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2009年4月

鯉のぼりの季節

 
 朝食のさなか、
「鯉のぼりが飛んでいる」
と突然、嬌声をあげる。
「いっぱい泳いでいる」
「一列になって、気持ちよさそうだね」 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 住まいは、複数の棟が"コの字"になっている中央にある。
 各々独立して建っているので、ベランダから見ると、左右の棟を従えているような図になっている。
 正面にはビルはなく、著名なスーパーはあるものの、敷地内であるので1階建てに制限されており、開放感も溢れている。
 その間に、公園が広がっている。
 見晴らしが良く、富士山も望めるなど景色が良い点も、移り住むのに選んだ大きな要因の1つである。

 1棟向こうの左右の建物の屋上から、ロープが渡され、30匹近くの"鯉のぼり"がつながれている。
 少子化など払拭するような大家族である。
 ほど良く離れているため、ロープはあまり目立たない。
 一列に並んだ群れは、重みのため緩やかな弧を描いている。
 中央の鯉は、11階ほどの高さまで下がっているものの、公園の木々よりは、はるか上空の空間で、自由に泳ぎまわっている。

 8年前ほどから行われるようになった。
 無事に育って、巣立っていった息子たちの鯉のぼりが、提供されていると聞く。
 虫干しも兼ねているようだが、幼きころの思い出が、いっぱい詰まって、はち切れそうな気がする。

 先週から泳いでいたのだが、やっと気付いたようだ。
 テレビにもあまり興味を失ったと同じく、景色を楽しむことにも興味がなくなっている。
 真夜中のハイキングの時を除けば、ベランダに出て、その日の風景を楽しむこともしなくなった。
 デイサービスでは、季節季節の行事に関するものを作ったり描いたりしているが、鯉のぼりの話しは聞いていない。
 ひな祭りの時は、2体の人形を、折り紙で作っていた。
 女性だから、端午の節句は関係ないのだろうか。

 しばし、食べることを止めて、眺めている。
 今では、珍しい動作である。
 為すがままにしておいた。
 昔の懐かしい風景が蘇っているのか、穏やかな顔をしている。
 こちらも、見物客として参加することにした。
 悠々とした鯉たちは、こちらに大きな口を向けて、向かってきているように見える。
 北風のようだ。
 晴天が輝いているが、すがすがしい気温なわけである。

 チラリと、時計に目をやったように見えた。
 静寂で、心穏やかな雰囲気は、破られた。
 急いでご飯を、かき込んでいる。
 口にいっぱい含んでも、さらにかき込もうとする。
 声をかけ、注意を促す。
 楽しい"老人会"に出かける時刻だけは、いつなんどきでも忘れないようだ。

 いつもの、代わり映えのしない1日が、始まろうとしている。
 
 

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住めば都(2)

 
 トランクから、飲料水の入ったペットボトルと枕を取り出す。
 いつでも避難できるように、車には飲料水や軽食など、非常食が常備されている。
 車に、乗り込む。
 駐車場はビルの谷間にあるため、テレビ映像は波打ったようにモザイク模様になってしまい、番組を楽しむことはできない。
 ラジオに切り替える。
 他愛のない深夜番組のトークが流れてくる。
 少し喉を潤し、シートを倒す。

 住まいの建物の通路に、ややオレンジ色がかった灯りが、規則正しく点灯している。
 誰かが言ったようにも、確かに"蜂の巣"のようだ。
 可笑しさも湧いてくるが、蜂の巣の一個一個に、その数の分の様々なドラマがあるはずだ。
 夫婦で杯を傾けながら語り合っていたり、若いカップルが次の休日の楽しみを打ち合わせていたり、レンタルビデオで好きな映画を楽しんでいたり、新学期にも慣れはじめた小学生が明日の夢を見ていたり、各様を楽しんでいることだろう。

 ビルに囲まれて、空を見なくなって久しいが、路上生活では空が見える。
 街の明かりで空も明るく、星などはなかなか見つけられない。
 月も見えない。
 昨日のニュースで、新月だと言っていた。
 お月さまと、会えない日だった。

 先週と違って、北から寒気が入っていようで、多少の肌寒さは感じるものの、真冬の寒さとは違う。
 冬は、エンジンを切ると、瞬く間に冷える。
 外にいる以上に、寒さを感じる日々もあった。
 夏は、瞬く間に、蒸れる。
 金属に覆われているから、その時の環境が増幅されるようだ。

