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2009年9月

果物は果物

 
 食事も済み、食器洗いも終えた。
 デサートの時間である。
 楽しい"老人会"に行く前なので、気分は爽やかなようだ。
 着替えの号令がかかるのを、今か今かと待っている。

 デザートの準備に取り掛かる。
 スイカの季節まで、昔通りの量を出していた。
 ある日、食べ終えると、口から吐き出した。
 デサートと一緒に、コップ一杯の牛乳も添えているので、白と赤が混じったものだった。
 それ以来、小皿に変更し、デサートの量を半分に減らした。

 できた。
 少し前までは、桃が主役であったが、すでにその座を譲っている。
 ここ数日、ブドウと梨の出番である。
 梨を4分の1に切って、皮と種の部分を取り除く。
 2人で分けるから、量は多くない。

 今日も、同じ言葉が発せられるのだろうか。
 食べ始めると、期待を裏切らなかった。
「サクランボは、おいしいね」
「最近のサクランボには、種がないね」

 そして、昔の話しが始まる。
「昔、サクランボの木があったね」
「台風で、倒れてしまって、残念だった」
「昔からの木で、とても甘いサクランボが生ったのに」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 なぜか、ブドウをサクランボと言いながら食べている。
 ブドウだと指摘するのであるが、翌日になると元に戻る。
 毎日、同じことが繰り返される。

 まず、色が違う。
 サクランボは、赤が似合う。
 輸入物類で黒っぽいものも、旬ではない季節に店先で見かけるが、買ったことはない。
 敢えて許される範囲は、黄色がかった品種までである。

 ブドウは、濃紺というか黒である。
 田舎で"甲州ブドウ"と言っている小粒で茶色いものや、薄緑がかって透明感のあるブドウも美味しいが、最近、自ら買うときは、大粒の黒いブドウだけと決めている。

 それなのに、サクランボと言い続けている。
 歳をとると、頑固になるという。
 一度決めたら、変えたくないのだろう。
「小さなことにこだわっては、まだまた」
とでも言っているのだろうか。

 むしゃぶりつくように、食べ終えた。
 口に入れること、噛むこと、飲み込むことの連動は、ますます怪しくなっている。
 両頬が、はちきれている。

 さあ、大好きな"老人会"に出かける時刻になった。
 
 

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ミョウガの季節を迎えた

 
 一通りのやることを終え、朝食の準備に入る。
 ひとつひとつ、することを促すのだが、その意味が理解できなくなっているようで、着替えもおぼつかなくなった。
 定位置に座ると、こぼれ防止の前掛けは、すぐにかけた。
 その後は、ただ座っているだけである。
 テレビも、点けようとしない。
 静けさだけが、部屋に満ちあふれる。

「テレビを、点けたら?」
 数回の声かけに、無言でコンセントを差し込む。
 声かけにも、返事をしない時が多くなった。
 はじめのころは、返事をするまで、同じ言葉を繰り返すようにしたが、面倒くさくなり、行動に移れば"良し"としている。

 会話のやり取りは、激減している。
「なぜ?」
との理由を求めても理解できず、よって、"考えて答えること"は無理になっている。 
 以心伝心、と勝手に自分を慰めている。
 
 今日の味噌汁の具は、ミョウガだ。
 夏の終わりと、秋の訪れを告げる薬味である。
 独特の香りは、たまらない。
 この季節に現れる名脇役は、ソバや冷や麦などの主役を、見事に引き立てる。
 天ぷらにしても良いし、漬け物も香ばしい。
 味噌汁の具としては、煮過ぎては美味しくない。
 シャキシャキ感を残すのが、ポイントである。

 田舎には、門から入った台所脇の片隅に"植わっている"。
 "植わっている"とは、植えたとの記憶もなければ、水をやったりなどの世話をしたこともないからである。
 この季節になると、採っても採っても、次から次へと芽吹く。
 すごい生命力である。
 子供のころから現在まで、領土を拡大することもなく、かといって縮小する様子もなく、同じ範囲で元気よく生き続けている。
 隣にあったモミの木は、枯れて無くなったのに、山椒とともに、敷地内の日陰にひっそり生き続ける薬味なのである。

 子どもの頃、このような生命力を持っているのに、野原や山には自生していないのが、不思議でならなかった。
 学校の先生にも聞いた記憶はあるが、解答を得た記憶はない。

 父が存命のうちは、食用として用いられたことはなかった。
 季節を迎えると、近所の人たちが採りにやってくるので、それなりの役割は、果たしていた。
 江戸時代には、ミョウガが「冥加」に通じるとして、戦いに向かう際には食したとも話していたので、単に「食べると物忘れがひどくなる」との俗説からではないと信じている。
 すでに、川の向こう岸に行っているので、もはや真意を知ることは無理である。

