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節分は大切な目印

 
 一昨日、よっぽど面白かったらしく、
「老人会で豆を、まいたよ」
を繰り返していた。
 節分だった。
 前日までは、ちゃんと"明日は節分"と覚えていた。
 なぜか当日の朝は失念してしまい、聞いて思い出した。
 最近のスーパーは、商魂たくましい。
 節分にちなんだコーナーが、大々的に設けられる。
 否が応でも知ってしまうのに、である。
 忘却する遺伝子は、確実に引き継いでいるようだ。

 豆だけでなく、"恵方巻き"と称する海苔巻きに人が群がっている様子を、テレビで何度も流していた。
 関西地方では、昔から食べられていたと聞く。
 地方独特の風習を、マスコミが取り上げる。
 それらの中から賛同を得られた風習が、新たな伝統として、全国的に引き継がれていくのだろう。

 子供のころは、豆をまくのは長男か、内孫の男子の役であり、女性がまいたという記憶はない。
 鬼などの悪霊を払う行事だからと、勝手に理解していた。
 デイサービスで豆まきが出来るようになって、うれしくて仕方がないのだろう。
 最近では、父親が鬼の面をかぶって鬼の役をやると聞いたが、そのような芝居があったとは記憶もなければ聞いたこともない。
 威厳のあった父親に、豆をぶつけることなど想像すらできない時代であった。

 節分は、とても重要な日を控えている。
 母の誕生日が、5日なのだ。
 雪国での立春は、まだまだ冬の真っただ中であったが、やがて訪れる春を期待させる頃である。
 立春を迎えてすぐだから、縁起が良い日といっていた。
 今年は、満87歳、数えで88歳となる。
 米寿である。

 夢の世界が大半になったとはいえ、身体は元気で迎えた。
 母の兄弟・姉妹も似たような歳を重ねているから、こちらに呼ぶこともできまい。
 正式なお祝いは、雪が解けてから、田舎で開催となる。
 平日だから、近親者を呼ぶことも遠慮しよう。
 2人だけでの、お祝いである。

 あまり好きではないが、バースデーケーキは準備した。
  祝 米寿 ○○○おばあちゃん、おめでとう
のメッセージも付いている。
 赤飯も手配した。
 骨付き鶏のモモ肉は大好きなのだが、今は食べるのに苦労する。
 美味しいと評判の焼き鳥屋から、モモ肉の骨を取り去って、食べやすい大きさしてもらった。
 大好きなマグロは、寿司が好きなのだが、刺身とした。
 ハレの日には、必ず食膳に供される田舎の汁物も、昨日から仕込んである。
 その他も、果物も、揃えた。
 大好きな食べ物は、思いつくまま揃えた。
 今日だけは、食べたいだけ食べさせよう。

「今日は、何の日?」
「   」
 返事がない。
 料理を並べた際、テーブルの真ん中を空けておいた。
 バースデーケーキを置き、ロウソクを灯す。
 書いてあるメッセージを読むように、促す。
「祝 米寿 ○○○おばあちゃん、おめでとう」
 正確に読むのだが、意味が理解できていない。
「○○○って、だれ?」
「私」
「米寿、おめでとう」
 キョトンとしている。
 
 祝宴を開始する。
 口いっぱいに詰め込むのを注意しながら、食事は進む。
「何歳になったの?」
「82歳」
 しばらくして、同じことを聞いてみる。
「何歳になったの?」
「84歳」
 少し近づいたりするが、正確な歳に達することはなかった。
 80歳代では、多少の歳の違いなど問題ではなかろう。

「美味しいね」
 この言葉は、何度も繰り返された。
 間違いなく、喜んでいた。
 "米寿"は無理としても、自分の誕生日の祝いだと理解したかは、最後まで怪しかった。
 
 


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