 翌日は、確実に身体のあちこちが痛む。
 若い時には、車を持っている友達を中心に、よく旅行に出かけたものである。
 金の無い時代である。
 連日の車中泊も、珍しくない。
 でも、身体が痛いなど感じたことはなかった。
 むしろ、冒険をしているようで、わくわくしていた。
 年を感じる。

 ウトウトしていると、夢を見る。
 戸が叩かれている夢だ。
 夢の中でも、"同じ出来事"を体験するのかと苦笑いする。
 ぼんやりと、意識が戻り始める。

 いや、何かが変だ。
 現実に、ドアを叩く音がする。
 暗闇の中で、誰かが叩いている。
 母だ。
 夜明け前の薄暗い中に、手提げカバンを持ち、パジャマの上に上着を羽織って、ドアを叩いている。
 何かを、言っている。
 フロントドアのガラスを下ろす。
 
 「"老人会"に、行くよ」
 
 

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住めば都

 
 今日は、久しぶりに"路上生活"だ。
 路上生活者になって、どのくらい経つだろうか。
 6、7年にはなっている。

 最近、不景気を反映して、路上生活者についての報道が、よくテレビで流されている。
 昔の人たちとは、雰囲気がガラっと代わっている。
 年齢が、ずいぶん若くなっている。
 定職にも就かず、青春を楽しむ道を選んだ者もいるが、そうでない人も多いという。
 各局、特番を組んでいて、時おりニュースや番組で見かける。
 事情は様々のようだが、ある日に突然、職と住まいを失って、止むなく路上で生活し始めた人は、可哀想である。
 年末の頃の報道において、寒さの中でのシーンを見るにつけ、悲しくなったものだった。
 気温も、穏やかになってきている。
 彼らの環境が、穏やかにでも好転して欲しいものだ。

 こちらは路上生活と言っても、車中での路上生活である。
 真夜中だけ、車の中で過ごすのである。
 正確にいえば、"駐車場生活者"とでもいえようか。
 介護生活に入る前は、連日の路上生活も、珍しくはなかった。
 毎夜、深夜になると、こちらの寝室にやって来て戸を叩く。
 用事はないのに、名前を呼びながら、ひたすら戸を叩く。
 相対応すると、
「帰っていたんだね」
と在宅を確認し、すぐに自分の寝室に引き返す。
 1分も経たないうちに、再び訪れる。
 少ない日で2時間、多い日では4、5時間繰り返される。
 4、5時間ということは、夜中中ということである。
 とてもじゃないが、寝てられない。
 止めさせることは、まったく出来なかった。
 連日繰り返されると、たまったものではない。
 睡眠不足になり、仕事にも支障をきたした。

 止むなく、車の中で寝るようになった。
 バン形式の車だったら、シートを納めて横になれるのだろうが、残念ながらセダンである。
 なかなか熟睡できず、まどろむだけの日にちを過ごした。
 多い時には、1週間まるまる過ごしたこともあった。
 結構な日にちを要したが、その内に慣れた。
 慣れれば、"住めば都"である。
 強制的に眠りを破られることを考えれば、多少の不便はあるものの、天国ように感じるようになった。

 当時は、認知症の初期症状との知識など持ち合わせておらず、1日中、一人でいる寂しさからの行動だろうと思っていた。
 朝、会社に出かけるとすぐに寝てしまい、昼夜が逆転しているなど、夢にも思わなかった。
 
 介護生活をはじめ、認定のためメンタルケア科を受診する。
 認知症に対して、いかに知識がなかったかを知る。
 認定後、デイサービスに出かけるようになると、激減した。
 昼間は寝ていないし、疲れて帰ってくる。
 夜の活動は、激減した。

 その幸せも、長続きはしなかった。
 間もなく、その生活パターンにも慣れ、帰って来て食事を済ますと、すぐに寝るようになって再発した。
 日にちが替わって間もなく、時刻にして0時半ごろから、活動が始まる。
 不思議と、同じ時刻なのである。
 ありがたいことに、デイサービスに行くようになってからは、前ほどのエネルギーはなく、大体が1時間から1時間半で治まる。
 短い時は、30分くらいで止む日もある。
 ひたすら嵐が去るのを、息をひそめてじっと待つ。
 嵐がやってくる回数も、2回くらいで終わるようになった。

 今日は、エネルギーが満タンのようである。
 長年の経験で、なんとなく分かる。
 退避することにした。
 階下の住人には申し訳ないと思いつつ、楽園に向かった。
 
 

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ツツジも、忘れた?

