« 本物のスイカも美味しい | トップページ | 新しい記憶が消えた »

真夜中に演説する

 
 夜半、何かの話し声で、目が覚める。
 玄関の方からではない。
 深夜で寝静まったとしても、各戸との防音はしっかりしているから、隣人の話し声が聞こえたことなど、一度もない。
 外から聞こえてくるのだろうか。
 熱帯夜から逃れるために、ベランダのガラス戸は、3、40センチほど開けておいた。
 多少の風さえあれば、風通しは良すぎるほどある。
 その風に乗って、話し声も入り込んでいるのだろうか。
 
 14階に住んでいると、階下を行き交う人の声がよく聞こえる。
 地上では、塀や木々、生垣、建物等で、ある程度 遮蔽されるのだが、空に向かう方向には音を遮るものなどない。
 想像する以上に、はっきりと聞こえる。
 ケンカをしている甲高い声などは、人影を見失うほど遠くの人の声も、よく聞こえる。

 この話し声は、外からのものではない。
 他には、人はいないはずだ。
 そーと、居間に入り、寝室の方に耳を傾ける。
 やはり、母の部屋からだ。
 ふすま越しに聞こえる。
 昔のことを話している。
 独り言のような、ボソボソした話しぶりではない。
 時おり見かけるのとは違い、はっきりした声だ。
 相手がいて、それに対して一方的に話すやり方である。
 まるで、演説だ。
 見事な話し方である。

 しばし、耳を傾ける。
 聞いたことのある話もあるが、初めて聞く内容が多い。
 初めて聞く話しは、若いころの話しのようだ。
 嫁ぐ前の話しも、あちこちに出てくる。
 センテンス毎には、それなりのまとまりはあるようだが、全体的な脈絡はない、

 聞いているうちに、いかに母のことを知らないかを思い知る。
 一緒に生活していても、相手の気持ちや立場を察することの難しさを、しみじみと感じる。
 友人はもとより、たとえ夫婦であっても、親子同士であっても、お互いに、心底から理解しあえる難しさの所以であろう。

 状況から類推すると、寝ながら話しているようだ。
 時おり、ふとんを叩く音もするから、手足も使って、演説していると思われる。
 ノドは乾かないのだろうか。
 風通しが良いと言っても、真夏の夜である。

 声をかけようとしたが、思い止まる。
 "夢の中での話しには声をかけてはならない"、と教えられたことを、思い出したからである。
 魂を黄泉の世界に連れていかれるとかだった。
 送り出すには、まだまだ早すぎる。
 
 


« 本物のスイカも美味しい | トップページ | 新しい記憶が消えた »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/218054/45874457

この記事へのトラックバック一覧です: 真夜中に演説する:

« 本物のスイカも美味しい | トップページ | 新しい記憶が消えた »