広いし、行き交う車も、ほとんどない。
 ここに決めた、
 車中からの花見が始まった。

「おだんごは、美味しいね」
 食べ物の話しは出るものの、花を愛でる言葉は、最後まで聞かれなかった。
 "花よりだんご"の言葉そのものの花見は、しばらく続いた。
 
 

| コメント (0) | トラックバック (0)

もう暗闇は、こわくない

 
 子どもの頃、"夜の暗闇"は怖かった。
 大通りの商店街まで、200メートルほどの距離がある。
 家の前の橋を渡ると、両脇に田んぼが広がる。
 その先には、ちょうど中間のところに神社がある。
 向かいに測候所があり、ここから大通りまでは人家は続くものの、夜間には人影などない。
 神社脇の電柱に、1個の灯りがあるだけだった。
 お使いの買い物に行く時は、暗闇がとても怖かった。
 ほとんどが、父の酒の買い出しであった。
 酒屋は遠い親戚で、いつもお菓子をもらえたので、買いに出かけるのは楽しみだったのだが、帰りの怖さはさらに増す。
 路上は暗闇に覆われ、時おり、行き交う人が突然に現れ、びっくりする。
 走ると、何かが追いかけてくるような気がするから、脇目も振らず、まっすく前を向いて、早足で突き進む。
 振り向くと、何かに呼びとめられるような気もした。
 100メートルほどの暗黒なのだが、長くて遠かった。

 大人になるにつれ、怖いというか、恐怖感はなくなった。
 好いた女性との夜のデートの時など、恐怖などあるはずもない。
 むしろ、他人の目を消してくれる暗闇は、楽園に変わっていた。
 田舎を出て、都会に職を得てから、いつしか田舎に向うのが、仕事が終わった時刻になった。
 少しでも、過ごす時間を増やしたかったためでもある。
 真夜中に着いて皆に迷惑をかけないように、時間調整のため途中で仮眠する。
 山間では新月の時など、見事な暗闇なのだが、怖いとは思ったことはない。
 山道を歩くのであれば、恐怖感も湧いてくるのであろうが、車の中という安心感がそうさせないのかもしれない。
 暗闇の恐怖と"おさらば"して、ずいぶん経つ。

 その代りに、介護に関する恐怖が、新たに生まれた。
 ちょっと前までは、火事が怖かった。
 今では食事の準備はおろか、台所に立つことなど全くしなくなったから、その恐怖は消えた。
 水道の出しっぱなしによる水害の恐怖は、今でも残っている。
 一時は、出かける際には、元栓を閉めた。
 のど渇きや、水洗トイレなどの問題もあり、現在は、やめている。
 階下への水漏れ保険を充分に掛け、問題が生じても、対応できるようにした。
 認知症の更なる進行による、今後のさらに難しい介護生活になるだろうとの恐怖も消えてはいない。

 新たな恐怖が芽吹き、徐々にではあるが、増殖を始めている。
 還暦を過ぎているこちらが、先に逝くことである。
 「親死ね、子死ね、孫死ね」という言葉がある。
 この世と順序良く"おさらば"することが一番幸せであって、順番が狂うと不幸だとの教えだそうだ。
 最近は、なるほど"ありがたい言葉"なのだと、納得できるようになった。

 もう1人、暗闇の恐怖と"おさらば"した人がいる。
 真夜中の活動は、凄まじい。
 今日も大好きな"老人会"から帰って、お菓子を食べて、すぐに"夢の世界"で遊んでいる。
 真夜中の活動のため、エネルギーも充電している。

 難しいことはさておいて、夕食の時刻である。
 さあ、呼び起こそう。
 
 

| コメント (0) | トラックバック (0)

もうすぐサクラの季節

 
 デイサービスに向う途中の土手に、1本のサクラの木がある。
 一昨日、ほころび始めた。
 昨日は、間違いなく開花していた。
 遠目でも、開花がはっきり分かった。
 気象庁の開花宣言の前であるが、早咲きのサクラは、あちこちで咲き始めていると聞く。

 ここ数日、例年にない暖かさである。
 3月なのに全国各地で、25℃の夏日を記録しているという。
 どのくらい咲いたろうか、と楽しみにしていたが、そのサクラ木は、すでに散り始めていた。
 満開のあでやかな姿を披露することもなく、薄黄緑色をした新芽が顔を出し、早や葉桜である。
 周りの草むらは、白っぽい花びらで埋め尽くされている。
 運悪く、コンクリートに着地した花びらは、春風をまともに受け、渦を巻いて舞っている。