 
 サクラが散ったと思っていたら、早やツツジが咲いている。
 ツツジについて書いたのは、つい最近のような気がするが、間違いなく1年が経っている。
 歳を重ねるほど、月日の巡るのが目まぐるしく感じており、最近の速さには、目が回るほど驚く。

 咲き誇っているのは、ピンクより多少濃い目の紅紫の花だ。
 蕾の息吹きを見せることなく、一気に咲いた。
 まるで、サクラの見事さへ挑むかのように、競って花を開いている。
 中央分離帯や、歩道に植栽されているだけでなく、生け垣や、小さな公園のあちこちにも植えられている。
 すべてが、同じ紅紫の花である。
 きっと、同じ早咲きの品種なのだろう。
 紅色や白色は、まだ見かけない。

 昔なじみのツツジよりは、花そのものが大きい。
 緑の若葉を隠すように、びっしりと花びらで覆われている。
 サツキかも知れないが、都会に咲いている品種は、ツツジなのか、サツキなのか、未だに良く分からない。
 小雨でも降ってくれれば、色がさらに映えると期待するのは、贅沢だろうか。
 とにかく、美しい。

 県の花としては静岡県と福岡県の2県だけであるが、市町村まで広げると、北海道から沖縄までの約120の自治体が指定している。
 身近にあり、なじみ深く、いかに愛されているかが分かる。

 ツツジの季節になると、同じ名前を冠している"ドウダンツツジ"を想い出す。
 子どもの頃、"ドウダンツツジ"を植えた隣家が、
「咲いた」
と知らせにやってきた。
 野生はしておらず、園芸種だけだから、当時は珍しかった。 
 一般のツツジとは違っていて、小さな釣鐘状の白い花が咲く。
 ツボミから壷形の花が咲き出し、垂れ下がる。
 子ども心には、ツツジの仲間とは認められなかった。
 国語辞書で調べてみると
  どうだん‐つつじ【灯台躑躅/満天星】
となっていた。
 "灯台"とは"燭台"のことだと教えられ、なるほどと納得した。

 見に行って帰って来た母は、
「あの花は、人の死を知らせる花なのに」
と言っていた。
 近所付き合いが必要な時代だったし、気遣かいする母だったから、相手には伝えなかったと思う。
 その花がすべて落ちる頃、その家のお婆さんが亡くなった。
 どうして亡くなったのかは聞かされていなかったが、それまで元気だったのは間違いなかった。
 偶然だっただけだろうが、あまりにも印象深かったので、今でも花を見ると記憶が蘇ってくる。

 それ以来、"ドウダンツツジ"は秋に見るものだと決めている。
 田舎にある観光施設では、名所になっている。
 秋になると、敷地約6万坪の丘陵や庭園に、紅葉した"ドウダンツツジ"で真っ赤に染まる。
 それは見事である。

 ここ数日、デイサービスに送っていく時に、1つの色のツツジだけれども目に入っているはずなのだが、会話には出てこない。
 サクラの満開の余韻で、頭の中が満たされているのかも。
 田舎の家の庭には、いろいろな色のツツジが咲く。
 紅紫だけでなく、赤、ピンク、白などの花が辺り一面に咲き乱れないと、ツツジとは認めないのかも知れない。

 今年も無事に、ツツジの季節を迎えられた。
 次回の診療帰省に、楽しみが1つ加わった。
 
 

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叔母への手向けに向かう(6)

 
 目的地に、着いた。 
 玄関先に車を入れる。
 地元でも、結構大きい農地を持っている。
 トラクターなどの農機は冬眠から目覚め、整備も終えているようで、出陣を待ちかねているように、陽の光を受けて輝いている。

 母を車の中に残し、玄関を開け、声をかける。
 いつもいる座敷には、誰もいない。
 まだ農繁期は始まっていないはずだ。
 数回の声掛けの後、叔母が顔を出した。
 こちらを見ると、驚いた様子の後、喜色満面になる。
「あら、まあ」
「姉さんも、いっしょ?」
「連れて来た」
「早く入って」
 奥座敷でテレビを見ていて、声が聞こえなかったそうだ。

 叔母は挨拶もそこそこに、スリッパを履き、車に向かう。
 姉妹同士の、かしましいお喋りが始まる。
 妹だとは、分かっているようだ。
 名前もあっているし、会話も成り立っている。
 賑やかな"騒音"に誘われたのか、嫁さんが現れる。
 嫁さんと一緒に、車に向かう。
 叔母は嫁さんと、母を車から引きずり出そうとする。
 強引である。

