« 2009年10月 | トップページ | 2009年12月 »

2009年11月

故郷の柿は忘れない

 
 ブドウが、最後のお目見得を終え、主役の座から降りた。
 何回出しても、
「サクランボは、美味しいね」
「このサクランボは、甘いね」

を貫き通した。
 今年のブドウは、遂にブドウとは認められなかった。

 実りの秋、果物の種類には事欠かないが、デザートの主役を引き継いだ果物は、柿である。
 田舎には、有名な柿がある。
 昔から、天皇家に献上されている。
 今流でいう糖度はすごく高く、他の柿とは比べられないほどの甘さを誇っているのだが、渋柿をさわしているため、日持ちがしない。
 冷たい所に保管していても、1週間も経つと、グニャグニャに柔らかくなってしまう。

 現在の果物は、旬を忘れるほど、1年中、出回っているものが多くなった。
 リンゴなどは、季節を問わず求めることができる。
 当たり前のように、店先に並んでいる。
 その中で、柿だけは、頑固に"旬"を守っている。
 残念ながら、旬の期間が短いので、愛好者が減っているという。
 現代っ子は、いつでも食べられるものだけを好むそうだ。
 "時"が著しく早く流れる現代では、四季折々を楽しむゆとりなどないのだろう。

 もう1週間ほど、ナシやミカンなどを挟む日はあっても、10日ほど柿が続いている。
 自分で皮をむくなど、想像も出来ない。
 皮をむいても、1個、丸ごと出したのでは、おぼつかない。
 8等分して、小皿に盛る。
 だから、柿の姿は微塵もなくなっている。
 爪楊枝を付けるのであるが、せっかくの爪楊枝は使われることなく、手づかみで"召し上がる"。

 だが、毎回、
「柿は、美味しいね」
と、正確に言い当てる。
「○○○柿は、すごく甘いね」
 田舎の銘柄まで、言い当てるのである。

 柿が特別に大好物だったとは記憶していないから、故郷を懐かしんでいるのだろうか。
 田舎に帰りたいのだろうか。
 ふと、好きな言葉が湧いてくる。

 ふるさとは遠くにありて思うもの
 
 

| コメント (0) | トラックバック (0)

食材で遊ぶ

 
 今日は、朝食を作る作業に楽しみがある。
 先日、偶然に明るい色の献立となり、予想もしない発言があった。
 そのことを思い出し、逆に暗い色の食材でかためてみようと、思いついたのだ。
 子供のころ、"黒いものは身体にいい"と教わっている。

 小松菜の油炒めに取りかかる。
 緑色した葉っぱが油にまみれ、農暗緑色に変わる。
 その他の下ごしらえは、前の日に済んでいる。
 いよいよ、配膳に移る。
 いま炒めた小松菜の明るい薄緑色の茎の部分は、次の食事用として取っておき、暗緑色に変わった葉の部分を盛る。
 その上に、電子レンジで温めた缶詰のイワシをのせる。
 手際良く、昆布巻き、黒豆、ヒジキの煮つけを盛り付ける。
 ヒジキの煮つけは、黒い糸こんにゃくを使ったし、ニンジンや干し大根、細切りの油揚げも、長ヒジキで覆い隠すようにした。
 漬物もナスにして、皮を上にして置いた。
 さつま揚げも、醤油で煮しめられ濃暗色になっている。
 味噌汁も、豆腐を抜いて、ワカメだけにした。

 テーブルの上に並べ終わり、準備はすべて整った。
 食前の挨拶を交わして、食事に入る。
 一緒に語れる貴重な時間が始まる。

 何の反応もない。
 食べる様子にも、何ら変化はない。
 もくもくと食べている。
 食事は、進む。
「美味しいね」
 この一言が発せられただけである。
 食事は、終わった。
 暗い色の食事には、興味はなさそうだ。

 子供は、遊びに工夫をする。
 それが、誠に楽しいのである。
 空き缶があれば缶蹴りが出来るし、小石があれば当てっこの遊びに夢中になる。
 欲しいおもちゃが何でも手に入る今の子は、可哀そうである。

 食材でも、遊びはできた。
 ドキドキも体験できたし、楽しいヒトトキは終わった。
「美味しいね」
の一言だけだったが、その言葉で気分も爽快である。
 
 

| コメント (0) | トラックバック (0)

