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2009年10月

今日もお世話になる。

 
 介護センターに、迎えに行く。
 職員たちと挨拶を交わし、迎えに来たことを示す。
「○○さん、お迎えが来ましたよー」
 職員たちによる伝言リレーが始まる。
 奥の方から、
「はーい、お迎えが来ましたよ」
 聞きなれたタイミングで、次から次へと伝わって行く。
 途切れ途切れにしか聞こえないところまで、伝言が伝わった。
 まもなく、パタパタと独特の足音が聞こえるはずである。

 遅い。
 いつもと違う。
 もう出てきても良いはずだ。
 反応が無く、空虚な時間が流れていく。
 遅すぎる。
 ずいぶん過ぎるほどの時が過ぎた。

 入り口の右脇にある事務所の職員たちも、いつもと違う雰囲気を感じたようだ。
「○○さんの、お迎えが待っていますよー」
 今度は、奥からの反応がない。
 歩いてくる音がしても良いはずなのに、まったくしない。
 たまりかねた事務員が、早足で奥に向かう。
 何やら話している様子はうかがえるが、話しの内容まで聞き取れる音量ではない。

 いつもでは考えられない長さの時間が過ぎていく。
 今日の担当職員らしき人が、1人でやってきた。
 いまトイレに行っているので、もう少し待ってほしいという。
 尿取りパットを取り除いている時間とは思えないほど、長い。

 顔見知りの職員がやってきた。
 お漏らしだそうだ。
 下痢をしているという。
 今日のボール投げで興奮したせいか、水を飲み過ぎたためか、いろいろ理由を考え考え、言い訳のように延々と釈明する。
 下着とセーター、ズボンなど一式は、常に持たせてある。
 それと交換しているという。
 なかなか出てこない。

 やっと出てきた。
 困り切った顔をした職員が、まだ漏れる可能性があるという。
 心配そうな職員から、引き取る。
 本人は、いたって無頓着である。
「またねー」
「ありがとねー」
「さようならねー」
「お世話様になりました」

 今日は、本当に"お世話"になったようだ。
 
 

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着替えも、面倒くさくなった?

 
 今日も楽しい"老人会"が終わり、デイサービスから帰宅した。
 よほど楽しかったようで、喜色満面である。
 14階の表示に変わり、エレベーターのドアが開く。
 相乗りした人たちは、全員が途中の階で降りてしまっている。
 ゆっくりと出る。
 ひとりで歩けるものの、小刻みにパタパタと音を響かせながら、後ろをついてくる。
 こちらも、極端に遅く歩く。
 心地良い風が、頬を撫ぜる。
 暑くもなく、かといって寒くもない。
 すがすがしい秋の季節を、ゆっくりと楽しむ。

 カギを解除し、ドアを開ける。
 開いた隙間をスルリと抜けて、家に入りこむ。
 そして、新たに現れた行動を示す。
 玄関に入ったまま、壁にもたれ、絶ったまま動こうとしない。
「どうすればいいの」
「靴を脱いで、中に入って」
 この言葉で頭のスイッチが入り、いつもの行動に戻る。
 入浴の日ではなかったが、おそらく交換したであろう下着と衣類の入った手提げ袋を、洗濯室に置く。
 少し長く時間を要したようだが、居間に向かっている。
 遅れて、後を追う。
 寝室の閉まる音がする。
 居間で、少し待ったが出てこない。
 物音が、まったくしない。
 最近、帰宅しても着替えようとはしない。
 声をかける。
 返事がない。
 しばらく待っても、出てこない。

 止むなく、戸を開ける。
 外出着のまま、寝ている。
 パジャマに着替えるように言う。
「着替えたよ」
 着替えるように言っても、着替えたと言い張る。
 目の前にパジャマを出しても、着替えようとしない。

 また新たな"仕事"が増えた。 
 
 

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家に入って良いの?

 
 今日は土曜日、デイサービスから帰宅する時刻になった。
 少し早めに、迎えの場所に向かう。
 陽の光が、さんさんと降り注ぐ。
 いっぱい浴びても、暑くはない。
 紅葉は始まっていないものの、夏の面影は消え去り、すがすがしい空気が、あたり一面を支配している。
 子供たちの元気な声が建物に反響し、ホッとする雰囲気に包まれている。
 まだ介護施設の車は来ていない。
 ベンチに座る。
 周りの木々に目をやる。
 やはり、秋を予感させる。

 15分ほど、待つ。
 やってきた。
 こちらを見つけたらしく、停止と同時に"シューッ"という音を響かせ、ドアが開く。
 職員の制止ももどかしそうに、降りてくる。
「またねー」
「ありがとねー」

 目を輝かせ、元気な顔で降りてくる。
 今週も、あっという間に1週間が過ぎた。

 カギを解除し、ドアを開ける。
 開いた隙間をスルリと抜けて、家の中に入りこむ。
 いつもの動作が続く。
 こちらも入り、施錠する。

 引き続き、気にもせず、日常の行動を期待する。
 靴を脱ぐ。
 中に入る。
 介護センターで入浴の際に着替えた衣類の入っている手提げ袋を、洗い場に置く。
 ・・・・・・・・はずだった。

 玄関に入ったまま、壁にもたれ、立ったまま動こうとしない。
「どうしたの」
 返事がない。
 靴を、脱ごうともしない。
 静寂なひと時が、出現する。
 間を置く。
 動こうとしない。
 再度、問う。
「どうすればいいの」
 次の行動を忘れたようだ。
 靴を脱がず、壁に手をあてたまま、立ち尽くしている。