 引き出された母の両脇を固め、家の中へと連れて行く。
 後ろから見ると、"拉致"されているようだ。
 一連の行動が、刺激的過ぎる。
 いやな予感が、脳裏をかすめた。
 玄関に至るまでに、お尻の所が、見る見るうちに濡れていく。
 今日は歩きやすいように、2回分のオシッコを吸収するだけの薄手の紙オムツにした。
 ドライブ中は、陽気な気温だったので、窓を開けていた。
 そのためか、臭いを感じなかったが、お漏らしは進んでいて、保持能力の限界を超えていたようだ。
 いやな予感が、さらに膨らんだ。
 今日はまだ、"大きい方"も済ましていない。

 大騒ぎとなった。
 紙オムツや着替えを取りに、車に戻る。
 叔母は、嫁さんに対して、的確な指示を出す。
 まるで、兵士のように、嫁さんは従う。
 ここには、まだ古い田舎が残っていた。

 おいとますることにした。
 車に戻る。
 別れがたく、叔母は車から離れない。
 しばし、姉妹だけの会話を楽しんでいる。
「今日は、○○子にお線香をあげてきたの」
「あげてきた」
「喜んだでしょうね」
「○○子・姉さんは、喜んでいた」
「○○子は妹、あなたが長女じゃない」
「違うよ、○○子は姉さん、私は妹」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 唖然としている。

「△△子もなくなっているし、生きているのは◇◇子と□□子」
「男の兄弟は、みんな亡くなった」
 実像を目のあたりに見せつけられて、叔母の会話は止まった。
 陽気な叔母の悲しそうな顔を、はじめて見た。

 "伯母"に変わってしまった叔母への手向けの帰省は終わった。
 加えて、母の名誉も、守れなかった。
 
 

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叔母への手向けに向かう(5)

 
 帰宅に向かうには、まだ十分な時間がある。
 今日の母は、正常の波間にいるようだし、前回、叙勲のお祝いの言葉を伝えられなかった叔父の家に顔を出しに立ち寄ってから、帰ることにした。

 30キロほど離れている。
 自動車道を使えば、2つ目のインターなので、すぐに着く。
 急ぐ旅でもない。
 ドライブを楽しみながら、一般道を走り、向かうことにした。
 目的地は、標高が高い。
 途中で、満開のサクラに出会えることなど、期待できまい。
 その地にそびえる山には、すっぽりと雪が覆っており、スキー場らしきところは、真っ白になっているのが望める。
 むしろ、春の芽吹きと、出会えるかも知れない。

 まわりの様子は、1カ月前に通った時と様変わりをしている。
 残雪など、どこにも見当たらない。
 田んぼには、いまだ水は張られていないものの、冬を感じさせる雰囲気などまったく無い。
 期待したフキノトウは、あぜ道などで"満開"を誇っている。
 早春の芽吹きの季節は、とうに過ぎていた。

 子どもの頃は、レンゲ草が田んぼ一面を覆っていたものだ。
 稲刈りが終わったころ、水を抜いた田んぼに種をまいていた人に、何をしているのか尋ねたことがあった。
 "来春にゲンゲ畑になる"との答えが、とても不思議だった。
 庭に花の種をまいたら、すぐに水をやる。
 次日も、その次の日も、水をやる。
 数週間すると、双葉の目を出す。
 これから冬を迎え、辺り一面に雪で覆われる季節に、種をまいたら凍ってしまわないのかと、心配したものだ。
 学校で聞くと、"レンゲ畑"というし、農家の人は"ゲンゲ畑"というので、こちらも不思議でしょうがなかった。
 正式名称が"ゲンゲ"だと知ったのは、ずいぶん経ってからだ。

 春になると、レンゲが咲き誇る。
 女の子は、花輪を織り、春の訪れを楽しんだものである。
 昔は、だれが田んぼに入っても、文句など言わなかった。
 レンゲ畑で、転がり遊ぶ。
 あぜ道で、セリの若葉を摘む。
 子どもにとって、遊び場は、どこにもあった。

 レンゲの咲くころ、見知らぬ人がやってくる。
 養蜂業の人である。
 レンゲの蜜は、たんへん美味しいとのことである。
 当時、蜂蜜は貴重なものであった。
 大人の病人向けなどに供され、子供たちには回ってこなかったと記憶している。
 不思議と、蜂に刺された記憶は少ない。
 レンゲ畑でも、ミツバチはブンブン飛んでいたが、周りで走り回っていても、刺されたことなどなかった。
 いま騒がれているスズメバチも、そんなに大きな問題になっていたとは思えない。

