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春の七草

 
 早いもので、もう8日、"春の七草"の日が過ぎた。

 子供のころの田舎は雪の真っただ中、七草摘みなどできる環境ではない。
 しかし、伝統儀式として粥は食べていた。
 塩漬けを水で戻した大根の葉は入っていたが、ほかは何が入っていたのか思い出せない。
 塩サケをほぐしたものが入っていた記憶もあるし、梅干し味だったようでもある。
 正月の残りでも入れていたのだろう。
 学校で教わったのか、長老たちに聞いたのか、春の七草の 「せり なずな ごぎょう はこべら ほとけのざ すずな すずしろ」 は知っていた。
 しかし、春の七草が揃ったのは、故郷を離れた以降の年代で、スーパーなどで売られるようになってからだと思う。

 母は、粥を好まない。
 理由は、知らない。
 都会に連れてきてから粥を食べる日は、春と秋の2回、七草の日だけである。

 当日の朝食を食べている時に、テレビで放送しているのを聞いて、春の七草の日であることに気付いた。
 前の日には覚えていたのだが、起きがけの日課になった"作業"に追われ、ついぞ失念した。
 粥は、朝に似合う。
 夜に出されると、病人かと戸惑う。
 よって、次の日に食べることにした。

 昨年に続き、友人からおくられた粥を食べることにしていた。
 有名なホテルの名を冠した粥セットである。
 レトルト食品として、様々な種類がケースに入っている。
 その中から、鮭の名の付いたものを選んだ。
 大根の葉は、ベランダで栽培している。
 ニラも使えそうだ。
 雪国育ちは、決められた7種類などに、こだわらない。

 今夜は、もう1つ主役がある。
 こちらも年末にいただいた"餃子"である。
 餃子で有名な地区からのもので、名前も聞いた記憶がある。
 大晦日の夕飯に、同封されたレシピ通りに作った。
 パリパリ感が出て、良くできた。
 食卓に出すと、あまり評判は良くなかった。
 理由は、すぐに推察できた。
 同日、年越しソバと一緒に再チャレンジした。
 今度は、フライパンに並べた餃子の下を、ちょこちょこ動かし、カリカリにならないようにした。
 付いてきたタレも、食べづらそうだったので、出来あがる寸前にふり掛け、さらに蒸らす。
 その時も、カリカリを避けるため、餃子を動かし、下に汁をしみ込むせる。
 最後に、ふたを取って、余分な水分を飛ばす。

 出来た。
 七草ではないが、見事にきれいな粥もできた。
 緑色の大根とニラが、鮭のほぐした身と良く合う。、
 その上に、イクラが覆い、赤いカマボコ1枚が彩りを添える。
 このまま、ふーふー言いながら食べたいのだが、熱いまま出したのでは、口の中がヤケドする。
 今の母には、熱すぎるものは厳禁である。
 しばし、程よく冷めるのを待つ。

 ギョウザは、作っている途中に味見を済ましている。
 タレとからんで、もちもち感があり、うまく出来あがった。
 お粥も、当然、うまい。

 食べながら、可笑しさが、こみ上げる。
 葉大根のタネは、田舎のスーパーで買ってきた。
 ニラは、田舎の畑から植栽した。
 この2つ以外は、すべて"もらいもの"なのだ。
 イクラも、カマボコも、追加した鮭も、デザートとして出したイチゴも、味噌汁の味噌やその中に入れたワカメと卵までも、いただきものである。
 米ですら、母の妹が送ってきた。
 最近、ネットの普及と相まって若者も含めて、"お取り寄せ生活"が増えていると聞く。
 これでは、"いただきもの生活"である。

 感謝のうちに、食事も終盤にさしかかる。
 前掛けの上に、こぼれたもので、まるで花が咲いているようだ。
 箸の使い方が怪しくなったものの、まだ自分で食べている。
 パリパリ感から、もちもち感に変貌したギョウザが、先に"完食"された。
 
 


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