 父が亡くなってから食してみると、なかなかの味と判明した。
 子どもの頃は、独特の香りが鼻に付き、食べたいとは思わなかったが、歳を重ねたことと相まって、好物の1つになっている。

 これ以上、物忘れが悪くなったりしたら、との危惧も頭の中には浮かんできたが、もういいだろう。
 いやなことも、忘れるのであろうから。

 具を入れる。
 部屋いっぱいに、かすかな秋の香りが漂った。
 
 

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曇り空でも気分は晴れ(3)

 
 ほどほどの時間で、診察が終わる。
 長々と別れの挨拶をして、待合室に向かう。

 メンタルケアの病院では、薬の処方箋が出て、好きな薬局で受け取るが、ここは昔ながらのやり方が続いている。
 薬が出るのを待つ。
 朝早くに名前を書いたからといって、薬の方は、早く出るわけではない。
 じっと順番を待つ。

 5、6人ほどの看護師や職員たちが、忙しく駆け回っているが、所詮は狭い空間、いろいろな会話を交えている。
 支障のない会話が、終わることなく行き来する。
 我が家のような雰囲気がして、心が和む。

 今日は、だれも声を掛けてこない。
 知り合いは、いないようだ。
 患者同士は、顔見知りが多いようで、あちらこちらでグループを作り、お互いの病気を語り合っている。
 嘆いている様子はない。
 むしろ、病を自慢し合っているようにも聞こえる。

 会話の内容が、聞くとは無しに耳に入る。
 お互いの情報を交換している。
 家族のこと、農作物の出来のこと、共通している知人のこと、飽きもせず会話を楽しんでいる。
 どこそこの子どもが就職したとか、結婚したとか、旅行の土産を貰ったとか、話題には事欠かない。
 孫の話しになると、声も軽やかになる。

 最年長の人との会話が耳に入る。
「おじいちゃんは、何歳になったの?」
「アハハ、95になった」
「お元気ですね」
「アハハ、元気元気」
 病院に通っていて、"元気"もないものだ。
 取り留めのない会話が続く。

「元気の秘訣は?」
「いつもニコニコしていることだよ」
 良い話である。
 ゆっくりめの話しぶりも含めて、心を打つ。
 親類や知人などの顔を、思い浮かべる。
 確かに、元気な人はニコニコしている。
 元気だからニコニコできるのとは、違うように感じた。
 ニコニコ顔に、"元気"が宿りつくのだと確信した。

 母の顔を見た。
 ニコニコしている。
 まだまだ、"晴れの日"が続いていた。
 
 

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曇り空でも、気分は晴れ(2)

 
 相変わらず心の通わないメンタルケアの医師と別れを告げ、昔からの主治医に向かう。
 別に、言い争っているのではない。
 肌が合わない気持ちが、払拭できていないだけなのである。
 表面上は、大人同士の対応をしているから、他人は気付いていないだろうし、担当を変えようとも思っていない。

 主治医の医院に着く。
 ここは、玄関口でスリッパに履き替える。
 並んでいる靴の数で、待っている患者の数がわかる。
 昔からなのだが、履き替えることそのものや、段差のある点が、認知症患者にはつらい。
  
 履き物の数だけ、患者が待合室にいた。
 あちこちで、思い思いの会話をしている。
 受け付けに、声をかける。
 見覚えのある看護師が笑みを浮かべ、
「○○さんが、見えました」
と、奥の方に向かって声をかける。
 返す刀で、
「△△さんの前に、○○さんの血圧を測って」
と、若い看護師に指示する。

 知り合いだから、診察を優先したのではない。
 ここは、受付けの窓口に、綴じられた半紙が置いてある。
 やってきた患者は、自分の名前を書く。
 ファミリーレストランと、同じやり方である。
 今日は、メンタルケアに行く前に立ち寄って、書いておいた。
 早出の看護師もいたから、その旨も伝えておいた。
 だから、割り込むような形で、順を入れてくれたのである。

 脇にいるはずの、母がいない。
 他の患者にはお構いなしに、診察室に向かって歩いている。
 すれ違う看護師たちも、さっと脇に寄り、道を譲る。
 まるで、お局様のようである。
 こちらが、待っている人に誤解されまいか、と悩む小心者とは、段違いの態度である。