 住まいの公園のサクラは、まだ開花していない。
 ベランダから眺めながら花見ができるほどの本数はそろっているのだが、それらしき気配は感じられない。

 助手席の住人は、まったく気付いていない。
 どのくらい咲いた時に気付くのかを楽しみにしていたが、知られることもなく、散ってしまいそうである。
 都会の雑踏の中、たった1本だけのサクラの樹では、サクラと認めないのかも知れない。

 田舎では、サクラの名所は数多くある。
 開花に合わせて、夜間だけライトアップされる場所も多い。
 そして、地元だけでなく、大勢の観光客で賑わう。
 花見の宴会は、家族ぐるみで昼に行われる。
 子供も大人も楽しみにしている行事だけでなく、春を迎えた喜びを感じる大事な行事のひとつでもある。
 昔は、長く厳しかった冬を乗り越え、息吹きの季節を迎えることができた喜びが加わっていたように感じた。
 最近の便利な器具をそろえた花見もそれなりに楽しいが、昔の方が趣があったように感じるのは歳のせいだろうか。

 30数年まえに、何かを記念してサクラの苗木を植えた。
 "屋敷内にはサクラは植えない"との古来からの教えに反して、大きくならない八重桜ならよかろうと家族全員で合意した。
 青空市で買い求めた苗木は、まもなく驚異的なスピードで成長し、見事な花を咲かせた。
 ふつうのソメイヨシノだった。
 その後も成長の速度は衰えず、昔からの住人である他の木々に悪影響を与えるにいたって、ついに切り倒された。
 それ以来、屋敷内にサクラが植えられることはなかった。

 少し前までは、サクラの季節を迎えると話題になったものだが、今では話すこともなくなった。
 それでも、満開のサクラの並木を直に見ると、
「美しいね」
「きれいだね」

と感動はする。

 帰省の時に、満開のサクラと出会える楽しみが加わる季節が、今年も忘れずにやって来た。

| コメント (0) | トラックバック (0)

今年初の診療帰省(2)

 
 メンタルケアの診療、主治医の診療、近所への挨拶、サイクル的に訪問しようとした親戚など、予定はだいたい終わった。
 いつもと違うスケジュールをこなしに、ハンドルを向ける。

 昨年の文化の日に、叔父が勲章を授与とのことで、新年早々、宴席の招待状が来た。
 案内状に瑞宝単光章を受章と書いてあったが、専業の農業の他に、様々な活動をしていたので、それらが評価されたのだろう。
 お祝いの席の日にちは、真冬の"真っ最中"であった。
 さらに、冬が昔より暖かくなってはいるが、スキー場で有名な地区であり、車で訪れる勇気はない。
 1か月前の抽選で、当たるか当たらないかのショートステイなど、緊急時には、とても頼りにならない。
 よって、お祝いの品を贈ったものの、出席は辞退した。

 母の妹が嫁いだ旦那さんであるから、お互い"いい年"である。 
 義理の叔父も叔母も元気であるし、母も身体だけは医者が太鼓判を押すほど元気であるから、急ぐこともないのだが、"夢の世界"に行ったり来たりしている母である。
 お祝いの言葉を伝えるとの名目で、訪ねることにした。
 すでに隠居している叔父、叔母は、留守番役で常に在宅しており、いつも連絡なしで訪れている。
 
 30キロほど距離があるので、ドライブも楽しむことにした。
 最近の田舎は、道路が良く整備されている。
 幹線である国道に沿って、何本もの県道が新設、もしくは拡張し整備され、国道よりも走りやすい。
 用意したお菓子にも飽きたころ、コンビニでアイスを買い求め、車中で楽しむ。
「アイスクリーム、美味しいね」
 暖房のきいた車中での冷菓は、確かに美味しい。
 次に、串カツ風の鳥のから揚げを、買い求める。
「焼き鳥は、美味しいね」
 こちらも、美味である。
 風景には興味がなさそうだが、食べ物には反応している。
 風景は寝雪が消えたばかりの田んぼだし、裏道のためか、看板なども少なく、"読む文字"がないから、つまらなさそうである。

