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2009年5月

自宅で迎えを待つ(2)

 
 倒れてでもいるのではないか、との心配は消えた。
 一安心するものの、どうして玄関前に座っているのだろう。
 次の疑問が起きると同時に、新たな不安も湧いてくる。

 手提げ袋も、しっかりと脇に置いてある。
 パジャマの上に、上着も着ているようだ。
 "老人会"にでも、行こうとしているのか。
 そうであるならば、座ってなどなどいない。
 おとなしく、待つことなどしない。
 ドアを開けようと、ドアチェーンに果敢に挑戦するはずだ。
 身体の具合でも、悪くなったのだろうか。
 不安の方が、疑問の気持ちを打ち砕く。

 部屋から出て、声をかける。
「何をしているの」
「○○を待っている」
「もう少しで、迎えに来るころだから」

 ○○とは、私の名である。

「○○の迎えが、遅いねー」
「もう来ても、いいころなのに」
「もう来るはずなのに」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 まるで幼子が、母を待っているかのようである。
 薄暗い常夜灯の下で、ひたすら迎えを待ち兼ねている。
 不安が消え去り、愛おしさと悲しさにかわる。

 振り向いてこちらを見ても、その迎えに来るべき本人だとは、認識できていないようだ。
 息子と認識できない時は、過去に一度だけあった。
 1年ほど前の休みの日に、買い物から帰った時にあった。
 それ以来の出来事である。

 先週、ショートステイでは、「家に帰りだがっていた」と聞いた。
 その時の家に帰りたい気持ちが、まだ消えていないのか。
 よっぽど、いやだったのが、ひしひしと伝わってくる。

 元気のない独り言が続いている。
「まだ来ないねー」
・・・・・・・・・・・・・・・

 自宅にいるとは、思っていないようだ。
「寝て待っていたら」
「もうすぐ来るから、ここで待っている」
「きっと、来てくれる」
「もうすぐ」
・・・・・・・・

 
「迎えに着たら、起こすから」
と説得し、寝室に戻した。
 やはり、"お泊りの老人会"と称しているシュートステイが、いやだったのだ。
 完全個室であるから、好きな時に1人になれるといっても、しょせん見知らぬ他人の住まいである。
「変な人ばかりで、友達は1人もいない」
とも言っていた。

 明日にでも、ケアマネージャーと連絡を取ろう。
 しばらく、ショートステイは、取り止めると。
 
 

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自宅で迎えを待つ

 
 物音で、目が覚める。
 枕もとの目覚まし時計に触れる。
 かすかな光が灯り、時を知らせる。
 新しい日を迎えたばかりだ。
 いつもの"夜のハイキング"が始まったようだ。
 開幕は5分とずれておらず、驚くほど正確だ。
 体内時計に、まったくの狂いはないようである。
 今夜の徘徊が、軽く終わることを祈る。

 数回の往復の後、物音が鎮まった。
 それも、部屋の前で、音が消えたのだ。
 様子を確認するため、しばし息をひそめて待つことにした。
 物音がしない。
 こちらの部屋の前で、あちらも、こちらの様子をうかがっているのだろうか。
 しばらく、お互い根競べである。

 静寂が、暗闇を支配する。
 こちらの部屋の前で、間違いなく物音は消えた。
 寝室に戻った物音はしていない。

 何かが、すれる音がした。
 短い時間であったが、確かに戸の向こう近くで聞こえた。
 すぐに無音の世界に戻る。
 しばらく、耳を傾ける。
 何の物音もしない。

 5分程度、無音の時が流れる。
 また、音が聞こえた。
 服が、すれる音だ。
 部屋の前に、間違いなくいる。
 しかし、こちらの戸を叩く様子は、まったくない。
 不思議な時間だけが、過ぎていく。
 戸を開けたくなる欲求が湧いてくる。
 必死で抑える。
 何をしているのだろうか。
 知りたい欲求が、ますます膨らんでいく。
 ここで欲求に負けたら、今までじっと耐えていたことが、すべて無に帰してしまう。
 じっと待つ。
 時おり、かすかな一瞬の音は聞こえるものの、こちらに訴えたりする音ではなく、いつもの、行ったり来たりの徘徊する様子は、微塵も感じられない。