 診察に入ると、すかさず
「おばあちゃんは、お元気?」
「大先生も、お元気?」
「お孫さんは、大きくなった?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 矢継ぎ早に、質問している。
 質問の内容を別にすれば、どちらが患者かわからない。

 医師は苦笑いしながら、
「昔の記憶が、出て来るものです」
「直近の記憶だけが、保持できない病ですから」
と苦笑いしながら、こちらに向かって話題を振る。

 "晴れの気持ち"は、続いていた。
 
 

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曇り空でも、気分は晴れ

 
 都会の高速道路を抜け、田舎に通じる自動車道に入る。
 定期診療のための帰省である。
 出発は、いつも同じ時刻と決めている。
 早出をしているから、大型連休などを除いて、渋滞に巻き込まれることは、ほとんど無い。
 土日が1千円になってから、順調に流れていても、車の数は格段に多くなった。

 しらじらと夜が明ける。
 前回の帰省の時は、出発の時に明るかった。
 同じ行動をしていると、こちらの都合とはお構いなしに、寸分たがわず時が進んでいると実感できる。
 9月も中旬である。
 もうすぐ、本格的な秋を迎えるのだ。

「良い天気だねー」
 助手席から、歓呼の声があがる。
 夜が明けて明るくなってはいるものの、曇り空である。
 青空は、どこにも見当たらない。
「素晴らしい天気だねー」
「気持良いねー」

 こちらに向かって言っているのでもなく、声を出し続けている。

 ドライブの日が、途絶えて久しい。
 ディサービスへの行き来は車に乗るものの、途中の道路沿いには高い建物が立ち並び、空は建物の隙間から望めるだけである。
 向かうときは、これからの楽しみに胸いっぱいであろうし、帰りは楽しかったことで頭がいっぱいになっているだろうから、空を見る余裕などないだろう。
 車から降りて、住まいのエレベーターまで歩く時も、背中が丸くなってしまっているので、上空の空とは無縁になっている。
 空をじっくり眺めるのは、前回の帰省の時以来だ。

 高層の建物の合間を縫っていた高速道路を過ぎ、自動車道に入ってから、ずいぶん経つ。
 周りには、視界を遮る建物などない。
 正面には、日常おさらばしている空が、一面に広がっている。
 明るければ、天気が良いと思うのも無理ないか、と解釈する。
 青空が記憶から消えたから、曇り空でも明るければ天気が良いと決めたのだ。
「良い天気だね」
 久しぶりの空に、お愛そうを言っているにも見える。
 今日の気分は、間違いなく"晴れ"のようだ。

 田舎に到着した。
 インターをおり、市街地を避け、大周りをする。
 両側に田んぼが、現れる。
 やはり、期待を裏切らなかった。
 前回の真っ青な風景から、黄金色の世界に様変わりしていた。
「あらら、すごい」
「黄色になっている」
「きれいだねー」
 稲穂が、歓迎するのかのように頭を垂れ、"晴れの気分"をさらに高揚してくれた。
 
 

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久しぶりに洗濯のお手伝い

 
 窓を開け放つと、すがすがしい風が一気に入り込んでくる。
 暑さに順応した身体には、やや肌寒さを感じる。
 いつの間にか、夏の暑さは過ぎ去ったようだ。
 耳を澄ましても、セミの鳴き声は聞こえない。
 差し込んでくる陽の光も、心なしか優しくなった。
 
 今日は日曜日、デイサービスも休みである。
 いつものように、いつもの工程が、消化されていく。
 食事の後片付けに入ると、寝室の戸の閉まる音がする。
 デイサービスに行くことも忘れ、布団に入りこむことが多くなった。
 日曜日だから"老人会"に行けないので寝ようと、高度な判断を下しての行動では、決してない。

 ちょっと前までは、注意を促す努力をしていたが、すべてが徒労に終わる虚しさから、今では"為すがまま"にしている。
 必要なその時その時に、声をかけることにした。

 食器洗いも終わり、残りは洗濯だけである。
 食事を準備する前に、洗濯機のスイッチを入れておけば、時間の節約にはなるのだが、食事の前に汚物を見たくない気持ちは、いまだに治すに至っていない。
 紙オムツを交換するのが、精一杯である。

