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閑話

 
 久しぶりの友と、酒を酌み交わしている。
 ヒトトキの、安らぎである。
 柄にもなく政治の話しで盛り上がり、芸能関係、スボーツに話題が移っても、盛り上がりの熱は冷めない。
 今日の友3人は、程度の差こそあれ、介護をしている。
 いつしか、介護の話しになる。
 愚痴が出るのも、止むを得まい。
 友が言う。
 最近、ブログの内容が減ったと。

 楽しい時は、あっという間に過ぎ去る。
 お開きの時刻である。
 名残惜しいと各人が思っていても、昔のように2次会、3次会を強要することもなくなった。
 次回を約束し、解散する。

 帰宅に向かいながら、友の言葉を思い出す。
 そもそも、思い出としてブログを始めた。
 書く出来事は、残したいことに限定しようと思っている。
 殺伐とした出来事は、思い出にならないだろう。
 出来事が減ったのではない。
 書ける内容が、減ったのである。

 意味のない独り言の繰り返し・・・・・
 壁や床を叩き続ける理解できない行動・・・・・
 時おり見せる反抗・・・・・
 真夜中のトイレハイキングなどは減ったものの、徘徊そのものは健在である。
 トイレで用を足すことなど出来なくなっているのだが、立ったままトイレットペーパーを巻き取り、水を流して出てくる。
 最近は、ドアも開けたまま、動作を繰り返している。
 毎朝の"お漏らし"の処理は、日課となった。
 そして、悲惨な排泄・・・・・
 洗濯をしなくてもよい日などない。
 自宅での介護は"もう限界か"と、ふと頭をよぎることも、時々感じるようになった。
 奇妙な空間が、住まいの中に出来ている。

 よくよく考えてみると、介護生活に入る前より、会話の時間が減っているように感じる。
 平日は、朝食を一緒にするだけの日々だったが、まがりなりにも食卓に並べるのは母がしていた。
 すでに炊事はおぼつかなく、調理済みのおかずを買い求める生活ではあったが、今より豪華だったかも知れない。
 今は、こちらが準備するとの立場は逆だが、小1時間は一緒に過ごすから、ここは変わらない。

 以前は、起きている時刻に帰宅することはなかった。
 今は、デイサービスから帰り、食事を済ますとすぐに寝てしまう。
 こちらも、同じようなものになってしまっている。

 大きく変わったのは、土曜日と日曜日である。
 1週間の中で2日間だけは、会話の時間がたっぷりあった。
 平日、1人でいる寂しさからか、土曜日と日曜日は待ち焦がれていたようだった。
 買い物にも、一緒に行きたいといってついてくるし、"ドライブの日"と称して、毎週どこかに出かけたものだった。

 今では、土曜日はデイサービスに、喜々として出かける。
 日曜日も、食事以外の時は、"お休み"の日に変わった。
 どのようにしても、寝るのを阻止することは難しい。
 もっとも大切な"一緒の時"が、消失したのである。

 自宅に着く。
 当然寝ていて、起きてくることなど望めないが、まだ、自意識は充分に残っている。
 記載できる生活が1日でも長く続くことを祈って、明日の"老人会"に持っていく着替えなどを手提げカバンに詰めた。

 今日は曇りだったが、明日は晴れ間があるだろうか。
 
 


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