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ティッシュで遊ぶ 

 
 食器洗いをしていると、ゴソゴソ音がする。
 寝室に向かう足音ではない。
 振り返ってみる。
 こちらに背中を見せ、何かをしている。
 新しいテッシュの箱を開けている。

 脇には、半分も使っていない箱が2つあるのだが、なぜか3箱が揃っていないと満足しないらしい。
 ずいぶん前から、3個を並べるようになった。
 気が付いた始めのころ、なぜなのか何度も聞いたが、満足な答えは返ってこなかった。
 それ以来、封が開けられた箱が、常に3箱並んでいる。
 理由は、今もって分からない。

 その内の1箱のテッシュが無くなったらしく、新しく開けた箱からテッシュを取り出し、空になった箱に移し替えている。
 新しい箱は、ぎっしりと入っているので、空になった箱に詰め替えても、全部は入らないらしく、余った分を他の2箱に振り分けている。
 詰め替えた後、空いた新しい箱は、破られ捨てられた。
 元の3箱の仲間たちは、何事もなかったかのように、隙間なく横一列に並べられた。

 3箱のテッシュの隣には、大学ノートと筆箱が置かれている。
 座っている所からは、左手の位置で、手が届く距離にある。
 大学ノートと筆記用具は、もう1年以上、使われていない。
 それでもなお、いずれ"ご主人様がご所望"であろうことを待ち兼ねているように、定位置に控え続けている。

 昔は、その日の出来事を書いていた。
 その内、徐々に書かれる内容が変化しはじめた。
 テレビに映る文字を書くようになったのも束の間、テレビの片隅に表示される時刻が対象になった、
 最後は、単に鉛筆でノートをなぞるだけで、読めなくなった。
 それを1日中、続けていた。
 見知らぬ土地で、知り合いもいず、寂しい時を過ごすために見つけた唯一の楽しみだったようだ。
 ミカン箱に、5箱もたまった。
 毎日デイサービスに行くようになってからは、書くこと自体も"お仕舞い"となった。

 当たり前であるが、当時は何が書かれているのか、覗いて見ることなどしなかった。
 一緒にいると、小さな変化に気づかないものである。
 認知症のせいなどとは、思いも寄らなかった。
 単なる年のせいと思い込んでいた。
 後の介護生活に入る"きっかけ"の1つになった。
 緩やかで気がつかなかったが、いま振り返ってみると、徐々に症状が進んでいたのが明らかに分かる。
 後の祭りである。

 ほどなく、真ん中の箱から、テッシュを取れ出そうとしている。
 きれいに並んだ"隊列"が、崩れた。
 気になったらしく、直そうとしているが、今度はうまくいっていない。
 その内の1箱をつかみ、並べた2箱の上に積み上げた。
 座ったまま、左側にある箱を片手で直そうとするのであるから、うまくいかない。
 あきらめて別の箱を重ね、きちんと形を整えようとする。
 また、崩れる。
 何度も、繰り返している。

 そこには、時間に追われることのない世界があった。
 今日も、新しい遊びを見つけたようだ。
 
 


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