 陽の光が、雲に遮られる。
 間もなく、雪がチラついてきた。
 "午後から寒気が入ってくる"との予報が当たったようだ。
 車の液晶パネルは、外気温8℃を示している。
 路面温度は、もっと高いはずだから、積雪の心配はない。
 暖かい車中から眺める雪の舞いは、実に美しい。
 童心にかえり、心の中で"もっと降れ"と願う。
 願いが叶ったのか一時はボタン雪が舞い降りたが、春の季節には抗しきれなかったようで、すぐに小雪に変わった。

 あっという間に、目的地に近づいた。
 妹の家とは分かったようだが、妹の名前は違っていた。
 路地の角をまわると、門が見えた。
 同時に、車内に異臭が漂い始めた。
 "大"の、"お漏らし"だ。

 訪ねることを事前に連絡しておいたわけでもないし、姉としての威厳を損ねる必要もあるまい。
 訪問を中止することにした。
 目的地を通り過ぎ、次の十字路で車を反転させる。
 再度、通り過ぎるころ。角を曲って来た車が途中で止まり、運転席のウインドウを開ける。
 甥だ。
 "次に予定している約束の時刻に間に合わないから"、"時間がないから"との苦しい言い訳をする。
 持ってきた手土産を渡し、後ろ髪を引かれながら、しつこい誘いを振り切って、車を発進させた。
 角を曲がりきるまで、不思議そうな甥の顔がバックミラーに映っていた。

 取りあえず、母の名誉は守った。
 
 

| コメント (0) | トラックバック (0)

今年初の診療帰省

 
 出発の時刻を知らせる目覚まし音が鳴り響く。
 春を迎える季節ではあるが、夜明けには間がある。
 まだ暗い。
 出かける準備は、昨夜に済ませてある。
 親戚、知人への手土産も、買いそろえた。
 声をかけ、着替えるように促す。
 ここ数年、積雪と凍結が心配の冬季には、帰省をやめた。
 久しぶりというより、今年初の診療のための帰省である。

 外は思ったほど寒くはない。
 昨夜の天気予報では、"南風が吹き込み不安的な気候だが暖かい"、といっていた。
 強風の中、小粒の雨も降っている。
 これも、予想が当たっている。

 高速道は、比較的すいていた。
 "横風と降雨によるスリップ注意"の文字は電光板に出ているが、渋滞に関する表示はない。
 予定通りに、到着できそうである。

「きれいだねー」
「高い建物が、いっぱい並んでいる」
「すごく高いねー」
「はじめて見た」
「あら、あそこにも」
「きれいだねー」
「こっちにも」
・・・・・・
・・・・
 助手席からは、感嘆の声が聞こえる。
 地上より高い位置を走る道路からは、並行して川が流れており、水面に光が映っている。
 ワイパーの動きによって、夜景が現れては消える。
 幻想的ではあるが、見慣れた夜景である。

 ふと気付く。
 同じ夜景でも、夜明けの夜景は、清々しい光景だ。
 マンションの各階の通路を照らす光が規則正しく並び、無機質で幾何学的な文様が、静かな美しさを浮き出している。
 赤、青、緑、ピンク、黄色などのきらびやかな光を放つ"夜の夜景"とは、明らかに違う。
 ケバケバしい色が付いていない分、ガラスに付着した丸い水滴が、虹色の水玉になって、様々な色を補完している。
 
 老人会と称しているデイサービスが大好きになってから、"ドライブの日"が激減した。
 出かけたとしても、暗くなる前に家に着くようにしている。
 夜景は、今年初めて見るのだ。
 診療のための帰省も、3カ月ぶりである。
 忘れてしまっているのも、納得である。

 まもなく、郊外に出る。
 美しく輝く風景とも、お別れした。
 
 

| コメント (0) | トラックバック (0)

暗闇で、もがく(2)

 
 いつも、電灯を点けたがる。
 昼間の晴天で、強い日差しが入ろうとも、常に電灯を点ける。
 外出から帰ると、何をさておいても、最初の行動である。
 何度も"交渉"した結果、常夜灯だけは妥協することにした。
 外出している時には、チェックのしようがないので、蛍光灯も灯されているようだ。
 帰宅すると、トイレや風呂場、洗濯場などすべての電灯が、こうこうと点いているのも、珍しくはない。
 それほど、灯りが大好きなのである。