 しばらく動こうとはしなかった。
 
 

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介護認定の更新(2)

 
 こちらに対して、補足的な質問が始まる。
 同じような質問もあるし、程度をどのように伝えればよいかを悩む質問もあった。
 事実を事実として伝える。
 本人を前に本人のことを聞く形式は、やはり役人の考えるやり方だと、心の中で苦笑いする。
 庶民の一般常識とは、かなり違う。 
 一応、終えたようだ。

 名刺を要求すると、渡せないという。
 認定のために訪問する際には、渡せない規則なのだという。
 ケアマネージャーの資格も持っており、客の横取りを防止するためなどの理由から、規定されているという。
 何となく、しっくりこない。 
 その他、いろいろ説明してくれる。 
 10月から、デイサービスの利用条件がドア・ツウ・ドアになり、利用者の家族が勝手に送迎することも、禁止されたそうだ。
 そういえば、いま通っているディサービスで、それらしき誓約書を、先月の中旬ごろ書かされた。

 引き続き、介護の業界の現状について話し出す。
 延々と続いている。
 なかなか大変なようである。
 テレビでも、似たようなことを言っていた。
 金銭面と同じ位に、お役人に対しての不満も多いようだ。
 確かに、介護生活に入る時に、近いものを感じた。
 介護を担当している役所の暇そうな窓口は、組織が無機質に存在してだけの雰囲気で、介護を必要としているこちらの方には、まったく向いていない態度だった。
 何を聞いても、丸投げした"民間企業に聞いてくれ"だった。
 誰から聞いたからは忘れたが、そもそも"役人は役人のためだけにある"を、その場で実感したことを思い出した。

 出身地の話しから、話題が故郷に移った。
 隣の県だそうだ。
 暗い雰囲気が、いっきに払拭された。
 お互いが近親感に包まれる。
 長い間、芸能の世界にいたそうである。
 故郷の出身の俳優などの話にもなったが、こちらは会ったことのない人間である。
 本当かどうかは分からないが、知っている芸能人の名前が、次から次へと出てくる。
 自慢しているような雰囲気でもない。
 おそらく、"夢が、夢で終わった思い出"を、吐露しているような趣があった。
 どの地位まで行ったかどうかは知らないが、口調からして、人生を捧げていたことだけは間違いなさそうだ。
 人は、良さそうである。

 爽やかさを残して、帰って行った。
 また1人、知人ができた。
 
 

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介護認定の更新

 
 2週間前、見知らぬ男から電話があった。
 受話器を取ると、見知らぬ声で早口でまくし立てる。
 はじめは、いつもかかってくる何かの売込みだろうと思った。
 介護の認定のため、訪問したいという。
 何となく、違和感を感じた。
 介護関係は、女性が似合う。
 早口の男性は、似合わない。
 昨年までは、ケアマネージャーが取り仕切っていたはずだ。
 担当しているケアマネージャーは、もちろん女性である。
 今回は、ケアマネージューから何の連絡もない。

 先々週だったか、役所から郵送されてきた書類に、必要事項を記入し、介護センターに提出をしていた。
 すぐさま、ケアマネージャーに電話をしたが、運悪く外出していたようで、要件を留守電に入れた。
 その後、返事がなかったため、すっかり忘れていた。
 その書類が、それらしき物だったようだが、見知らぬ人から電話があるとは思わなかった。

 取り決めた日の約束の時刻に、チャイムが鳴った。
 介護の認定人と称する男が、1人でやってきた。
 1人というのも、初めてである。
 昨年は、ケアマネージューに引き連れられ、2人の女性と1人の青年の4人でやって来ている。

 差し障りのない挨拶を交わし、母に質問が始まった。
 見知らぬ人の来訪に、すこし緊張しているように見える。
「お名前は、何というのですか」
「○○○○です」
「生れた年は、いつですか」
「大正○○年○月○日」
 順調に、スタートした。
「お年は、何歳になりましたか」
「○○歳になりました」
 早速、つまづいた。
 2歳も年を若くいっている。
 女性であるから、2、3歳若くごまかそうとの知恵を働かせた訳ではなさそうだ。
 以降は、漫才の掛け合いのようなものである。
「今日のお昼は、何を食べましたか」
「おやつにプリンがでた、美味しかった」
 食べ物のつながりではあるが、的は外れている。
「今日は、何の遊びをしましたか」
「私の教え子が、いっぱい集まってきた」
 趣旨が違っている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 お互いの会話がすれ違ったまま、しばらく続いた。

 この半年、急激に悪化しているが、事実だけを伝えた。
 "状況を多少誇張して伝えた方が良い"と言われるが、母の症状を悪く伝えるのは信条に反する。
 少し不安定であるものの1人で歩けるし、1人での着替えは無理になっているものの、そばに付き添って指示をすれば、時間はかかるが着替えはできる。
 口に入れること、噛むこと、飲み込むことの連動は怪しくなっているものの、付きっきりで指示をすれば一般的な食事はできる。
 正直に答えたから、認定は現状の介護3のままであろう。

 今月から、また介護に関する要領が変わったそうだ。
 より認定が厳しくなったという。
 何かが、変だと思う。
 介護が必要な点は変わらないはずなのに、対象者が多くなったからとか、予算が削られるからとかの理由で、判定の基準が変わるのは、何かが違うと感じる。

 一応の質問は、終わった。
 
 

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