 今では、観光地で眺めるためのレンゲ畑は見かけるものの、田んぼで見かけることはなくなっている。
 また一つ、懐かしい"春の風物詩"が消えてしまった。
 そんなことを考えている間に、目的地が見えた。

 助手席の住人は、途中のコンビニで買い求めたアイスクリームに満足したようで、スヤスヤとお休みである。
 
 

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叔母への手向けに向かう(4)

 
 先週も告別式のため、"1人で"とはいえ帰省している。
 その時に、雑用も済ましている。
 別段、やることがあるわけではない。
 気候も、すばらしい。

 叔父を訪ねてから、すぐに車中でお漏らしをした。
 間一髪だった。
 その時、紙オムツを交換しており、まだ時間もたっていない。
 すぐに出かける体制は、整っている。
 近くを、ブラブラすることにした。

 サクラ見物のドライブに出発である。
 気温は、ぐんぐん上がっていて、暖かい。
 サクラのツボミも、朝と比較しても、ずいぶん開いている。
 サクラの名所も数々あるが、やはり、お城だろう。

 自宅から2キロほどにあるお城には、ほどなく着く。
 北出丸から入り、西出丸の方に、車をゆっくり進める。
 開花はしているが、期待している満開ではない。
 一旦、西出丸からお城を出て、南側をまわり、三の丸に向かう。
 開花は、似たようなものである。
 三の丸を通過する時、天守閣の方角ではなく、反対側の堀の石垣に、紅が強い満開のサクラが、チラリと顔を見せた。
 博物館側が満開のようである。
 博物館の駐車場に向かった。
 入口に差し掛かると、期待した以上の開花であふれていた。
 視界の横一線、ピンク色した雲海が立ち込めている。
 いや、手まりのようなサクラの花ダンゴが、我先にと積み重なり、ピンク色に染まって、入道雲のように沸き上がっている。
 見事である。

「きれいだねー ♪」
「すごいねー ♪」
「満開、きれいだねー ♪」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 助手席からも、感嘆の声が止まらない。

 博物館が出来た20数年前に、寄贈され植えられた"タカトウコヒガン"という品種である。
 城内のサクラより、いつも早めに満開を迎える。
 ここの桜並木は同一品種だから、いっせいに咲き誇っている。
 駐車場は満席だが、そもそも降りて歩くつもりはなかった。
 しばし、路上に車を止め、満喫した。

 警備員が車の誘導に追われていものの、そこは田舎、脇に駐車していても、クレームを付けるつもりなどない。
 むしろ、「混雑していて、ごめんなさい」の雰囲気である。

 子どもの頃には、なかった桜並木である。
 古木も素晴らしいが、壮年のサクラも、瑞々しくて快い。
 木々から少し離れているため、サクラの香りが感じられないのが残念である。

「人が、いっぱいだねー」
「すごい車だねー」
「アッ、また車が出てきた」
「また車が入っていった」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 助手席からの声は、車の出入りに移った。
 飽きたようだ。

 混雑していないサクラを訪ねることにした。
 思いつくまま、あちこち訪ねたが、早咲きの木はあるものの、まとまって満開を迎えたサクラの並木には、ついに出会えなかった。
 満開が出そろうのには、あと数日を要すようだ。
 
 

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叔母への手向けに向かう(3)

 
 叔父の家に着く。
 自宅から800メートル弱の所にあり、歩いても10分チョイだから、車ではアッという間である。
 母方の親戚の中では、一番近い場所にある。

 市街地の中なので、近くに駐車スペースはない。
 道路に面した一角をラーメン店に貸しており、玄関先に狭いスペースがあるだけである。
 片方を塀際に幅寄せしないと、ドアは開けられない。
 入口で降ろし、その場所で待っているように言って、塀にこすらない様、ギリギリに車を後進させる。
 数回の切り返しをして、片側は歩ける隙間を確保し停めた。

 前を見ると、いない。
 狭い道路といえども、結構、車は行き来する。
 あわてて、道路に出る。
 50メートルほど先を、すたすたと早足で遠ざかっていた。
 昔の城下町そのままの道幅だから、歩道などない。
 見事に車を避けるというより、車の方が難を逃れようとしている。
 追いついて、連れ戻す。
「どこに行こうとしたの」
「家だよ」
 自宅に向かおうとしたようだが、方向は逆だった。

 田舎では、チャイムは無用である。
 玄関の戸を開け、挨拶の声をかけながら、上がり込む。
 日曜日であるが、叔父が1人いるだけだった。
 亡くなってから、すでに1週間は過ぎており、都会に出ている2人の息子たちも、帰ってしまったようだ。
 突然の来客、それも長女の弔問、驚きに加えて感謝の言葉が次から次へと続く。
 ちょうど寂しさを感じる頃でもあったのだろう。