トイレも卒業

 
 最近、静かで穏やかな時間に包まれるようになった。
 8年近くの苦痛が、突然に消え去った。
 トイレ・ハイキングが消えたのである。
 当たり前の幸せを、手にした。

 午前0時を30分ほど回ると、毎夜のようにトイレ・ハイキングと名付けた俳諧が始まる。
 デイサービスに組み入れられてから昼間は寝られなくなったため、壮絶な俳諧は激減したものの、デイサービスから帰って食べるものを食べてしまうと、寝てしまう。
 どのように対処しても、起こしておくことは難しい。
 食器洗いをしているわずかな時間でも寝室に入ってしまう。
 こちらが風呂のスイッチを入れる1、2分の間にも、すばやく姿を消してしまう。
 そして、日にちが替わるころには、エネルギーが充電される。
 実に正確に、徘徊が始まる。
 困ったなどのレベルではなく、苦痛の連続だった。
 物の怪に取りつかれたように、30秒から1分の間隔で繰り返される行動は壮絶なものである。
 聞く耳など持たない。
 止めようとすると、猛反撃に合う。
 優しい母が、別人のように変貌する。
 怒りより悲しささえ超え、毎日のように絶望感を感じた。

 それは、ある日、突然、始まった。
 何のことか、まったく理解ができなかった。
 この段階でも、認知症とは思わなかった。
 老齢になると間隔が短くなる、としか考えていなかった。
 間もなく、連日となった。
 仕事から帰宅するのは遅かったから、日にちが替わるころが、こちらが床に就く時刻である。
 寝入り端に始まる。
 この難から逃れるため、逃亡することしか思いつかなかった。
 介護生活に入る直前の頃は、すさまじかった。
 始まりと同時に、駐車場に逃避する。
 車中で1週間を過ごしたことも、しょっちゅうであった。
 家の近くのビジネスホテルに、連泊することも珍しくなかった。
 
 それが、突然、消えたのである。
 トイレそのものに興味を失ったようだ。
 本来の使用目的にも、使わなくなった。
 まったく、行かなくなったのである。
「トイレに行ったら?」
「大丈夫」
「したくない」
「たまっていない」
・・・・・・・・・・・・・・・

 いくら勧めても、行こうとはしなくなった。

 トイレ・ハイキングは、思い出に変わった。
 そして、新たな思い出ができようとしている。
 毎朝、紙オムツの交換の際に、下着からパジャマの上下など、すべてを交換する作業が、日課となった。
 加えて、シーツの洗濯と、時おり"毛布"、さらに布団干しも日課に加わった。

 トイレットペーパーを、1晩に3、4巻も使っていたから、山のような在庫が残っている。
 彼らの出番は無くなり、見捨てられた。
 彼らによる、トイレの中に造形される雪山をイメージする風景は、もう見られないかもしれない。
 適正在庫までの消化には、途方もない日にちが必要だろう。
 
 

| コメント (0) | トラックバック (0)

夢の中は美しく楽しい?

 
 紅葉と再会したかったのだが、雨模様では期待は出来まい。
 着替えに手間取り、出発も30分ほど遅れた。
 まっしぐらに田舎に向かって、自動車道をひた走る。
 混むこともなく、順調に到着できそうだ。
 雨はあがっていたが、田舎のインター手前5キロほどの掲示板に、"キリ注意"の文字が光っている。
 間もなく、霧の中に突入する。
 ライトを点ける。
 光の当たる空間だけが、ぼんやりと綿の塊のように白く照る。
 1分も経たないうちに、霧は一気に消え去り、田舎が現れた。
 もうちょい下れば、出口だ。

 メンタルケアの診察も終わった。
 内科の診察も終わった。
 今回、訪れる順番である叔母への顔出しも終わった。
 当面の予定は、すべて終わった。
 この叔母の住まいは、日本でも有数の湖の近くにある。
 回り道をして、湖畔に車を止める。
 岸近くの湖面は、数え切れないほどのカモで埋め尽くされているが、白鳥の姿は見えない。
 まだ飛来していないようだ。
 しばし休憩をする。

 介護の判定書が送付された中に、主治医に渡すようにとの書類が1枚同封されていた。
 メンタルケアの医師へだろうが、コピーを取り、内科の医師にも渡した。
 内科の主治医が絶句し、
「残念ですね」
「要介護5に、なってしまいましたか」
は納得するものの、メンタルケアの医師が判定書を渡した時に、動揺するのはやめてほしかった。
 専門医だし、判定前に症状の確認の電話があったはずだ。
 その時に、"要介護5"との意見を述べなければ、2階級も特進するはずもなかろうと思っていたのだが、どうも違うようだ。
 叔母は、がっくりと肩を落とした。
 妹とは分らなかったようだし、その相方も誰だか分らないのは、織り込み済みである。
 2階級も上がったのは、ショックだったようだ。

