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新しい記憶が消えた

 
 カーナビ麗人が、
「この先は渋滞」
と、しきりに告げている。
 この先は右だとか、しばらく真っ直ぐだとかには、時おり返事をしていたものの、渋滞との言葉には興味がないらしく、話し相手をやめてしまっている。
 事故があったとかで、渋滞の先は交通止めだと言い始めた。
 交通情報を流している周波数のボタンを押す。
 甲高い女性の案内が、室内に充満する。
 合成された音声なのか、まわりの騒音に負けず、良く聞き取れる。
 交通止め解除の見通しは、立っていないという。
 もうすぐ家に着くほどまで進んでいたが、止むを得まい。
 2つ手前で、自動車道をおりることにした。

 一般道も、結構、混んでいる。
 別に急ぐ必要もない。
 家も、近い。
 車の流れに任せ、中央の車線を変更なしに、ノロノロ進む。

「すごく高い建物だねー」
「すごいねー」
「あら、あそこの建物も、すごいねー」

 助手席から、嬌声があがる。
 車の前方ではなく、左わきのガラス戸越しに、外を見ている。 
 腰をひねって、ガラスに顔を押し付け、歓声をあげている。
 年齢の割に、身体の柔らかさは、見事なものだ。
「こんなに高い建物は、初めて見た」
「あら、また大きな建物があるよ」
「あっちにも」
「すごいねー」

 飽きもせず、感嘆しきりである。
 道路沿いに建っているビルなどは、ガラス戸に顔を付けても、最上階は見えないらしい。
 なんとか見ようとして、必死にチャレンジしている。

 建物に付いている看板を読み始めた。
「○○○は、高いねー」
「すごいねー」
「△△△は、もっと高い」
「こんなに高いのは、初めて見た」
「あら、◇◇◇は、すごく高い」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 文字は、正確に読んでいる。
 昔に得た知識の記憶は、健在のようである。
 大したものだ。
 ケガはしないだろうから、為すがままにした。 

 1週間ぶりに帰る。
 住まいの14階についたら、どのように言うのだろうか。
 帰宅の楽しみが、1つ増えた。

 この1週間で、この10年間の記憶が"リセット"されたようだ。
 
 


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