 大好きな灯りが、ひとつも灯されていないのだ。
 各自の部屋に引き揚げた時には、間違いなく常夜灯は点けた。
 なぜ、大好きな灯りを、消したのだろうか。
 ルートからして、まず台所を消し、居間を消し、自分の部屋を消したのだろう。
 そう考えないと、寝室にいる訳がないと思うからである。
 この暗闇の中、逆では自室に戻ることなど出来ないだろう。
 いくら動物的な帰巣本能があったとしても、要介護3の認定を受けている老人である。
 そして、なぜ消したか、である。
 "解答ナシ"の不思議な疑問は、なかなか消えない。

 ドタンバタンの物音は、相変わらず続いている。
「電気が消えた」
「何も見えない」
・・・・・・・・・・・・・
 声のトーンは、"元気な訴え"に変わっている。
 いま点けた居間の常夜灯を、蛍光灯に切り替える。
 次いで、居間の灯りを頼りに、寝室の電灯も点けさせた。

 今まで見たこともない光景が、広がっている。
 ありとあらゆるものが、物の見事に散らばっているのだ。
 今では、使われることもなくなった文具や、化粧品。
 どこに隠していたのだろうか、麺棒、バンドエイド、割りばし、大量のポケットティッシュ。
 ハンガーに吊るされていた洋服はもちろん、大量の靴下、下着類も散乱している。
 よく見ると、埋もれた布団は真斜めになっており、その上も含めて、足の踏み場もない。
 部屋の片隅にあった棚や、プラスチック製の衣類入れも倒され、中身はすべて、ばらまかれている。
 鏡台だけは、かろうじて形を保っている。
 できるだけ物を置かないようにしていたつもりだったが、想像を超える品が貯蔵されていたようだ。

 タンスは移動してあり、最小限の衣類の入れる三段の物は軟質プラスチック製に替えてある。
 角も丸くなっているから、怪我をする心配はない。
 しかし、棚の方は、軽いといっても木製である。
 ケガが、心配である。
 聞くと、大丈夫というし、様子から見ても問題はなさそうだ。

 ホッとすると同時に、笑いがこみ上げる。
 真っ暗やみの中、もがいていたのか、パジャマのズボンと股引の両方ともはいておらず、紙オムツだけになっていた。
 そういえば、今夜は寒くない。

 春は、近いようだ。
 
 

| コメント (0) | トラックバック (0)

暗闇で、もがく

 
 物音で、目が覚めた。
 枕もとの目覚まし時計に触れる。
 小さな液晶のバックライトが光る。
 新しい日を迎えて、まだ1時間ほどしか過ぎていない。
 毎夜の行動ではあるが、いつにない物音がしている。
 今日の"室内ハイキング"は、激しい活動を伴っているようだ。

 しばらく放っておいたが、止む様子はない。
 そーっと戸をあけ、隙間から様子を見てみる。
 真っ暗である。
 真夜中の暗さではなく、暗黒なのである。
 寝る時に点けておいたはずの常夜灯も、消えている。
 記憶をたどっても、居間と台所の豆電球は点けておいた。
 間違は、ない。
 ブレーカーが落ちたのだろうと思った。

 今の住まいは、主ブレーカーの他に、各部屋ごとに補助ブレーカーが付いている。
 配電盤を開け、ライトで照らす。
 どこにも、異常は見られない。
 よく考えれば、出してある電気製品のすべてのスイッチを入れても、流れるであろうアンペアは大丈夫にしてある。
 落ちるはずもないし、今まで落ちたこともない。
 漏電で落ちたのであれば、こちらの部屋も消えるはずだ。
 テレビもDVDも、ネットサーバーも、待機を示すLEDは灯っている。

 ちっちゃなポケット型の懐中電灯を持ち、足音をたてないように、かつ足元だけを照らすようにして暗闇の中を突き進む。
 冬季のため、夜間は厚手のカーテンを閉めているから、外の明かりも入らない。
 目が馴染んでも、何も見えない暗さだ。

 居間の豆電球を点ける。
 いやな予感は、当たった。
 コタツは、向きを変え、みじめな敗北さを表している。
 座イスは部屋の片隅に追いやられ、恐怖に震えているようだ。
 ゴミ箱は倒され、中のものが、あたり一面に散乱している。
 見るも無残な光景が、広がっている。