 挨拶もほどほどに、線香を手向ける。
 こちらの動作を見ながら、同じく合唱する。
 来訪の目的は、達成した。
 感謝の言葉を続けながら、お茶を入れてくれる。
 告別式への御礼に続き、亡くなるまでの経過の説明が続く。
 何度も何度も、来訪者に伝えられたであろう臨終に至る話しは、悲しさを紛らすように、淡々と繰り返される。

 母が、会話を割って話し始める。
「お姉さんも亡くなってしまった」
 前回の病院への見舞いの際にギョッとした叔父だから、今回は驚いた様子も見せず、黙って聞いている。
 どうして妹が姉になったのか不明であるが、見舞いに行った時から姉に変わって、揺るぎない。
「変な顔をしていたから、ダメだと思っていた」
 見舞いに行ったことを覚えているものの、遠慮なく話す。
「△△子もなくなっているし、生きているのは◇◇子と□□子」
 妹の名前は間違っていないが、弟は生きている。
 すかさず、叔父は口を挟む。
「実家の弟さんは、生きていますよ」
「男の兄弟は、みんな亡くなった」
「姉さんが亡くなって、生きているのは◇◇子と□□子だけ」

 叔父も、寂しそうな顔をして、黙る。

 田舎では、むやみにお茶を勧め、食べきれないお菓子を並べるのが、古来からの礼儀になっている。
 お茶も、十分過ぎるほど飲んだ。
 お菓子も、遠慮なく、食べている。
 そろそろ、おいとまする頃である。
 礼儀だけでなく、まだ居て欲しいという叔父の想いを感じつつも、帰宅することにした。
 お茶を十分飲んで、お菓子も充分過ぎるほど食べていたので、お漏らしが心配になったからである。
 その事など想像もできないであろう叔父は、一所懸命に引き留めをするが、振り切ってお別れをした。
 来月には、納骨に立ち会うことを約束して。
 
 

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叔母への手向けに向かう(2)

 
 自動車道を、ひた走る。
 時おり見かける沿線の側らに植えられたサクラは、すでに葉桜になっている。
 透きとおる若葉に逆らうように、持ちこたえている花びらもあるが、だれしもが"見ごろは終わった"と認める姿である。
 きっと、どこかで、満開のサクラに出会えるはずである。

 時おり、満開もどきのサクラもお目見えするが、周りの木々の花びらはすでに散っており、勝負は終わった図である。
 徐々に、満開とおぼしき木々も現れるが、花びらを落とし始めており、最後の力を振り絞っている哀れさがある。
 見事ではあるが、若々しさは感じられない。
「きれいだねー ♪」
「あっ、あそこのサクラも満開 ♪」 
「あっ、あそこも ♪」
・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 どの木も満開ではないがゆえ、満開を見つけることを楽しんでいるようだ。
 いっせいに咲き乱れるサクラには、まだ見えない。

 もうすぐ、最初の峠に差しかかる。
 カーブを曲がると、満開に咲き誇るサクラが出迎える。
 これこそ、満開のサクラだ。
 自動車道で読み上げる看板も少なく、読み上げる文字が見つけられない退屈を、見事な満開のサクラが相手をしてくれる。
「きれいだねー ♪」
「あっ、あそこのサクラも満開 ♪」 
「すごいねー ♪」
「きれいだねー ♪」
「あっ、あそこも ♪」
・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 上り坂を走り進む。
 あっという間に、満開のサクラとはお別れになった。
 ほんの短い空間を走り抜けたので、"夢だったのか"、とも思える一瞬の出来事であった。
 最初の峠を下る。
 また、満開に出会えた。
 満開のサクラは、こうでなければならないと思える見事さだ。
「きれいだねー ♪」
「すごいねー ♪」
「きれいだねー ♪」
・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 老人会に行けない不満は、払しょくされたようである。

 次の峠に差し掛かると、消えた。
 今度は、下っても満開には出会えなかった。
 春の気配は感じるものの、春の真っただ中は、もうしばらく時間がかかるようである。

 田舎が見えた。
 3分咲き、良くて5分咲きである。
 先週の告別式の時の話題の中では、満開は17日といっていた。
 やはり、もうすぐなのだ。
 
 

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叔母への手向けに向かう

 
 目覚ましの音楽が、控え目に奏でる。
 年を取るにつれ、金属的な音が苦手になったので、澄んだメロディーが鳴る目覚時計に切り替えた。
 カーテンの隙間から、白々と明け始めた陽の光がこぼれる。