 一緒にいると、少しずつの変化には気付かない。
 診療のための帰省は、間隔が空いている。
 田舎に着くまでの間に、変化を感じ取る事がある。
 今回の大きな違いは、あれほど大好きだったドライブにも、興味が薄れた点である。
「きれいだねー」
「花が咲いている」
「雲がいっぱい」
「車がいっぱい走っている」
「信号が赤になった」
・・・・・・・・・・・・・・・・・
などと声を出したり、"カーナビ麗人"と会話をしたり、見かける看板などの文字をひたすら読み上げたり、場面に合わせて楽しんでいた。
 今回は、田舎に向かう途中から、目をつむっていた。
 叔母の所に向かう途中でも、寝ていた。
 睡眠が不足していて、眠いのではなさそうなのだ。
 目の前の湖面に戯れるカモの群れにも、すぐに飽きたようで、目をつむっている。

 お菓子を取りだし、封を破る。
 その音を聞きつけ、目を開ける。
 すぐさま、食べ始める。
「美味しいね」

 どんよりと曇った空の一部が薄れ、陽の光が射す。
 真っ白から、無限に色づくグレー、そして黒が織りなす墨絵から、オレンジ色から深紅を取り交ぜた輝く光が降り注ぐ。
 空も負けじと、青だけでなく、くれない色に光りだす。
 木々や花も美しいが、田舎にはびっくりするほど、自然の美しさを見せる時がある。
 湖面にも反射し、雲と空が織りなす美しさは見事である。
 お菓子を食べ終わると、またウトウトし出した。
 自然の美しさにも、感動の言葉はなかった。

 夢の世界の方が、より美しくなってしまったようだ。
 
 

| コメント (0) | トラックバック (0)

食卓に花が咲く

 
 朝食の時刻となった。
 テーブルの上に並べ終わり、準備はすべて整った。
 食前の挨拶を交わして、食事に入る。
 一緒に語れる貴重な時間でもある。
 食べる様子を、テレビを見る合間に、注意深く監視する。
 今日の出だしは、良さそうだ。
 間もなく口いっぱいとなるだろうから、その時まで、こちらの食事を出来るだけ進めておかねばならない。

 指示すれば、まだ一人で食事はできる。
 箸も、器用に使っている。
 要介護5といっても、先週に仲間入りした"新人"である。
 普通の人と見分けがつかないほど、見事なものだ。

 突然、おかしなことを口走る。
「きれいだねー」
 正面はベランダであるが、座ったままでは、空しか見えない。
 くっきりした雲が、浮かんでいるのでもない。
 すっきりした青空でもない。
 階下を覗いたとしても、花が咲いている季節ではない。
 昨日に見た記憶では、紅葉が本格的に始まった様子はなかった。
 時おり、意味不明の言葉を発するようになっている。
 真夜中にも、ブツブツ言っている。
 その一種だろうと、聞き流す。

「きれいだねー」
 間隔をあけて、同じことを2、3回、繰り返す。
 室内には、花が咲いている鉢植えを飾ってあるが、左方向にあり、視界に入っているとは思えない。
 視線は、食卓の上から離れていない。

「何がきれいなの?」
 1度目は、返事をしなった。
 再度、聞いてみた。
「これ」
 おかずを、指差す。
 今日は、起きがけの着替えに、予想を超える時間を取られた。
 よって、冷蔵庫にあった物が中心の"おかず"となった。
 新たに作ったのは、卵焼きと新キャベツの油炒めだけである。
 朝は"目玉焼き"、といきたいところなのだが、あの半熟のトロットした状態では、供することはできない。
 少し硬めの卵焼きを、一口大に切って出さないと、エプロンの上に、それこそ花が咲く。
 新キャベツの油炒めは、塩だけで味付けした。

 食卓を、じっと見てみる。
 油でコーティングされたキャベツが、うっすらと緑がかって、透明感を保ち、光っている。
 その上に、骨と皮を取られた鮭の切れ身が、電子レンジで加熱されたため焦げ目もなく、これまたピンク色に光っている。
 その奥には、2つに切られたプチトマトと1本のカニカマが、紅色のあでやかさを競っている。
 その右隣には、昨夜スライスし漬けたキュウリが、団体で肩を寄せ合い、ブロッコリーと緑色を誇っている。
 左隣りには、一口大に切られた卵焼きと、これまた塩だけでゆでられたカボチャが皮を下にして、黄金色に輝いている。
 偶然とはいえ、明るい色だけが、彩り良く配置されていた。