 来週は、診療のため帰省する。
 ドライブに連れていくことも、なかろう。
 起こすこともせず、朝の最後の作業に取り掛かる。

 ふと、主治医のアドバイスを思い出しす。
「些細なことでも、できることはさせた方が良い」

 ディサービスでは、1日置きに入浴が予定されているのだが、最近は"お漏らし"のため、毎日のように入浴してくる。
 当然、着ている物すべてを着替えてくる。
 こちらの衣服は、介護センターの職員がある程度チェックしてくれているので、そのまま洗濯機に入れても問題ない。

 起きるように声をかける。
 ふすま越しに何度も声をかけ、出てくるように促す。
 食事前に着替えたパジャマと下着を、そのまま洗濯機に入れて良いかを、すばやく目でチェックする。
 大丈夫なようだ。
 洗濯機に入れてくるように言う。
 洗濯機がどこにあるかから、始まる。
 設置場所に連れていったり、一通りのことをこなす。
 長い長い時間が、過ぎていく。
 わかったようだ。
 こちらは、野菜類への水やりを始める。
 ベランダに、小さいながらも、栽培している。

 予想もしないトイレのドアの開け閉めの音がする。
 何かが、変だ、
 血の気が、引く。
 飛ぶように、向かう。
 ドアを、開ける。

 便器の中に、洗濯物するはずの衣類が詰め込まれていた。
 
 

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閑話

 
 久しぶりの友と、酒を酌み交わしている。
 ヒトトキの、安らぎである。
 柄にもなく政治の話しで盛り上がり、芸能関係、スボーツに話題が移っても、盛り上がりの熱は冷めない。
 今日の友3人は、程度の差こそあれ、介護をしている。
 いつしか、介護の話しになる。
 愚痴が出るのも、止むを得まい。
 友が言う。
 最近、ブログの内容が減ったと。

 楽しい時は、あっという間に過ぎ去る。
 お開きの時刻である。
 名残惜しいと各人が思っていても、昔のように2次会、3次会を強要することもなくなった。
 次回を約束し、解散する。

 帰宅に向かいながら、友の言葉を思い出す。
 そもそも、思い出としてブログを始めた。
 書く出来事は、残したいことに限定しようと思っている。
 殺伐とした出来事は、思い出にならないだろう。
 出来事が減ったのではない。
 書ける内容が、減ったのである。

 意味のない独り言の繰り返し・・・・・
 壁や床を叩き続ける理解できない行動・・・・・
 時おり見せる反抗・・・・・
 真夜中のトイレハイキングなどは減ったものの、徘徊そのものは健在である。
 トイレで用を足すことなど出来なくなっているのだが、立ったままトイレットペーパーを巻き取り、水を流して出てくる。
 最近は、ドアも開けたまま、動作を繰り返している。
 毎朝の"お漏らし"の処理は、日課となった。
 そして、悲惨な排泄・・・・・
 洗濯をしなくてもよい日などない。
 自宅での介護は"もう限界か"と、ふと頭をよぎることも、時々感じるようになった。
 奇妙な空間が、住まいの中に出来ている。

 よくよく考えてみると、介護生活に入る前より、会話の時間が減っているように感じる。
 平日は、朝食を一緒にするだけの日々だったが、まがりなりにも食卓に並べるのは母がしていた。
 すでに炊事はおぼつかなく、調理済みのおかずを買い求める生活ではあったが、今より豪華だったかも知れない。
 今は、こちらが準備するとの立場は逆だが、小1時間は一緒に過ごすから、ここは変わらない。

 以前は、起きている時刻に帰宅することはなかった。
 今は、デイサービスから帰り、食事を済ますとすぐに寝てしまう。
 こちらも、同じようなものになってしまっている。

 大きく変わったのは、土曜日と日曜日である。
 1週間の中で2日間だけは、会話の時間がたっぷりあった。
 平日、1人でいる寂しさからか、土曜日と日曜日は待ち焦がれていたようだった。
 買い物にも、一緒に行きたいといってついてくるし、"ドライブの日"と称して、毎週どこかに出かけたものだった。

 今では、土曜日はデイサービスに、喜々として出かける。
 日曜日も、食事以外の時は、"お休み"の日に変わった。
 どのようにしても、寝るのを阻止することは難しい。
 もっとも大切な"一緒の時"が、消失したのである。

 自宅に着く。
 当然寝ていて、起きてくることなど望めないが、まだ、自意識は充分に残っている。
 記載できる生活が1日でも長く続くことを祈って、明日の"老人会"に持っていく着替えなどを手提げカバンに詰めた。

 今日は曇りだったが、明日は晴れ間があるだろうか。
 
 

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