 現実と夢を行き交うリズムが、こちら寄りに振れたり、あちらの夢の世界に寄ったりと、母は交互に行き来している。
 夢の世界に留まる方が多くなったが、昨日は、こちらの割合が明らかに多くなっていた。
 この期を逃すのはもったいないと思い、先週亡くなった叔母へ、線香を手向けに向かうことにした。
 遅刻は許されない告別式には、ひとりで電車に乗って出かけた。
 出席したいと言わなかったことも、多少はある。

 声をかけた。
 数回の声掛けで、動き出した物音がする。
 いつもの1日が始まった。
 早めの朝食を済ませ、後片付けも手早く済ませる。
 いつもと違う行動に移る。
 着替えに入るが、途中での紙オムツの交換が必須なので、股引をはかないようにさせる。
 車での移動であるから、寒さの心配もあるまい。
「何で?」
「今日は、田舎に帰るから」
「何で?」
「○○さんに、お線香をあげに」
「そうだった、亡くなったんだ」
 覚えている。
 今では、何でもないことにでも、幸せを感じる。
 何でもなくない生活では、何でもないことが幸せなのである。

 紙オムツとそれを入れるポリ袋、着替えの際に下に敷く新聞紙、すべて大量に積んだ。
 替えの下着やズボン、シャツも、持った。
 出かける準備は、万全である。

 出発の声をかける。
 デイサービスに持って行く手提げ袋をさげている。
 同じ着替えの下着が入っているといっても1回分だし、長旅には不十分である。
 元の所に置いてくるように言う。
「何で?」
「田舎に帰るのだよ」
「何で?」
「○○さんに、お線香をあげに」
「  」

 車に乗り込む。
「何で、老人会に連れて行ってくれないの?」
「田舎に帰るのだよ」
「何で?」
「○○さんに、お線香をあげに」
「  」

 無言に変わったものの、老人会に行けないことの不満は、消えるどころか、大きく膨らんでいるようだ。
 モヤモヤと不満が立ち込めている中、車は動き出した。
 
 

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イチゴ大好き

 
 イチゴが、果物屋での主役になってきた。
 ミカンは姿を消し、すでにリンゴも脇役に変わっており、いずれ役割を終え、姿を消すだろう。
 春本番を迎え、スイカもお目見えしており、初夏の香りも、かすかに感じ取れる。
 野菜などは季節感を感じさせないほど、1年中、店先に並んでいるものが多くなっている。
 旬の楽しみを忘れさせた果物も増え、その1つにイチゴも入ろうとしている。

 子どもの頃の田舎では、イチゴの旬は5月から6月だった。
 ハウス栽培は、行われていなかった。
 土質に対する適応性は広いようで、自前の畑にもイチゴの苗は植えてあった。
 しかし、乾燥や滞水に弱く、連作に問題があるとかで、家族全員で楽しむほどの収穫が続いていたとは記憶にない。
 田舎で"地物"と呼ばれるものが旬を迎える頃には、安く大量に出回るので、栽培に力が入らなかったようだ。
 正確には、"露地物"というのだそうである。

 各人に、丼いっぱいのイチゴが"配給"される。
 今とは比較にならないほど小粒だった。
 ヘタを取り、スプーンで一心につぶす。
 つぶし終わると、砂糖が"配給"され、次いで牛乳が注がれる。
 実に、うまかった。
 忙しく動き回っていた母は、そのまま食べることが多かった。
 叔母たちも、そのまま食べていたから、女性たちは酸味が好きなのだろうか、と不思議がった記憶がある。

 最近では、数週間ごとに、いろいろな品種が出回る。
 とよのか、とちおとめ、あまおう、紅ほっぺ、さがほのか、さちのか、女峰、えちごひめ等々、次々に店頭をにぎわす。
 還暦を超えた者にとって、脳裏に書き込まれることが困難なカタカナ名の品種も多くなった。
 果物の売上げ金額でも、みかん類に次いで第2位だそうだ。
 いずれも酸味が抑えられ甘味が増しており、美味、かつ大型化している。
 よって、つぶすことなく、そのまま美味しさを味わっている。

 ここ数週間のデザートは、イチゴに変わっている。
「まーッ、大きいイチゴ」
「こんなに大きいイチゴは、初めて」
「甘いね」
「こんなに甘いイチゴは、初めて」
「美味しいねー」
 連日のイチゴでも、昔の小粒で酸味の強い品種との比較が、確固たる信念で繰り返されているようだ。