 幼児は、思いもつかないことを、時おり口にする。
 経験が重なるごとに感動しなくなった大人たちには、鋭角的で真を突かれた言葉に、ドキッとする。
 見方が素直で、純粋さの所以であろう。
 認知症で徐々に童心に向かっているのだから、素直な心が出現していてもおかしくない。
 なるほど、納得である。
 確かに、味はともあれ、明るい彩りだ。

 外気温が低めとは無関係に、食卓だけは、春の花が咲いたように"綺麗"だった。
 
 

| コメント (0) | トラックバック (0)

介護認定の更新

 
 18時から打ち合わせがあったが、雑談も含めて、予想していた時刻には終わった。
 デイサービスから帰った時に夕食を食べさせたので、急いで帰る必要もなかったのだが、解散後に"お誘い"はなく、こちらも声をかけなかったため、そのまま帰宅した。

 駅の改札を出て、夜空を見上げると、おぼろ月である。
 ほぼ満月に近い月である。
 都会では、ビルが乱立して、空がとても小さい。
 田舎と違って、意識的に見ようとしないと、空は無い。
 少なくとも、視界からは消えている。
 住まいの前には、大きな公園がある。
 視界は60度ほどではあるが、パノラマのような空がある。
 かすんでいる月を眺めながら、のんびりと歩む。

 100キロあった体重は、ダイエットの効果もあり、ここ6カ月の間に25キロも減った。
 汗かきだった身体も、急激に痩せたためか、寒さを感じる。
 目の前に、あったかい日本酒の自動販売機を見つけた。
 "おいで、おいで"、と手招きをする。
 ポケットから小銭を探し、買い求める。
 ボタンを押したと同時に、ゴトンと辺りにこだまする音をたてながら、コップ型の容器が転がり落ちる。
 温かい。
 寒さを感じる身体に、注ぎ込む。
 まず喉が温まり、程なく身体に火照りを感じる。
 おぼろ月も、心なしか赤みが加わったようだ。

 郵便受けを開ける。
 待っていたものが入っていた。
 介護認定の結果を知らせる郵便物である。
 今回、ずいぶん遅かった。
 ケアマネージャーや、介護センターの職員からも、毎日のように聞かれた。
 その都度、"着いていない"と告げなければならなかった。
 11月からは、新しい認定による月が始まるのだそうだ。
 待ちきれなくなったデイサービス担当が問い合わせたとのことで、前日に処理したとの回答があったから、着いたら持ってきてほしいと言われていた。

 認定の基準が、厳しくなったと聞いている。
 1か月前に、ディサービスを受けている介護センターから、厳しくなるのでと、ある申請書類を渡された。
 判定が現状より軽くなったら、現状のままを依頼する申請書だ。
 だから、おそらく現状のままだろうと思っていた。

 音をたてないように、家に入る。
 自室に入り、着替えを済ませる。
 封を開ける。
 やはり、要介護3は変わっていない。
 周りの人からの情報を当てはめると、要介護4が妥当だろうとは思っていたが、前のままだったようだ。

 シャワーを浴びる。
 少し熱めにしないと、少し寒さを感じる季節になっている。
 何かが違うと、脳裏に違和感を感じた。
 シャワーを早めに終え、自室に戻り、再び通知表を見る。

 目を疑う。
 最近、老眼が進んだ。
 特に、光の弱い場所では見えにくくなっている。
 老眼鏡をかけて、良く見る。
 コンピューター独特の文字の、上部にある縦線が、向かって右から左に移動している。
 「要介護5」の文字が、はっきり見える。

 再度、確かめてみても、「3」ではなく「5」である。
 予想もしない数字だ。
 判定に苦慮したようで、通知が来なかった訳である。

 悲しくなった。
 症状が最も重くなったとの判定を、突き付けられたのだ。
 判定が厳しくなっての、2段階が上がったのだ。
 そして、「要介護5」の上は、無い。

 可哀そうになった。
 夢の世界へ、さらに進んでしまったことへの証明でもある。
 このような2階級特進は、めでたくない。
 ナンバーワンの名誉もいらない。

 先ほど見かけた"おぼろ月"が、目に浮かんできた。
 泣いていたのだ。
 
 

| コメント (1) | トラックバック (0)