 ますます知りたい欲求が、身体全体に満ちあふれる。
 そして、不安も加わってきた。
 いつもと違い、何かが変だ。
 欲求が打ち勝つ。
 
 音をたてないように、そーっと、少しずつ戸を開ける。
 常夜灯のわずかな光の下、座っている後ろ姿が見えた。
 揺るぎもせず、じーっと玄関のドアを見ていた。
 
 

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お泊りの"老人会" (2)

 
 施設の利用料金の支払いをする。
 平日は1階の受付で清算するのだが、土曜日は当階で行う。
 支払いを済ませている間、こちらを見続け、ニコニコしている。
 いつもは支払いをしている時に、担当の職員がそばに来て、入所時の状況を説明してくれるのだが、今日は忙しく走り回っている。
 支払いが終わる。
 少し待っていると、手提げ袋と上着を持ってやって来た。
 受け取る時に、
「帰宅したがって、不機嫌な時がありました」
「今までは、やさしい人だったのに驚きました」
との会話があった。
 いくら思い出しても、それだけだったようだ。
 それでも、エレベーターまでは送ってくれて、
「○○さん、また来てね」
の声で送り出された。
「お世話になりました」
「さようなら」 

は繰り返すものの、"また来る"との言葉は決して発しない。
 1階に着き、エレベーターから出口に向かう。

 入る時にはそのまま入れるが、出る時にはエレベーターにしろ、ドアにしろ、暗証番号を入力しないといけない。
 数字を表示するボタンの位置は、ランダムに変わる。
「あなたでも、正しく入力できなかったら、入所ですよ」
と脅迫されているように感じる。
 正常な人でも、一瞬、躊躇する雰囲気がある。

 車に乗るまでは、だれかれ構わず、ニコニコしながら、
「お世話になりました」
「さようなら」 

を繰り返していた。

 車を発信し、家に向かう。
「おもしろかった?」
「       」
 返事は、ない。
「友達は、出来た?」
「いない。変な人ばかり」
 こちらの質問には、間髪を入れず返事が返ってきた。
 それも、きっぱりとして返事であった。
「毎日、行っている老人会の人は?」
「いなくなった」
 前回にいた見知った人とは、会わなかったようだ。
 2か月の間隔では、友達もできないだろうとは、納得できる。
 ショートステイのことは、しっかりと覚えているだろう。
 "お泊りの老人会"の方は、好きにならないようである。
 次回の際には、ひと悶着あるだろうと確信した。



 もうまもなく、昼食の時刻となる。
 何の献立にするのかを考える方に、切り替えた。

 帰宅を喜んでくれるうちが、"華"であると思いながら。
 
 

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お泊りの"老人会"

 
 久しぶりの朝食の準備に入る。

 昨夜は、ショートステイから帰って来て、菓子を食べ、すぐに寝た。
 2か月ぶりのショートステイであった。
 16時帰宅だから、まだ明るかったが、寝るのを止めることは、どのようにしても出来なかった。
 当然、真夜中までにはエネルギーが完全に充電され、用意しておいた軽食を平らげた後、"室内ハイキング"がはじまった。
 いつもの"日常"が、昨夜から、いつものように再開された。

「朝だよ」
 数回の声かけの後、無言で這い出てきた。
 すぐに、紙おむつを交換するように促す。
 ここまでは、いつもの情況である。
 食事の準備ができた。
 食卓に、朝食が並ぶ。
 ふと、座布団に目をやると、なにやら濡れている。
 お漏らしだ。
 食事前に、2度目の紙おむつを交換する。
 食事が終わり食器を片づけていると、また座布団が濡れている。
 3度の交換は、初めてである。
 急須のある所の湯呑には、水がなみなみと注がれている。
 ショートステイで水を飲むように指導でもされたのか、真夜中のハイキング中に、多量の水分を補給していたようだ。

 今日は、日曜日である。
 日曜日との認識とは別に、大好きな日帰りの方の"老人会"に行けないと知るや否や、一目散に寝室に入ってしまう。
 声をかけると、いやいやながら出てくるが、5、6回ほどを繰り返すと、こちらが根負けした。
 