 相変わらず、ドタンバタンの物音は続いている。
 ふすま越しに、声を掛ける。
「電気が消えた」
「何も見えない」
・・・・・・・・・・・・・
 "悲痛な訴え"が、かえってくる。

 ふすまを開ける。
 居間の光が、暗黒の一部を、ぼんやり照らす。
 そこには、すさまじい"戦場の跡"が現れた。
 
 

| コメント (0) | トラックバック (0)

着替えがないと老人会に行けない

 
 出来るだけ、何かをさせた方が良いという。
 言う方は簡単であるが、実際はなかなかの難問である。
 食事の準備など、とてもさせられない。
 炊きあがったご飯は、そのままゴミ箱に捨てられる危険がある。
 みそ汁などは、鍋からお椀へ、そしてお椀から鍋へと戻す作業が、終わることなく繰り返されるだろう。
 おかずを準備するなど、夢のまた夢である。

 いろいろ考えた末、先週から洗濯の手伝いを選んだ。
 今週で2回目の作業に、取り掛かった。
 昨日の介護センターで着替えた衣類を、洗濯機の中に入れるように促す。
「洗濯したら、老人会に行けないじゃない」
「今日は、日曜日だよ」
「何で」
 先週の日曜日に繰り返した会話を、今日も繰り返す。
 入れ終わったのを確認してから、洗濯槽に入った衣類のポケットを探る。
 そのまま洗って、ポケットに袋ごとティシュが入っていたのに気付かずそのまま洗って、ひどい目にあった。
 色の濃いセーターなどを、洗濯ネットに入れ直す。
 毎日の洗濯で面倒くさくなり、まとめて洗ったため、色の付いた衣類に毛玉がたくさん付着して、閉口したこともあった。
 今日のズボンは、そのままで良さそうだ。

 洗濯機が、終了を知らせている。
 干すように促す。
「洗濯したら、老人会に行けないじゃない」
 不満そうである。
 ブツブツ言いながら、ハンガーを持って洗濯場に向かった。
 まもなく、衣類がへばりついたハンガーを一つ携えて戻って来て、居間の片隅にある服掛けにかける。
 洗濯物の数だけ、往復が繰り返されている。
 掛けられている衣類は、各々個性的な姿をしており、キチンとされているものは、一つもない。
 今にも落ちそうになっていて必死にへばり付いているもの、右下がりのもの、左下がりのもの、裏返しのもの、様々である。

「洗濯したら、老人会に行けないじゃない」
 まだ言っている。
 ふと可笑しくなる。
 着替えは、それだけしかないと思っているようだ。
 
 ドラえもんに出てきそうな便利な手提げ袋、いや年寄りだからアラジンの魔法のように、介護センターで着替えたものが、翌日には洗濯済みになるとでも思っているのだろうか。

 洗濯物をかけ直し、曇り空のベランダに干す。
 よほどの悪天候でもない限り、洗濯物はよく乾く。
 14階に住んでいる、ありがたい点の一つである。

 洗濯物の形を整えていると、後ろで戸の閉まる音がする。
 振り返ると、姿は消えていた。
 来週は、診療のために帰省する。
 無理に起こして、どこかにドライブすることもあるまい。
 寝かせておこう。

 積雪の時期は、帰省しなくなって久しい。
 3ヶ月振りの田舎への幹線道路は、積雪も消えているだろう。
 懐かしい故郷の春の息吹とは、あと1週間で出会える。
 
 

| コメント (0) | トラックバック (0)

いつも、在宅している?