女の着替えは長い

 
 少し早めに起きる。
 今日は、ちょっとした挑戦をすることにしたからである。
 この半年間で、出来ないことが多くなった。
 症状に任せて、当人に考えさせずに介護してしまうと、さらにどんどん進むそうだ。
 "出来るだけ自分でさせるように"、との助言を、今日の着替えで実行しようと思っている。
 今日は祭日、ディサービスもない。
 時間は、余るほどタップリある。
 最小限の声をかけるだけで、朝の着替えに挑戦するのである。

 声をかける。
 最近は、返事があっても、起きてこないことが多い。
 起きてこないことには、どうにもならない。
 いつもの通り、声をかけ続ける。

 やっと反応があり、這って出てきた。
 ずいぶん眠たそうだ。
 すっきりしたお目覚めではなさそうだ。
 背中まで濡れている。
 部屋に留まるよう、声をかける。

 いよいよスタートである。
「オムツが濡れていたら、交換したら?」
「濡れていないよ」
「濡れているように見えるけれど」
「濡れていないよ」
 会話が成り立たない。
 ここは譲ることにした。
「オムツを交換したら?」
「交換したよ」
「交換していないよ」
「したよ」

 すでに濡れている布団ではあるが、新たな場所が、水気により色が変わっていく。
 急いでビニールのシーツを敷く。
 交換をしたと言って聞かない。
 止むを得ず、具体的な指示を出してしまう。
「これと交換して」
 紙オムツを渡す。
 説得を繰り返し、やっと不承不承ながら了解したようだ。

 パジャマのズボンをはいたまま、紙オムツを履こうとする。
「何か変だよ」
 返事が無く、片足を入れている。
「ズボンを脱いで」
 どうすれば良いのか分らない仕草をする。
「これを脱いで」
と、指で示す。
 やっとズボンを脱ごうとするが、なかなか苦労している。
 時間は、たっぷりある。
 急ぐことはない。

 ズボンを脱ぐものの、オムツの上からオムツを履こうとする。
 濡れた紙オムツを排除し、新しいオムツと交換するまで、とてつもない時間が過ぎた。
「次は?」
「交換したよ」
と、そのまま居間に行こうとする。
「ズボンを、はいていないよ」
 返事がない。
 理解できていないようだ。
 工程は、始まったばかりである。
 パジャマのズボンをはき、パジャマの上と下着を脱いで、新しいものと着替える工程が残っている。
 なのに、こちらが疲れてしまった。

 一つの工程でかかった時間から推定すると、予想もできない時間を要しそうだ。
 お腹もすいた。
 あきらめた。

 いつもの着替えをするやり方に戻す。
 やはり、女性の長い着替えには、付き合えない。
 
 

| コメント (0) | トラックバック (0)

若者ルックにチャレンジ?

 
 朝の声をかける。
 いつものように、何の返事もない。
 いつものように、繰り返す。
 やっと、物音がする。
 しばらくすると、這って出てくる。
 後ろを見る。
 背中まで濡れている。
 この数ヶ月前から、毎日の日課となった着替えに入る。
 "大"の時はみじめであるが、今日は"小"だけのようだ。

 最後の靴下を履き換え、着替えを終える。
 起きがけの"行事"は、終わりを告げた。

 食事時間も、終わった。
 デザートの時間も、終わった。
 一息をつく間もなく、デイサービスへ向かう時刻が迫る。
 外出着に着替えるよう促す。
 大好きな"老人会"に行くのだと、認識したようだ。
 一転、行動に活気があふれ、顔が生き生きとする。
 率先して、着替えに入る。
 パジャマの上に、外出着を羽織る。
 パジャマを脱がせるのに、一苦労をする。
 出来るだけ自分でさせないと、何もしなくなってしまうから、労力がかかっても、時間がかかっても、出来るだけさせるようにとの助言が思い浮かぶ。

 パジャマを脱ぎ終え、ズボンもはいた。 
 セーターにかかっている。
 ヤマは越したが、予定より、ずいぶんかかった。
 こちらも、着替えるため、その場から離れる。

 出かけるとの声をかける。
 すばやく、出てくる。
 玄関に向かう。
 曲がっている背中が、いやに盛り上がっている。
 上着の前のボタンを外させた。
 へそが出ている。
 下着もセーターも、途中までしか降りておらず、背中は半分も降りていない。
 ズボンも途中までしか上がっていない。

 若者の街などでよく見る"へそ出しルック"だ。
 さらに、"半ケツ・ルック"も加わっている。
 笑いが込みあがる。

 ただ、80歳も半ばを超えた女性には、やはり似合わない。
 
 

| コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年10月 | トップページ | 2009年12月 »