 次の主役が店頭に並ぶまで、しばらく同じ会話が続くだろう。
 
 

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叔母が伯母になり叔父と消える

 
 叔母が亡くなった。
 夜明け前、看取られることなく、息を引き取っていたそうだ。
 意識を失ってから、4年半が過ぎている。
 昨年末に、危ないとの連絡で、急きょ見舞いに行った。
 その後、少し持ち直したと連絡を受けていたが、ついに寿命が尽きたようだ。
 その見舞いの時から、実の妹でもあるはずの叔母は、
「お姉さんだよ」
と、なぜか姉に変わった。
 今もっても、理由は分からない。

 食事の前に伝えるのは、食欲に影響が及ぼすかもしれないし、かわいそうだと思って、食後のデサートの時に話すことにした。
「朝だよ」
 数回の声掛けの後に、動き出す物音がした。
 食事の準備に入る。
 しばらくすると、出てきて、テーブルの前に座る。
 まず、おむつを交換させる。

 今朝は、タマゴ焼きを作るだけで、魚はマグロのしょう油漬けを電子レンジで"チン"するだけの簡単なものにした。
 田舎にしか売っていない代物である。
 作り置きしている湯浸しは、前日、冷凍庫から冷蔵庫に移してあるので、ちゃんと解凍されている。
 料理の腕は相変わらずだが、お浸しなどを一回分に小分けして、ホウレン草とクキタチ、フキノトウをセットしてあり、種類の彩りは良くなっている。
 瞬く間に、準備はできた。

 さあ、食事も終わった。
「○○子さんが亡くなったと、電話があったよ」 
「やっぱり、亡くなったんだ」
 動揺はなく、対応自体も正常である。
「変な顔をしていたから、ダメだと思っていた」
 昨年末に会った時のことを、きちんと覚えている。
 今日は、まともである。
「また、姉妹が減ったね」
「△△子もなくなっているし、生きているのは◇◇子と□□子」
 名前も、間違っていない。
 今日は、いつになく正常である。

「妹が先に行くのは、かわいそうだね」
「姉さんだよ」
「妹だよ」
「いや、姉さん」
 やはり、叔母から伯母に変わっている。

「男の兄弟は、みんな亡くなった」
「生きているのは◇◇子と□□子だけ」

 実家を継いでいる弟は、まだ生きている。
 年末に訪れた際に、
「初めまして」
と挨拶していたのを思い出した。
 叔父も、消えている。

 デイサービスに出かける時刻になった。
「老人会に行くよ」
 最後の別れに行こうとの言葉は出ず、これから向かう大好きな"老人会"のことで、目は輝いていた。
 
 

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代わり映えしないが一番幸せ

 
 トントントン、 トントントン、 ・・・・・・
 心地良い音で、目が覚める。
 台所から聞こえる、まな板の音だ。
 トントントン、 トントントン、 ・・・・・・
 軽快な音が、休むことなく続いている。
 今日の朝食は、何だろう。
 味噌汁の具の大根でも、刻んでいるのだろうか。
 それとも、キャベツの千切りだろうか。
 漬物を、切っているのだろうか。
 まだ、眠気の方が、勝っている。
 トントントン、 トントントン、 ・・・・・・
 聞きなれた音を聞きながら、しばしまどろむ。

 かすかに、塩サケが焼ける香りが、漂ってきた。
 香りが、空腹を呼び起こす。
 ジューッ、フライパンの中で、油が跳ねる音がする。
 聞きなれた、タマゴ焼きの音だ。
 音のする方に、耳がいざなう。
 食欲が、眠気を打ち砕く。
 朝食時間だ。

「おはよう」
「おはよう」
 10数年も若返った母が、手際よく配膳する。
 いつもの代わり映えのしない朝食が、瞬く間に整う。
 ホッカホカの飯、熱々の味噌汁、代わり映えのしない手料理が、いつものテーブルの上の、いつもの位置に、いつもの順番に置かれてゆく。

「いただきます」
「いただきます」
 いつもの変わり映えのない会話が、まるで儀式であるかのように繰り返され、いつもと代わり映えのない朝食が始まる。
「おかわりは?」
「じゃ、半分」
 
 
 ・


 
 代わり映えのしない朝食が、一番幸せだったのだと実感する。
 朝食を準備する時刻となった。
 台所に立ち、声をかける。
「朝だよ」
 数回、繰り返した後、物音がし出した。
 今日は、4月1日、エイプリルフールだ。
 冗談でも交えて、楽しい1日にしよう。
 
 

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