 ショートステイから引き取る際、いやに職員たちが忙しいようで、あまり話が出来なかった。
 その時、
「帰宅したがって、不機嫌な時がありました」
「今までは、やさしい人だったのに驚きました」
との言葉が気になり、入所中の状況を記載して渡された、1枚の記録報告の紙を取り出した。
 確かに何か所にも、帰宅しようとした様子が記載されている。
 今までなかったことである。

 土曜日に迎えに行った時の様子を思い出してみる。
 デイサービスの介護施設とは、まったく別の場所にある。
 大きな建物で、5階がショートステイになっている。
 辿り着く。
 テーブルに座っていた。
 すぐに、こちらを見つけたらしく、パッと笑顔に変わる。
 駆け寄ろうとするのを、係員が制止する。
 止めなければ、間違いなく転んだであろう。

 昔の、元気な頃の朗らかな顔が、そこにあった。
 
 

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2度目の"老人会"?(2)

 
 着替えに入る。
 今日は、紙おむつも再度の交換である。
 下着を、前後逆に着ようとするのを制止する。
 外出着も、パジャマの上に着ようとする。
 長い長い着替えの時間が、いつもの手順で進んでいく。

 待つ間に外を眺めと、鯉のぼりが軽快に泳いでいる。
 食事を紀じめる時は、垂れていた。
 風が出てきたようだ。

 20日ほど前、あれほど興味を示した鯉のぼりであったが、その時だけだった。
 毎日、見えているが、あの時以外には、会話にも出てこない。
 座る位置は、ベランダの方を向いている。
 テレビを見るには、ちょっと斜めに座るが、否が応でも目に入っているはずである。

 興味を示した日は、鯉のぼりの口がこちらを向いていたから北風だったが、今日は向こうを向いて泳いでいる。
 南風だ。
 気温が上がるだろう。

 鯉のぼりをしまうのには、特に定めはないという。
 しまい遅れると、お嫁さんに行けなくなるとかの俗説がある"ひな祭り"とは違って、どうでも良いようだ。

 デイサービスで鯉のぼりの話しは、その後も出ていない。
 季節季節の行事に敏感な介護センターなのに、なぜだか不思議な気持ちがする。

 出かける準備ができた。
 朝食の最中に、
「今日の・・・・・・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・。

と言っていた。
「今日、風呂に入って来たから、風呂はいいよ」
とも言って、寝室に入ったはずだ。

 そのようなことは、微塵も無かったとでも言うかのように、
「行くよ」
と元気な声で、玄関に目指す。
 
 本日2度目?となる"老人会"に向かった。
 
 

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2度目の"老人会"?

 
 いつもの朝がやって来た。
 ベランダの戸を開け、声をかける。
 今日は少し肌寒いが、爽快な青空が広がっている。
 しばらくすると、這って出てきた。
「お帰り」
 いま帰って来たと思っている。
 これでは、毎日が朝帰りになってしまう。
 "おはよう"の言葉は、消えさって久しい。

 紙おむつを交換するように促す。
 終わると、前掛けをかけ、食事を待っている。
 視線はテレビの方を向いているが、映ってはいない。
 テレビを点けるように促す。
 テレビとコタツのコンセントを差し込んだ。
 いつもの形に落ち着く。
 食事の準備に入る。

 食事が始まり、会話も始まる。
「今日のお昼は、野菜炒めがでた。かたかった」
「おやつに、蒸しパンがでた。おいしかった」
「みんなで、折り紙を折った。楽しかった」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 ちょっと、違う。
 昨日のことを、"今日"と言っている。
 夕食から睡眠までの間が、完全に消え去っている。

 食事が終わる。
 食器洗いに入る。
 背中の方から、ふすまの閉まる音がする。
 部屋から出てくるように促す。
「今日、風呂に入って来たから、風呂はいい」
 確かに、昨日は入浴のある日だった。
 デイサービスでの入浴は、1日おきである。
 返事はするものの、出てくる様子はない。
「いまは、朝だよ」
「       」
 返事はない。
「寝る時間じゃないよ」
「         」
 やはり、返事はない。

 出かける時刻も、迫って来た。 
 食事の後かたずけに専念することにした。
 終わった。

 声をかける。
「"老人会"に行く時間だよ」 
 間髪を入れず反応があり、電光石火の如く寝室から出てきた。
 "老人会に行く"は、魔法の呪文であった。
 
 

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田舎の名医は相談役

 
 メンタルケアの診察は、終わった。
 前の医師は転勤になり、代わった今の医師とは、いまだにしっくりこず、心が打ち解けない気がする。
 それとなく相手も感じているようで、必要以上に気を使ってくれるのだが、それが更なるズレとなっている。
 別に、もめているのではない。
 前の医師とは、見事なほど以心伝心だった。
 比較しても"しょうがない"とは思っているが、不思議と"気持ち的"に直らない。
 次回の予約の日にちを決め、診察が終わる。
 診察前には、連れていかれる羊のように押し黙っていた母だが、終わりだと知るや、いつものように喜々として、だれ彼かまわず、お別れの挨拶をする。

 代々からの主治医に向かう。
 こちらの方には、予約などしたこともない。
 突然、飛び込んで、待たされたとしても、30分程度である。
 医院の建物の割には広すぎる駐車場に、車をとめる。
 受け付けに、挨拶をする。
 いつもより、空いているようだ。

 待つことしばし、次だといわれ"待合いソファー"に移動する。
 尿の検査だ、視力の検査だ、血圧の測定だ、採血だ、レントゲンの検査だ、などと忙しく走り回っている数人の看護士をさて置いて、肝心の医師は会話を楽しんでいる。
 カーテンで隔てられているだけだから、会話は良く聞こえる。
 生きるか死ぬかの患者は、病状によって的確な市内の大きな病院の専門医を紹介するから、他人に聞かれて困るような緊迫した患者は、ここにはいない。
 代々医師だし、先代の"大先生"も現役を退いたといっても、市内の医者の中では長老だからできるのだと噂されている。

 聞くとはなしに聞いていると、都会に出た息子が定年を迎え、子供たちも巣立ったため、夫婦そろって帰って来て、同居するという話のようである。
「家は、二世帯住宅でした?」
「うん、二世帯、住める」
「玄関は、別?」
「いっしょ」
「台所は、別?」
「いっしょ」
「それは、二世帯住宅と言わないですよ」
「部屋は、いっぱいある」
「息子さんの嫁さんと、いっしょに住んだことはないよね?」
「ない」
「しばらくは、近くのマンションでも借りた方がいいね。
 お宅は、経済的にも大丈夫だし。
 お互い元気なうちは、しばらく別々に住む方がいいですよ。
 食事は、いっしょに食べてもいいし。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・
 今度、オバアチャンといっしょに、いらっしゃい。
 話してあげる。
 息子さんにも、話してあげる。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 話しの中には、病状に関する会話は、一切聞こえなかった。
 晴れ晴れとした声に変わり、"診察"の終わった"患者"が、清々しい顔をして出てきた。

 こちらの医師の方が、メンタルケアの専門家に見えた。
 
 

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道のりは長い

 連休の最中、田舎に行ったり来たりしたが、休み中は医者も休みなので、再び診療のため帰省する。
 代々の主治医は、休みであろうと押しかければ何とかなるが、大病院のメンタルケアは、どうにもならない。
 いつもの時刻に出発する。
 今の季節、すでに夜は明けている。
 月日は留まることなく、着実に進んでいるようだ。
 自動車道に入る1キロほど手前は、真東に向かう。
 一直線の道路の先には建物は見えず、都会には珍しい見晴らしの良い空間が、先の先まで確保されている。
 その終点に真っ赤な太陽が、いつにない大きさで輝いている。
 天気は良いのだが、湿気でもあるのか、雄大な容姿である。
 多少、天地が縮まり、左右に広がった楕円をしており、上部がオレンジ色に輝き、下がるにつけ深紅に色づいていて、重心がすわってどっしりしている。
「きれいだねー」
「大きいねー」
・・・・・・・・・・・
 助手席からも、感嘆の声があがる。
 つかの間の出会いの後、車は北を向いた。

 選挙目当ての政治判断とかで、首都圏を除く料金が最大1千円になり、すごく混んだ自動車道も、いつもの交通量に戻っている。
 料金が安くなるのに異論はないが、混むのは困る。
 良いことがあれば、同時に悪い面も現れるのが世の常。
 先日に渋滞に捕まった時、"まさに、その通り"と実感した。

 快調に進む。
 行ったり来たりで、今の季節の風景は、充分に楽しみ済みだ。
 今回は途中でおりず、一気に向かっている。
 行程の3分の2は、あっという間に過ぎた。
 本道に別れを告げ、ジャンクションを通って、田舎に通じている自動車道に入る。
 車の数が、激減する。
 山々の形は、もう田舎だ。

 助手席は、本当の夢の世界にいる。
 背もたれにもたれ、上を向いて口を半分あけ、気持ちよさそうに寝ている姿は、車の振動を楽しんでいるようにも見える。
 食事も着いてからとることにして、菓子を食べただけである。
 今日は、無事に到着できると期待した。

 まもなく、こちらの夢は打ち砕かれた。
 異臭が、いっきに車中に漂う。
 やはり、"ダメ"だった。

 窓を開け、サービスエリアに向かった。
 
 

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部屋の中で虫干し?

 
 5月の連休が終わった。
 弟に母を預け、3月に亡くなった叔母の納骨や他の法要など結構忙しい連休であった。
 デイサービスが利用できない祝日、弟の手助けは助かる。
 今回は、弟のところでも徘徊があり、警察を巻き込んだ大騒ぎがあったとのことである。
 下着類の入った手提げ袋を持ち、なぜか使用済みの紙おむつの入ったポリ袋を持って、さまよっていたらしい。
 警察も、使用済みの紙おむつの入ったポリ袋だけは理解できなかったようで、破棄されることもなく返却されたようだ。
 当の本人は、いたって元気だったそうだ。
 家族や親類の中で、警察の職業に従事している者を除いては、パトカーを利用している常連客は母だけである。
 新しい所轄の乗り心地を、実体験したようだ。
 パトカーや自転車に乗った警察官が、7人もやって来たという。
 仕事とはいえ、ありがたいものである。

 自動車道の大渋滞を、ラジオが繰り返し流している。
 料金が安くなったせいで、例年にない渋滞が起きている。
 こちらは、急ぐ旅でもない。
 家までは、60キロほどである。
 一般道で、のんびりドライブを楽しむ。

 変わった様子はない。
 それとなく、聞いてみた。
「お巡りさんが、いっぱいいたよ」
「何でだろうね」
 それで終りであった。
 すぐさま、目に入る看板などの文字を読み始めた。
 帰宅ルートは、市街地が途切れることはない。
 視界に、文字が消えることもない。
 助手席は、いつものようにドライブを楽しんでいる。

 一般道も、それなりに混んでいて、予想した時間をオーバーしながらも到着した。
 部屋に入ると、着替えもせず、お菓子を食べようとする。
 もっと早く到着する予定だったから、おやつを準備しておいた。
 混んでいたため大幅に遅れ、もう夕食の時間である。
 制止して、着替えを促す。

 こちらも着替えを済ませ居間に戻ると、自分の寝室の後片付けをしている。
 ほうきなどを使った掃除ではなく、単に散らばっている小物などを拾い集めているだけなのだが、珍しい。
 ここ数年、部屋の中を片付けようとしたことなどない。
 弟の所で、覚えてきたのであろう。
 ちょっとうれしくなる。

 食事の準備に入る。
 台所からは、部屋の中は見えない。
 まだ、作業は続いている。

 食事の準備ができた。
 声をかける。
 反応がない。
 食べることには、執着しているはずなのだが。
 部屋を覘く。
 部屋いっぱいに、衣服が並べてある。
 ふとんの頭の場所には、小高い山が築かれている。

 すべての衣服が、部屋の中で、虫干しされていた。
 
 

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