 
 友と、酒を酌み交わしている。
 後輩たちとの場合は、嫌がられるから「やめようやめよう」と思うものの、どうしても昔話になってしまう。
 いっしょに行った旅行などの共通話題のときには、お互い大いに花も咲くのだが、話題が途切れそうになると自然とそうなる。
 後輩たちの知らない出来事や、見知らぬ人の話しなど面白くもないだろうと分かっていても、そちらの方向に向かってしまうのは、今でも不思議だと思っている。

 今日は、同年輩たちの友である。
 ほとんどが、同じ時代を過ごしてきた仲間たちだ。
 共通話題には、事欠かない。
 いろいろ話題に盛り上がるが、最後に落ち着くところは、やはり介護の話しである。
 親を田舎に残している者、すでに老人ホームの施設に預けている者、片親を亡くしたため同居を考えている者など状況は様々であるが、何がしかの介護の問題を抱えている。
 すでに、認知症が始まり、苦労している者もいる。

 酒が入っているためか、話しに悲壮感があるわけではない。
 順次、おかれている状況の"説明会"へと変わる。
 時おり、話しの内容に対する相づちだけで、場は充分に盛り上がり続けている。
 似たような状況の話しになると、すぐさま「動議」が入り、次の者の話題へと受け継がれる。
 延々と途切れることもなく、盛り上がり続ける。
 話すことによって、介護からの束縛から解放されるようになるから不思議である。
 盃も、次から次へと空けられていく。
 "オバちゃん"たちの茶飲み会、井戸端会議のようなものだ。

 こちらが話す番になって、しばらく経つと突然、
「ドロボウ対策になって、いいね」
と、友はいう。
 
 最近は、お漏らしがあるから、洗濯は毎日である。
 ベランダには、常に洗濯物が吊るされている。
 部屋にこもっている臭いを消すために、ベランダの戸を少し開けておくことが多い。
 出かける時も、10センチ程度を開けておくようになった。

 ベランダには、洗濯物がかかっている。
 戸も、開いている。
 炊飯器の保温、湯沸かし器のポットの保温も、今の寒い季節、程よくスイッチが入り、電気の計測メーターも回っているだろう。
 確かに、在宅しているように見える。
 夜半までそのままだったら、おかしいと思われるのだろうが、夜には帰宅するから、そう思われる心配もない。

 泥棒の対策は、万全なのかもしれない。
 "介護"も、役に立っているものだ。
 
 

| コメント (0) | トラックバック (0)

活動の範囲が広がった

 
 今日は日曜日、デイサービスは休みである。
 毎日デイサービスに行くようになってから、テレビの興味は徐々に失われていった。
 以前は、テレビだけが唯一の""だったのだが、今は"付き合おう"とはしなくなっている。
 生身の人々と触れ合う方が楽しいだろうし、相手は認知症を専門とする人たちであるから、きちんと対応してくれるだろうから、それは楽しいに違いない。
 いまだに、認知症の介護をしている施設に行っているとは思っていない。
 "老人会"なのだとの確信は、揺るぎない。
 "老人会"に行けないと分かると寝室に消えるようになったので、大好きだった"ドライブの日"の催促も少なくなった。

 デイサービスで着替えた衣類の洗濯に入る。
 当初は、セーター、シャツ、ズボン類と下着類とは分けて洗っていたが、毎日のようになってからは面倒くさくなって、一緒に洗うようになった。
 上着のジャケット以外のすべての衣類が毎日の洗濯の対象なのだから、止むを得まいと一人納得している。
 介護センター内では、上着は着ていないようだ。
 まとめて洗っているせいで、セーターやズボンに毛玉が出来るようになったため、洗濯用ネットを買ってきて、今はそれらをネットに入れるようにした。

 洗濯機のスイッチを入れ、空になった手提げ袋に残っている連絡帳を、昼の薬の補充を兼ねて開く。
 見慣れない文字が書かれている。
  『トイレの回数も、日中、10~13回位い行きました(半分
   位は、尿の確認できません)・・・・・』
 介護センターでも、"トイレ・ハイキング"が始まったようだ。
 いつもの、変わり映えのしない文字より、心なしか大きく力強く書かれている。
 対応に慣れているといっても、あのエネルギッシュな"トイレ・ハイキング"には驚いたのだろう。
 疲れるまで止めることなど出来ない活動なのである。
 文字を見ていると、優しそうな記入者の驚いたような顔が浮かんでくる。
 初回だから、10~13回で済んだのだ。
 1~2分毎ととしても、30分程度で済んだはずである。
 こちらでは、1時間半から2時間は続く。
 それも、真夜中である。

 ふと、背筋がゾクゾクする。
 朝食を食べてから、すぐに寝ている。
 エネルギーが、限りなく充電されているだろう。
 今夜の活動は、活発になりそうだ。
 こちらも昼寝をして、対抗できる活力を充電しておこう。
 
 

| コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »