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トイレも卒業

 
 最近、静かで穏やかな時間に包まれるようになった。
 8年近くの苦痛が、突然に消え去った。
 トイレ・ハイキングが消えたのである。
 当たり前の幸せを、手にした。

 午前0時を30分ほど回ると、毎夜のようにトイレ・ハイキングと名付けた俳諧が始まる。
 デイサービスに組み入れられてから昼間は寝られなくなったため、壮絶な俳諧は激減したものの、デイサービスから帰って食べるものを食べてしまうと、寝てしまう。
 どのように対処しても、起こしておくことは難しい。
 食器洗いをしているわずかな時間でも寝室に入ってしまう。
 こちらが風呂のスイッチを入れる1、2分の間にも、すばやく姿を消してしまう。
 そして、日にちが替わるころには、エネルギーが充電される。
 実に正確に、徘徊が始まる。
 困ったなどのレベルではなく、苦痛の連続だった。
 物の怪に取りつかれたように、30秒から1分の間隔で繰り返される行動は壮絶なものである。
 聞く耳など持たない。
 止めようとすると、猛反撃に合う。
 優しい母が、別人のように変貌する。
 怒りより悲しささえ超え、毎日のように絶望感を感じた。

 それは、ある日、突然、始まった。
 何のことか、まったく理解ができなかった。
 この段階でも、認知症とは思わなかった。
 老齢になると間隔が短くなる、としか考えていなかった。
 間もなく、連日となった。
 仕事から帰宅するのは遅かったから、日にちが替わるころが、こちらが床に就く時刻である。
 寝入り端に始まる。
 この難から逃れるため、逃亡することしか思いつかなかった。
 介護生活に入る直前の頃は、すさまじかった。
 始まりと同時に、駐車場に逃避する。
 車中で1週間を過ごしたことも、しょっちゅうであった。
 家の近くのビジネスホテルに、連泊することも珍しくなかった。
 
 それが、突然、消えたのである。
 トイレそのものに興味を失ったようだ。
 本来の使用目的にも、使わなくなった。
 まったく、行かなくなったのである。
「トイレに行ったら?」
「大丈夫」
「したくない」
「たまっていない」
・・・・・・・・・・・・・・・

 いくら勧めても、行こうとはしなくなった。

 トイレ・ハイキングは、思い出に変わった。
 そして、新たな思い出ができようとしている。
 毎朝、紙オムツの交換の際に、下着からパジャマの上下など、すべてを交換する作業が、日課となった。
 加えて、シーツの洗濯と、時おり"毛布"、さらに布団干しも日課に加わった。

 トイレットペーパーを、1晩に3、4巻も使っていたから、山のような在庫が残っている。
 彼らの出番は無くなり、見捨てられた。
 彼らによる、トイレの中に造形される雪山をイメージする風景は、もう見られないかもしれない。
 適正在庫までの消化には、途方もない日にちが必要だろう。
 
 


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